Transactional Analysis 02

交流分析

コミュニケーションのパターン

 交流パターン分析は、日常私たちが互いに他者と取り交わす言葉、態度、行動などを、P、A、Cの知識を駆使して、分析してみようとするものです。
 この目的は、まず、自分自身のP、A、Cのあり方について自覚し、自分が他人に対してどんな対処に仕方をしているか、あるいは他人は自分にどんな関わり方をしているかを理解し、対人関係のあり方をそのときその場の状況に応じて意識的に統御できるようにすることにあります。


No.1 交流パターン 

すべての「やりとり」は次の3つのいずれかに分類します。

1.相補的コミュニケーション:二者間の矢印が平行線になり、両者は緊張することなくコミュニケーションを続けるもの(例:情報の交換)。
2.交差的コミュニケーション:二者間の矢印は交差し、やりとりは 発信者に戻らないかぎり緊張が高まって中断するもの(例:親子の断絶)。
3. 裏面的コミュニケーション:表面のメッセージの裏に心理的メッセージが隠されている交流で二者のやりとりは実線と点線の2つで描かれるもの(例:ホンネとタテマエ)。

 日常生活では一般に相補的コミュニケーションが望ましいとされていますが、それが退屈をもたらすほど長く続くときは、交差的コミュニケーションで意図的に中断することができます。
 交流分析では、裏面的コミュニケーションが習慣化して、最後にきまって不快な感情をもって終わるものを「ゲーム」と呼びます。

まずい人間関係は、「3つの心」のバランスが崩れることから起こる


No.2 相補的
コミュニケーション 

 コミュニケーションパターンの一型で、適切で期待どおりのコミュニケーションとなり、健康な人間関係の自然な道理にかなうものです。
 このコミュニケーションでは、刺激と反応が互いに平行線となります(図)。
例えば、子どもが母親に対して、「ママ、いま何時?」と聞いたのに対し、母親が「7 時45分ですよ」と答えています。ここでは、2つの A が互いに会話を行い、コミュニケーションはスムーズに運んでいます。相補的コミュニケーションには次のコミュニケーションの第1の原則が伴います
「ベクトルが平行線になるときには、その話題に関するコミュニケーションはいつまでも続く可能性がある」
「時間をきちんと守りなさい」CP→ ←AC「はい」
「このケーキ、おいしいね」FC→ ←NP「そう、よかったね」
ストレスのない快適な会話が続きます。


No.3 交差的
コミュニケーション 

 コミュニケーションパターンの一型で、図aのように、ベクトルが交差するため、刺激に対して予想外の反応がなされるものです。
 例えば、患者が医師に対して情報を求める目的で、「この薬はどういうふうに効くのですか?」と尋ねたとします。これに対して医師がその P から患者の C に向かって、「患者は黙ってそれを飲めばいいのです」と答えたとします。
 ここで少し緊張が生じ、対話は一時中断します。
 交差的コミュニケーションには、コミュニケーションの第2原則が伴います。
 すなわち、「やりとりが交差すると、結果としてコミュニケーションが途絶え、それを再開するには、一人または両者が自我状態を移行させる必要がある」というものです。
 なお、異なったレベルの自我状態の間でベクトルが平行線になる場合も、交差コミュニケーションと見なされます。
「時間をきちんと守りなさい」CP→AC A←A「どうして」
「いま、何時ですか」A→A AC←CP「自分で調べなさい」
「このケーキおいしいね」FC→NP AC←CP「黙って食べなさい」
「今のあなたの気持ちは」A→AC AC←CP「何、あんたなんかにわかるわけないわよ」


