Short Column

過去のブログより 2008/12 記

サムシンググレート

~ 偉大なる何者か ~

2003年12月~ 村上和雄 筑波大学名誉教授の講演をもとに、再編集。

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 50代の頃だったでしょうか。月刊誌『致知』の記事によって初めて「サムシンググレート」という言葉を知りました。いろいろと調べてみますと、村上和雄先生の言葉だ知り、感銘を受けたので当時書いていたブログに紹介しました。その記事をもとに再考察してみました。

 私達の身体は小さな細胞の集合体であり、たった一個の受精卵が母親の胎内で細胞分裂を繰り返し、誕生時には約3兆個に、成人になれば約60兆個になる。その細胞の一つひとつには核があり、核の中の染色体にDNAという物質が収納されている。このDNAが遺伝子の正体であり、そこには30億の情報が書き込まれている。そして身体中の全細胞の遺伝子に一人の人間の生命活動に必要なすべての情報が書き込まれているらしいのである。ところが、髪の毛の細胞は髪の毛にしかならないし、心臓の細胞は心臓にしかならない。
 なぜか?
 遺伝子にスイッチがあり、髪の毛の細胞にある遺伝子は髪の毛になるスイッチがONになっていて、それ以外のスイッチはすべてOFFになっている。だから髪の毛の細胞は髪の毛にはなるが、心臓にはならない。
 このように各細胞の遺伝子には、すべてのスイッチが付いていて、どれがONになっているかによって、その細胞の役割が決まる。
これだけ精巧な生命の設計図が偶然にできあがるということはありえない。ではこれだけの設計図を、いったい誰が、どのようにして書いたのか?この人間わざをはるかに超える設計図を創ったのは何者なのか?」村上教授は、その設計者のことを「サムシング・グレート(偉大なる何者か)」と呼びました。

≪感想≫ 人類が解析する前に、すでに書かれていた。この事実に驚いたことを思い出しました。

 これは本当に不思議なことです。それだけに、我われは大自然の不思議な力で生かされているという側面を決して忘れてはならないと思います。

Column No.1 

笑いが遺伝子のスイッチをオンに

 私は、現在、「心と遺伝子研究会」という、心が遺伝子にどのような影響を及ぼすのかを研究する会の代表を務めています。今年は、この研究会と吉本興業による3回のジョイント・イベントを行いました。
 なぜ吉本興業と組んだかといえば、笑いがどのように遺伝子をスイッチオンするのか、という研究を私達が進めているからです。
 遺伝子は、一般には固定的に考えられていますが、実は、多くの遺伝子はまだ眠っているか、フル稼働していないのです。
 もし、十分に働いていない遺伝子のスイッチをオンにして都合の悪い遺伝子をオフにすることができれば、私達人間に新たな可能性が生まれるかもしれません。