No.4 裏面的
コミュニケーション 

隠されたやりとり

 コミュニケーションパターンの一型で、社交レベルのコミュニケーションと心理レベルのコミュニケーションの両方が同時に行われるものです。
 例えば、入院した患者が治療者に贈り物をしたり、それが高価だったりする場合です。
 直線が示す言語によるコミュニケーションは、一見、明白なメッセージを伝えています。これに対して点線(心理的レベル)は、「私を他の患者よりも、よくして欲しい」というC からのメッセージを送っている可能性があります。
 裏面的コミュニケーションには、コミュニケーションの第3の原則が伴います。
すなわち「裏面的交流による行動の結果は、社交レベルではなく、心理レベルで決定される」のです。
「売り出しは今日までですよ」(買っておかないと損しますよ)
「まあ、かわいいお子さんですこと」(猿のような顔して・・。)
言葉では、「ありがとう」と言っても、なぜか不快感が残ります。つまり、相手の「ホンネ」が隠されているからです。
これが私たちの人間関係を複雑なものにしています。


No.5 コミュニケーションのいろいろ

①日常の挨拶 

相補的コミュニケーションの簡単なもので、私たちは日常、次のような形式的なやりとりをしています。

A「おはようございます」
B「はい、おはようございます」、今日もいい天気ですね」
A「ええ、本当に。どちらまで?」
B「はい、ちょっとそこまで」
A「じゃあ、また」
B「はい、じゃあ、また」
 この種の挨拶は、余程のことがないかぎり、これ以上、お互いに深入りすることはありません。両人とも、表面では情報の交換を目ざしたやりとりをしていますが、それは形式だけのものと心得ています。
 相手が簡単な用事をすませにいくのではないと思っても、あえて、それ以上の質問をすることを控えます。ある意味では、この種の儀礼的な挨拶は、表面だけをつくろった不純な手続きと言えないことはありません。しかし、当人は直感的に、この儀式の枠から逸脱しないほうがよいことを感じ、また、そう努めるのです。
 最近、挨拶もろくにできない若者が増えたと言われます。これは家庭のしつけに欠陥があると言う前に、彼らの多くが「対人恐怖症」に悩んでいるからといわれています。挨拶といったきわめて能率的な相補的コミュニケーションを行うことに慣れていず、不安を感じているのです。前に述べた禁止令が関係しています。


②職場の上下関係 

 私たちの職場は、演技的な相補的コミュニケーションによって成り立っています。

 書店の企業教育のコーナーには、以下のような項目をあげて、具体的な対処の仕方について述べてあります。
・上司の明らかな間違いを指摘する必要があるとき
・すぐに感情的に反応する上司に対する方法
 そこに書かれていることは「何らかの形で、意識のコントロールによる演技をすることが、自他にとって正しく、かつ賢明な方法である」と言うようなことです。相手の立場や役割を理解し、自分の立場や役割を意識して演じる必要があります。
 今まで述べてきた「インナーマネジメント」の考え方では、この基礎部分に「仕事に対する誠意」が必要であると繰り返し述べています。

 もともと、日本人は、「職場とは収入を得る場であると共に親しい仲間を得る場」という考え方を持っていて、「私生活の延長」であると考えていました。これが、職場での親しい人間関係になっていました。
 上司に対する「甘え」の意識が強く、個人的な相談もします。また、飲み会などの職場のイベントも「全員参加」が原則であり、また、「職場の活動に常に参画していたい」意識も強かったと思います。そのことが、戦後の日本型企業経営を支えてきたのですが、「バブル崩壊」を境に効率を優先するアメリカ型のマーケティング理論や「キャリア」とかの個人の自律を強調する風潮、さらに最近では「ヒルズ族」「勝ち組・負け組」といわれるような「マネーゲーム感覚の経営」がもてはやされるようになって来ました。「企業自体のモラル」「職場内のコミュニケーション」が崩壊してしまったのです。
 原因は、ほかにも「教育制度」とか「家族」の問題が言われていますが、いずれにせよ日本人の特質が変化してきたのだと憂慮しています。

③契約 
(ギブアンドテイク)

 欧米のように「自分を貫きたい」という個の概念が確立したところでは、ごく自然に受け入れられている原理です。

 夫婦の関係をうまく運ぶためには、お互いの納得事項を明確にせよとか、夫婦間の役割に関するルールを守れといったアドバイスがされています。
 契約は「取り引き」であり、アメリカでは、真相を追究する裁判でさえ「司法取引」「刑事免責」といった証言拒否が認められます。犯人と検察官は対等であり、真実を犠牲にしても、フェアプレイを守るためのルールに従って行動することが要求されます。こうした交換原理にもとづく取り引きや契約は、われわれ日本人には、なかなかなじめません。
 欧米における契約の概念は、人間関係においては、お互いの希望が100%満たされることは不可能であり、その生活原理に沿って、各人の自我の欲求に自ら限界を設けて、お互いの合意点を見出そうと努めるものです。つまり、自発的に自我をコントロールすることが、契約の本質なのです。
 なぜ、日本人は契約になじめないのか。これは「個の確立」と対立する概念である「甘え」に関連しているのではないでしょうか。


④暗黙の諒解 

 世の中には、原因が判ったからと言って、直ちにそれを取り除いて、問題の解決に進むことができない場合が多くあります。こうしたときは、当事者とそれを助けようとする相手との間に、以心伝心といった形で、暗黙の妥協が成り立つことがあります。

 職場環境によるストレスに悩んでいる相手にカウンセラーとしてその身の上話を聞いても、自分ではどうしてもやれないという無力感と罪悪感を感じることがあります。相手も、カウンセラーの力の限界に対する不満を受入れて、それ以上、深入りせず、暗黙の諒解が成立します。
 これが成り立つと、それ以上心理的なことはふれあわなくても、その後、顔を合わせたとき「無言の言葉」を理解しあっているのだという、暖かい交流が持続するものです。
 クライアントは、自分の深刻な人生相談やそれに対する気持ちを自分が信頼するカウンセラーに判ってもらっているというだけで、実際にはどうにもならなくても、以前よりはずっと安定した心境になれることが多いのです。これは、フレンドリーサポート(友交的な支持)と呼ばれる心理的な技法で、クライアントの「真の友人」となるわけです。


⑤なれあい 

 国会での対立やストなど「やってみせる、構えてみせる、論争してみせる」ことはしますが、しかし実際には見せるだけで、問題の核心に触れてそれを具体的にどうしようという行動は取りません。結局は泥仕合に終わり、それまでの対立関係が維持される結果に終わることになります。

 職場や家庭で、トラブルの源となる余計な話題はできる限り正面きって取り上げないほうがお互いのためによいと言った態度がそれです。
 職場での会議は多いが論争に発展することはなく、周囲を横目でうかがいながら会議のムードを壊さないようにします。「会議が多くてやりきれない」というのも、実際の議論が少なく気を使って疲れるだけという意味だと思います。


⑥遠回しに訴える 
(風刺的コミュニケーション)

 私たちは、不平不満を直接的に表現することをためらいます。これを言ったら相手から嫌われるのではないか、自分の立場が不利になるのではないかといろいろ考え込みます。とくに、過去に素直に気持ちを述べたら相手から責められたとか、誰かを傷つけたといった苦い体験を持つ人たちはなかなか直接的にものが言えないことがあります。

 職場で、次のような訴えが聞かれることがありませんか。
・「職場で話し合いの雰囲気がない」とみんなが感じているようです。
・「上司がボス的すぎる」と誰もが不満を抱いています。
・「○○課長は、女性に甘い」ともっぱらの噂です。
 この場合、もちろん当人が言うように、多くの社員にこの種の不平、不満があり、それを彼(彼女)が代表して述べているのかもしれませんが、それとなく確認してみると、「そうでもないですよ」という意見があったりします。  当人は、上司に対して「私の不満を拾い上げて欲しい」と遠まわしにほのめかしている可能性が強いのです。つまり、個人的な不平や不満が、一般的な問題に拡大された形で提示されるのです。