 なぜ笑いを選んだか。医学的には充分証明されていないものの、昔から笑いが体に良く病気を治す場合があると知られていました。笑いが健康にいいということについての科学的データを集めたいと思ったからです。
 昨年1月につくばノバホールで、糖尿病の患者さんを含めた計1000人を集め、公開実験を行いました。糖尿病というのは血糖値が通常よりも高い病気ですが、私達はこの高い血糖値が笑いによって下がるのではないか、という仮説を立てたのです。実験は2日間に分けて行いました。
 1日目は大学の教授に糖尿病についての講義をしてもらい、2日目は吉本興業推薦のB&Bという漫才師さんに公演をお願いしました。どちらも昼食後に聞いてもらいました。
 ジョークも少なく淡々とした大学の先生の講義の後は、血糖値が食前に較べて100mlあたり123mgもあがりました。 それに較べ、B&Bの漫才によく笑った後の血糖値の上昇は、100mlあたり77mgでした。
 つまり、46mgの差が出た訳です。
 この結果を、アメリカの糖尿病学会誌「Diabetes Care」に発表し、2003年5月号に掲載されました。このニュースをロイター通信が注目して取り上げ、全世界に発信されました。きっと、この実験が将来の医療を変える様なものだったからでしょう。
私は、楽しい治療を始める魁になりたい、と思っておりますので、そういったデータをつくばから発信していきたいのです。
(一部編集しました。)
【質問】サムシング・グレート」の意思を感じられたことがあるのでしょうか。
【答え】難しい質問です。心にはいろいろな心があるわけで、大体、心の定義というのはできないですから、心の動きしかわからない。
 私には1つの仮説があります。
 楽しい・うれしい・感動・喜びなどのポジティブな感情がいい遺伝子のスイッチをオンにし、悩み・苦しみなどのネガティブな思いが悪い遺伝子のスイッチをオンするのではないか、いう説です。これを何とか証明したいと思い、笑いから入りましたが、祈りのような非常にスピリチュアルな感情も、私たちの遺伝子のスイッチのオンとオフに関係するのではないかと思っています。その辺はなかなか難しい。最近、アメリカで、祈りが治療効果をもつという論文が医学の雑誌に載りだしました。宗教的なところにも、科学のメスが入りつつあると考えています。
 また、生命の設計図は、でたらめに書けるものではないと感じています。そうであれば、意思のようなものがあったかもしれないと思っています。
 これを証明しろといわれたら、科学的には証明できません。宇宙には人間を作るような意思のようなものがあったのかどうか、
 物理的に可能ならば、宇宙は何個できていてもいいのです。すると、他ならぬこの宇宙に我々はなぜ存在するのか、という疑問が生じます。そうなると、「サムシング・グレート」が、我々にこの宇宙を選ばせたという見方もでてくる。
 無数にある宇宙の1つに私たちが生きているのは、何か、この宇宙自体が理解されることを願っているというような感じがしないでもありません。しかし、これは科学的に証明できることではない。まさに私の心の働きにすぎないのかもしれませんが、そういう気持ちはありますね。

Column No.2 

誰が遺伝子暗号を書いたのか?

 過去3年間、イネの遺伝子暗号解読のプロジェクトを組んで、力を入れてきました。これは1万6000個あるイネの遺伝子をイネのゲノムから抽出し、それを99.99%の精度で読むものです。
 また、私が20年以上携わった高血圧の研究では、高血圧の引き金を引く酵素の遺伝子暗号を解読しました。
 どちらも大変な思いをした仕事ですが、最近のIT導入による遺伝子暗号の解読技術の進歩にはすごいものがあります。
 しかし、ある時もっとすごいことに気付きました。
 それは遺伝子が読まれる前にすでに書かれていたということです。
 ヒトのゲノムというのは30億ペアの化学の文字からなっていますが、これは大百科事典何千冊分という情報に当たるものです。これが細胞の中の核の中の染色体中に存在し、その重さは1gの2000億分の1のところに書き込んであるのです。しかも、ただ保存されているだけでなく、毎日働いているのです。
 遺伝子は体の中でおこるほとんどの反応に関与しています。遺伝子が正確に働かなければ私達は生きていけません。いったい、この暗号を書いたのは誰なのでしょう。

 もちろん、人間が人間の遺伝子暗号を書いたわけはありません。つまり、自然が書いたとしか言いようがないのです。この自然とは、目に見えない偉大で不思議な働きのことです。これは人間業ではなく神業です。
 しかし、科学者があまり神仏と言いますと、誤解されてしまうので、それを私は「サムシング・グレート」と10年位前から呼んでいます。サムシングというだけあって、それが何か、ということは永遠のテーマなのですが、大変グレートなのです。