 ある会社の優秀な女子社員が、手がけた仕事の半ばで「やめさせてほしい」と、上司に申し出てきました。上司は、最初のうちは穏やかに慰留に努めていましたが、やがて「いまやめられたら、会社が困る」とか、「君は自分中心で、会社のことを考えていない」と、会社の打算的な部分を表に出して、あらかさまに彼女を責める態度をとりました。その結果、二人の間にこじれが生じ、やがて彼女は意を決して退職してしまいました。
 しかし、後日、彼女が会社の同僚に打ち明けたところによると、退職希望は彼女の本意ではなく、同僚となんとしてもうまが合わないので、考慮してもらいたい、また、いまの仕事に充実感がないので、将来、自分の能力が発揮できるポストに廻してほしい、と訴えたかったのだという。
 しかし、慰留しようとする上司の語調や態度の中に、「君はダメな奴だ」「あなたなんか迷惑な人間だ」といったニュアンスが感じられ、自分への価値観自体を傷つけられるのに耐えられなくて、真剣にやめることを考えるようになったとのことでした。
 一度入った職場をやめるということは、本人にとっても、会社にとっても、大きな問題です。それだけに、職場全体、とりわけ直接の上司に与える影響も少なくない。そこで、この点を暗に利用して、個人的な不満などを訴え、それらの改善を求める人がでてくるのです。

 上記の例だけでなく、以下のような真の訴えが潜んでいるのかもしれません。
・自分だけが、不当に多い仕事をさせられている。仕事をもっと平等に割り当ててもらいたい。
・女性としての生き方に迷っている。
・上司が、自分の業績をわがものにしてしまう。私は、腹が立っている。
・誰も、特別に私に注目してくれる人がいない。私も、皆から認められる存在になりたい。
など。
 こうした、隠れた意図に気づかずに対応すると、本人は自分の気持ちをわかってもらえないと感じ、かえって心を閉じてしまうのです。


⑦値引き 

認知の歪みー肯定的なものの格下げ参照

「相手を値引きする」場合と「自分を値引き」する場合があります。

 こちらが抱いている否定的な感情を、何らかの形で相手に伝達することを「値引き」と呼んでいます。相手を殴ったり罵倒すると言った直接的な行為も含まれますが、むしろ、皮肉、嘲笑、からかいなど、間接的な手段を用いて相手を傷つける場合が多いです。

A)相手、あるいは相手の問題を無視する
 挨拶をされても、知らん顔をしたり、会議の席で、相手の発言の直後に、それとぜんぜん異なる話題へと話を進めます。
B) 相手、あるいは相手の問題の重要性を無視する
 相談を受けても、「そのうちに考えておこう」といって引き伸ばします。
C)問題解決の可能性を否定する
「それができるくらいならやってみたまえ」など、皮肉に満ちたコメントなどを言います。
D)自分の側の関心や、問題解決能力を否定する
 この場合、当人は相手の問題にも気づいており、その解決も可能であると信じています。しかし、実際にそれを処理する段になると、自らの能力を値引き誰か他の人に肩代りさせようとします。
「私はもともとこんな性格ですから、いまさら変えろといわれても無理な話ですよ。むしろ、こんな仕事は○○さんにたのんでみては・・・。」といった逃げ口上を言って、深入りするのを拒むのです。

私たちはどこをどう値引いているのでしょうか?

 自分と他人の状況を「マイナスマイナス」のように考えるのを”値引き“と言いますが、マイナスのストロークが心を牛耳って、つまり”悪い私”が牛耳って、自分の中にある「いい面」を見ようとしないのです。
 例えば、「自分をOKでないとみなす人」「この子はダメだ」と部下の中に潜む力を認めようとしないといったように「他人の価値を重視しない人」、「お酒を飲んで運転しても大丈夫」と現実的な状況を無視する人、「あの人にはできるけれど、私にはできない」といった具合に自分と他人が混乱している人などです。
 誰の中にも問題解決の力はあるのに、「私はそんなことできません」と自分の力を無視してしまう、軽視してしまうことがあります。自分の中に変わってゆく力があるということを信じれば、必ず人は「変わる」ことができます。
 親は、「この子はだめな子なの」と、この子の中にすばらしい力があるのに、値引いてしまうのをやめましょう。
 行動は感情が規制するものです。自分の心を楽しい気持ちで満たすことは、大事なことです。
 部下のあらばかり探さずに、ほめることを始めましょう。必ずあるよい所を少しでもいいから褒めましょう。
 落ち込んだときは、ものすごく苦しい嫌なところにたっぷり浸りましょう。
 そして次に、3分から5分間、例えばハワイへ行って楽しい気持ちになることをうーんと味わい、空想しましょう。
嫌な気持ちになる、楽しい気持ちになる、これを繰り返すとくたびれた心を回復させることができます。
 ちょうどシャトルバスのように、苦しい場面と楽しい場面を心の中で行き来すると、ずいぶんと心は楽になるものです。
 人にとって睡眠は心と体を回復させてくれる大事なものです。心の疲労は「夢」が処理してくれます。夢は心の疲労を回復するためにあります。悪夢は心の問題が大きすぎると見るのです。
 レム睡眠といわれる、REMはrapid eye movementの略で眼球が左右に早く動く時心が回復するといわれています。 人はレム睡眠とノンレム睡眠を交互に繰り返しています。この方法を利用して、起きているときでも、少しの落ち込みには、「首をまっすぐにして眼球だけを左右に動かす」動作を繰り返すと、小さな悩みは解決するといわれます。試してみませんか? <>/p>

「変わる」ことについて

 人は変われる。よい方向にも悪い方向にも、人は変わるものです。人が変わるいろいろな条件を考えて見ましょう。
 例えば、肉親の死など重要な人が亡くなった時からしっかりするということがあります。更年期、牧師やお坊さんから説教を受けるとか、結婚して遠くに引っ越した場合、成人喘息が起きるが、実家へ帰ると発作が治まるなど、何かがきっかけになると「変わる」ということがあるのです。

 自分で変わろうとするとき、妨げるものは何でしょうか?
それが”禁止令”といわれるものです。
 小さい頃から親や養育者に「お前は何をやってもだめだ。「お前が男の子だったらよかったのに」「弟と比べてお前はダメだな」など非建設的なことを言われたり、またそういう目で見られたりすると、正常に幸福になっていくのを妨げられるのです。
 自分がどんな禁止令の下に生きてきたのか、その禁止令を探しましょう。それは正当に幸福になってゆくのを妨げるものなのです。
「交流分析」には次のような言葉があります。
「自分で気づいて、自分で自分を成長させてゆく」気づくことによって、人は変わる。
「過去と他人は変えられない。自分と未来は変えることができる。」

 私の大好きな言葉です。この言葉に出会って、交流分析に興味を持ち、学びたいと思いました。

 生かされて生きる、いのちへの「気づき」が私たちの心を根底から安定させるものです。
 このいのちに対する感謝の気持ちがあれば、傲慢になったり、不安になったりする自分に対して、客観的に観察することができるようになり、自分の気持ち「想い」と向き合って素直に自分を認め、自分の力で成長することができるようになるのではないでしょうか。


No.6 コミュニケーションの裏側 

☆ 甘える

 ☆「甘える」という言葉は日本語に特有のものであり、日本の社会構造もこの心理を許容するように出来上がっています。
 小さい時、甘えたくても、甘えられなくて育った人は、人間関係に問題(トラブル)が生じやすいのです。
 歪んだ形(ひねくれる、すねる、食って掛かる、やけを起こす、こだわる、恨む)で、“甘え”を満たそうとします。特に“甘え”の足りない人は、“恨み”も強い傾向があります。コミュニケーションの裏側には、この甘えがあります。