Column No.3 

生命のすばらしさ

 大腸菌という生き物は何万という実験に使われてきた大変役に立つ生物です。しかし、世界の知恵と富をどんなに集めても、大腸菌一つ作ることはできないのです。
 それは、大腸菌がなんで生きているのか、その生きているという非常に基本的なメカニズムについて、私達はほとんど知らないからなのです。
 これは現代の科学や医学がダメなのではなく、生きているということが細胞一つでもいかにすごいか、ということなのです。
 ですから、約60兆の細胞からなっている人間が生きていることはただ事ではありません。
 60兆とは地球全人口60億の1万倍ですが、それが毎日けんかせずに寄り集まって活動しています。
 それに較べて、人間は歴史が始まって以来、戦争をやめたことが無いのです。なぜこのような小さな沢山の命が協調しながら見事に生きるのか、不思議です。
 細胞は自分を生かしながら、他の細胞の働きと協調して臓器の働きに協力します。臓器も自分の働きを保ちながら個体を生かします。
 心臓なら、一生一日足りとも休まず、文句も言わずポンプ作用を打ち続けているのです。
 これは遺伝子にプログラムされているからですが、この遺伝子のプログラムはどうやって作られたのか、ということについてはわからないのです。
 つまり生命研究の現場にいる私どもでも、命ということについては、ほとんど根本的なところがわかっていないのが現状なのです。その点で科学者は傲慢になってはいけない、と思っています。
 とくに命に関してはほとんどわからない、人間だけではカビ一つ作れないということを原点にして考えないと、教育も環境の問題も解決できないと思っています。
 人間は確かに他の動物にできないいろんなことが脳の発達のおかげでできますが、私達は生き物の一員であることを忘れてはなりません。科学技術がいかに進歩しても科学だけではわからないものが残るのでは、と感じています。

Column No.4 

サムシンググレートは神

 物理学者というのは、神の助けを得ずに自然現象を正確に記述しようとするわけですから、心の上では神を信じていないはずです。
ところが、神の名を口にすることがある。それが疑問だったのです。
「神様はサイコロ遊びをしない」というアインシュタインの言葉はあまりにも有名です。
 アインシュタインは世の中の物事には全て法則性があって、それに則ってすべてが動くと考えていたため、このような比喩を使って反論しました。アインシュタインにとって、電子の運動を確率で記述するのは許しがたいことであり、神様を持ち出したわけです。
しかし、量子論の世界は確率論ですから、神はサイコロ遊びをするのです。さらにカオスの世界になると、決定論的な方程式がありながら、解を決めることができない。
 パチンコと同じで、ニュートン力学を使って玉の動きは説明できても、玉の行き先は決定できないのです。そうなると、「神は賭博師」になってしまいます。

 では、物理学者はなぜ神を口にするのでしょうか。
 物理学では、陽子や電子の質量、あるいは万有引力のような法則は、所与のものとして考えます。
「なぜそのような値や物理法則になっているのか」は問わない。
そこはわからないのです。
 このわからないところをサムシング・グレート、あえて<神>というように表現すると、物理学者の意見は2つに分かれます。
 1つは、絶妙な仕組み、例えばマックスウェルの方程式の見事な美しさに感嘆し、それは何か偉大なものが創り上げているのだろうというものです。
 逆に、自分の審美感に相反すると、自然の法則を決めている偉大なものがそんなことをするはずがないと考え、先のアインシュタインのように、<神>の名によって理論を否定することもあります。
 このように<神>による肯定も否定もあるわけで、いずれの<神>もサムシング・グレートと言えるのです。

 人間は、サムシング・グレートへの抵抗を試み、<神>を人間に置き換えようとしていますが、これは間違っています。

生命の進化を見ると、隕石の衝突などのさまざまな偶然が作用しており、人間原理では偶然を説明していない。

 やはり、サムシング・グレートはあって、それが物理学を美しいと感じさせ、その成果を大事にしようと思わせるのです。 その意味でも、科学者は謙虚でなければならないと思います。

 ある「結果」があるときには必ずその「原因」がある、というのを「因果律」といいます。哲学でも因果律の存在は疑いようのない原理でした。
 科学者は、この因果律は、極微の世界から、人間が知覚できる世界、さらに大宇宙の仕組みにも、当然当てはまると考えていました。
ところが、極微の世界で、それまでだれも、偉大な物理学者や哲学者も疑わなかった因果律、つまり何かが起きるときには必ず原因があること、が成り立たない現象が発見されたのです。
 あの偉大なアインシュタインは因果律の存在しない法則をどうしても受け入れることができず、確率現象のもっともポピュラーなサイコロゲームをもじって「神はサイコロを振らない」とつぶやいたのでした。
 現象が原因に基づかなくて確率的に起こる、という法則は、まったく新しい「量子力学」という物理学の基本原理となりました。