☆ すまない

 日本では、謝罪と感謝の状況いずれの場合もこの言葉が使われるという特殊な事情があります。
英語では、”I am sorry.”というと謝罪の意味ですら、何か悪いことをしたのかと聞き返されます。
「ちょっとごめんなさい」という意味で「すみません」と言うことは日本人の癖になっていますが、外国人には理解できません。
「すまない」という言葉は、元来、動作や仕事が「済む」という場合の否定形ではないかと考えられます。やるべきことをやっていないから、「すまない」のであり、相手に迷惑をかけたことに対する侘びの気持ちが強く現れています。
 相手の親切を感謝するにも「すまない」という言葉を用いますが、親切な好意をする相手にとって若干の負担になり、迷惑をかけたと想像し、それは詫びないと相手が非礼と取りはしないか、その結果、相手の好意を失わないかと恐れるからです。そして、今後も末永く甘えさしてほしいと思うので、日本人は「すまない」という言葉をよく使うのです。
 はっきりと言わなくてもわかってくれるという日本独特のコミュニケーションであると言えます。


No.7 本音と建前 

心理的特性の違い

欧米人と日本人では、次のような心理的特性の違いがあります。
①欧米では集団と個が対立関係にある。
 人がなんと言おうと「私は好きなようにする」という生き方が歓迎される。
②日本では「集団の中の自分」「みなからどう思われるか」「常識はずれではないか」「和を重視する」と考えて行くほうがうまくいく。
「私が○○する」という事は、なかなか難しい。

日本では「本音」と「建前」を使い分けることが大切

 こう言うと、反発される方も多いと思う。ほんとの自分を隠して生活するストレスは計り知れないものであるからです。「割り切ることができるのか。」これがテーマです。


1.建前(タテマエ)と本音(ホンネ)の違い

a.タテマエとは
 ・標準、方針、原則(広辞苑)
 ・本来的なこととして決まっている方針、原則の類
 ・人々が合意して決めたもの(覆されることもある)
 ・背後に建前において合意する集団が存在する
 ・「みなで決めたこと」「長い間してきたこと」は守ったほうがよい
 ・常識と深く関係する

b.ホンネとは
 ・本心から出た言葉〔広辞苑〕
 ・建前に合意するものの、それとは別に建前の背後で持っている思惑のこと
 ・建前についての各自それぞれの考え方
 ・建前があることで、初めてホンネが存在する
 たとえば、子供に「おまえの為だ」と勉強させるが、親は「自分が子供をよい学校に入れたい」「老後の安心」「自分の果たせぬ夢を子供に託す」という本音があります。
 → この事に気づいて認めるとよい。

2.タテマエとホンネの関係について

a.表と裏〔表裏一体〕→コインのようなもの
 ・一方なくしては、他方が存在することはありえない〔相互補完的〕
 ・建前はオモテに現れる(秩序)
 ・本音はウラに隠れる(さまざまな動機)
 ・タテマエとホンネの区別は、必ずしも常に本人によって自覚されているとは限らない
 ・タテマエとホンネと並べる→ 日本人独特の考え方、感じ方
 ・西洋はタテマエとホンネを一つのペアとしては考えていない。
   →  パブリックとプライベートをはっきり区別します。

3.心の健康と「タテマエとホンネ」の関係について

a.タテマエとホンネの自覚
 ・タテマエとホンネの二本立ては、精神のバランスを保つ上で非常に大きな役割を果たしている。
 ・タテマエとホンネがともに作動しないと、人間関係はぎくしゃくしたものになる。
 ・タテマエとホンネの区別がわからぬまま大きくなった人は、挫折に参ってしまう。
 ・日本の社会で大人になる条件:表と裏の区別がつけられるようになること(自分の中にある気持ちを整理できるようになること)
 たとえば、「子供は時々憎らしくなり、いらないと思う」 「子供を憎んでは行けない、自分を犠牲にして子供に尽くす」
 このように 心の中には2つの気持ちがあることを自覚する
  ×建前だけの人〔石部金吉〕  ×本音だけの人(坊っちゃん)

b.タテマエとホンネのアンバランス
①タテマエを無視して行動する(子供と同じ)
 ○モラトリアム人間→ 昔の人々が考えたことは全部いけないと否認し、自己実現を第一にする考え方
 ○モラトリアムⅡ世→ 本音中心で建前を無視する永遠の子供たち
 自分の幸福・自己実現のみを大事にする

☆今の若い人に「ラジカルで常識のない人」が増えている
☆みんなが決めたことは守るように教育していくべきではないか
・タテマエ抜きでホンネだけで生きようとする人→ 坊っちゃん
・タテマエを無視したことで手痛い打撃を受ける→ プライバシーの侵害

②タテマエを通すだけの生き方(タテマエ一本槍)
 ・ホンネ抜きでタテマエさえ通せば、すべてうまく行くか?
 例)人名尊重絶対とハイジャック事件
 「悪を許容してしまった」という点で世界の笑い者になったと言う事件
 例)佐世保の小6女児殺害事件
 友達を憎らしい気持ちはあるけれども、それをタテマエで包むべき
 ・ホンネをうちに蔵し、それを隠しつつ、うまく実現させる為の「カッコイイ」主張は?
 例)PK(pastor‘s  kid) → 牧師の子
 建前中心主義では、子供は反発し、非行少年になる傾向
③タテマエとホンネの区別がわからぬまま大人になる→ 裸の王様
 ・ウラがオモテに被われていない人
 ・言葉と心の区別がわからない→ 言葉の裏にある心が読めない人
  拒食症過食症の子を持つ親に多い
  親がタテマエだけで裏の心がわからない

☆「甘え」はホンネとタテマエに密接に関係している

④大人とは→ タテマエとホンネの区別がついて、両者が原則として共存することをわきまえている人
例)「ママの馬鹿」「ママなんか嫌い」という子供の言葉に対し「でも、ママはすきよ」といってあげよう 
心の病:タテマエとホンネが鋭く対立する。衝突から分裂が深刻になり、ばらばらな場面が互いに無関係に出現する

☆頭の私→ 考えてこうあるべき→ 建前
 心の私→ でも、自分はこう言う気持ち→ 本音

4.なぜ、日本人はホンネとタテマエの二本立てを設けたのか?

a「甘え」の心理と深く関係する
「甘え」 →  「大事にされたい」「愛されたい」「愛してほしい」という欲求
    「甘え」を満たすことは、幸福な生活のために必要
    「甘やかす」ことは大切
    強引にすねたり、ひねくれたりするのには、裏がある
    「大事にして」という気持ちをわかってあげる
    欧米では本当は甘えたいのに「自立」と言いすぎる
    日本の国民性、日本人の特徴
    「甘える」という自動詞はない。強いて言えばdepend
                        (依存)

①「甘え」とは、相手の好意を当てにする
 良い悪いではなく人間の「needs」である
 心地のよい心境
 プラスのストロークが足りないとマイナスのストロークで補おうとする
 ・愛されたいという欲求。相手に甘えて、一体となりたいと言う心境
 ・日本人にとって甘えられることが一番の理想
 ・それに近づく為の努力が絶えずなされている → 人の和をはかる
 ・甘えは大変いい気持ち。気持ちがいいだけに、甘えられないと、すぐ恨む(アンビバレンス) →  愛と憎しみの両極性(両面性)
 ・大人になると、甘えることが不可能になる → ウラとオモテの区別をする必要

②内と外にどう対応するか?――― 内と外を分けよう
1)内―――甘えることが自然で、誰もそのことを怪しまない間柄
2)外―――ある約束のもとに、甘え的心情を持ち込むことが許される間柄
       約束事=建前
3)タテマエ:甘えに対する支え。内と外との調整役。それを守っている限り、他の人々の好意を当てにすることができる。その分だけ甘えが満たされる。
建前と言う合意の元に人を結び付けるので、その限りにおいて甘えが働くことを許す。
  ☆ タテマエを守りながら、自分の甘えを満たす知恵を身につけよう

5.家庭はタテマエとホンネをつなぐ結び目

a.夫婦の和合
互いの「違い」を認めて、本音と建前を上手に使い、何とか家庭を守ることは大切なこと。“結婚”は忍耐
人には、「べきの心」と「本当の気持ち」の2つがある。バランスのとれた本当の大人は、本音と建前が融合するのが理想と言える。
○家では本音を出せることは大切
○「いじめられても、家で支えられる」と心は働く
○家が「安心の源」になることが大切
○「嫌だ」という子供に「嫌だったね」とよーく聞くこと
○「先生の中には未熟な人もいるけど、学校では言わないほうがよい」とアドバイスする

b.夫婦の不和 → 離婚
・夫(妻)がもっぱらタテマエを主張VS 妻(夫)がもっぱらホンネを主張
・一方がタテマエを代表し、他方がホンネを代表する→分極化→離婚
・子供は自らのなかにタテマエとホンネのけじめをつける事を学ぶ機会を奪われる

 「大人になる」とは 
○甘えを自覚すること
○タテマエとホンネが分化すること(わきまえる)
○うぶな心を内に秘めること(甘えを満たしたいなあという気持ち)
○甘えに挫折に堪える、孤独に耐える(いつも満たされると限らない)
○アンビバレンスに対する耐性があること(愛と憎しみの共生)
○他人の甘えに対する感受性を持つこと(誰にも甘えたい気持ちがあることを認めあうこと) 「ホンネとタテマエ」を上手に調和をとっている

☆欧米では「自立」を言いすぎて、問題が起きている
キリスト教・仏教・イスラム教の共存が必要と言う考え方


No.8 心の裏表

 小さい時、甘えたくても、甘えられなくて育った人は、人間関係に問題(トラブル)が生じやすいですね。
 歪んだ形(ひねくれる、すねる、食って掛かる、やけを起こす、こだわる、恨む)で、“甘え”を満たそうとします。特に“甘え”の足りない人は、“恨み”も強い傾向があります。

 「ゲーム」とはマイナスのストローク(ふれあい)で、楽しくない形で終わります。
 それを、延々とやめられない。本人特有の不快な感情で終わる。そして不愉快な事を繰返す。うらの心が主導権を握ってしまうのです。(裏面交流)

 プラスのストロークは「やさしい言葉で、相手がいい気持ちになるもの」、マイナスのストロークは「それをもらうと嫌な気持になるもの」と定義することができます。
 例えば、幼児虐待を例にとると、「ただいま!」と子供が帰ってきても、返事しない。
 再び、「ただいま!」と言うと、「うるさい!聞こえてるよ」と言う。
 子供がテストで95点をとって帰ってきた時、「どうして間違えたの」とか、「不注意なん 「だから」とか言う。代表的な言葉に、「ダメ」と言う言葉が使われる。
 「行ってきます」「気をつけていってらっしゃい。おいしいもの作って待ってるね」「ただいま!」「お帰り!」と笑顔で迎える。これらは、よい対応です。
 「今、何時?」と子供が聞いた時に、「時計どこに置いたの?いつもこうなんだから」と口うるさく言い、子供が、「遅れちゃう。」と言うと、「遅れたらあんたのせいよ」というのは、まずい対応です。
 朝は、いい気持ちで、学校や職場に送り出しましょう。
 マイナスのストロークで、特に中高生は、一番自尊心が傷つけられます。
 「学校へ行っても、行かなくても、あなたは、大事な子よ」「自信がない」という子供に、「うーん、自信がない。そう言うことあるよ」と、笑顔で、親が受け止める姿を見せると、子供は安心します。
 ラケット感情とは「自己嫌悪、孤独感、怒り、罪悪感」などを繰返し味わう気持ち」のことです。 子供は、体で訴えます。
 例えば、「まつわりつく、叩きかかる、ヘッドバンキング、ロッキング、朝起きられない、だるい、食欲がない」「頭痛、腹痛、発熱、めまい、過敏性腸症候群」などで、異常を示す危険信号を出す」ストレスの下にあって「つらい」と言っています。
 不登校の子供は、いじめ(30%)、友達とうまく行かない、先生に叱られるなどの理由が多いのですが、親が心配性の場合が多く、親に心配させないようにするよい子が多いです。


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