Column No.5 

遺伝子と遺伝外情報

 人間同士の遺伝子暗号はおそらく99.9%同じで、1000個に1個しか違わない。中でも本当に意味があるのは、1万個に1個だといわれています。
 その僅かな差が非常に重要なのかもしれませんが、今のところよくわかりません。また、「サムシング・グレート」を感じる時には、ある遺伝子のスイッチが入っていると私は思っていますが、これを証明するのはなかなか難しい。今はそのデータがありません。

 ヒトゲノムの30億塩基対というのは、4文字で30億だと750Mバイトに過ぎなくて、CD-ROM1枚に入る程度の情報量です
 遺伝情報30億は1000頁の辞書の何千冊分に当たり、今のところ生物がもっている情報はこれしかない。ただし、人間の可能性というのは遺伝子だけでは決まっておらず、文化などの遺伝子外情報でかなり動かされています。
つまり、遺伝子と遺伝外情報が互いに相互作用しながら、その人の人格とか行動とかを決めていると思っています。
 動物の場合、行動はすべて遺伝情報に支配されている、つまり固定したプログラムで行動しているといわれています。
 一方、我々は環境に応じてプログラムを変えることができ、そこに人間の進歩があります。つまり遺伝外情報をたくさん使っているのです。


Column No.6 

宇宙には意思がある

以下の文章は、高エネルギー宇宙物理学の世界的権威、桜井邦朋著「宇宙には意思がある」(平成7年4月1日出版 クレスト選書)より抽出、要約したものです。

 二十世紀に入ってから、物理学の主柱ともいえる二つの学問、量子論と相対論は急速な発展を見せ、素粒子の構造のような極微の世界から、宇宙全体を包む極大の世界にいたる、ほとんどあらゆる現象を研究し理解することが、現在では可能になっている。
 この宇宙進化の過程の中で、私たち人間一人ひとりは、たった1回だけ、この世で生を送る機会を与えられる。これは厳粛な事実である。そして、日々の生活の中で過ぎ去った時間は、宇宙の進化の中で過去へと送り込まれてしまい、二度と戻ってくることはない。
 現在を生きる、この瞬間だけが私たちには人生なのであって、やがては生まれ出てくる以前の、宇宙の中へと帰っていかなければならない。

「宇宙は人間のためにある」
←現代物理学「宇宙の人間原理」より ロバート・デッキー

 人類の誕生は、宇宙の進化から必然的に生み出された結果である。すなわち、この宇宙は私たち人間を誕生させるために存在しているのではないか。
 私たちは、たまたま地球に生まれたのではなく、宇宙そのものが私たちを必要としているから、知性を持った人類を生み出した、ということだ。
 たとえば、私たちの地球は太陽の周囲を半径およそ一億五千万キロの円を描いて公転している。この一億五千万キロという公転半径は、生命にとって絶妙な距離である。もしこれより短ければ、地球に届く太陽エネルギーが強すぎて、地球は灼熱の星になっていた。また、その逆に、半径が長ければ、地球は冷たい星になり、生命の発生には適さなかっただろう。

①「無秩序」を拒絶する生命の不思議

 生命現象も、自然現象の一つであり、その変化は非可逆に進む。
 私たちは年をとることがあっても、逆に若返っていくことはない。だが、非常に不思議なことに、生命現象の非可逆性は、ほかの現象の非可逆性とは、その方向が反対になっているのである。
 自然現象は、すべて秩序から無秩序の方向に流れる。どんな花瓶でもやがては崩れ、粉々になり、最後は土に戻る。花瓶という秩序は、最後には無秩序の粉になってしまうのである。
 熱にしても同じである。熱いお湯を放っておくと、やがてその熱は周囲に散らばっていき、お湯は常温の水になる。周囲に放散された熱をかき集めて、水の中に戻してやることはできない。

 ところが、生命だけは例外のように見える。
 人間の身体は、体温という形で熱を帯びているが、成長するほどに体温が下がっていくということはない。生きている間は、秩序を保ち続けている。

②「熱とはなにか」

 熱力学には、次のような二つの法則がある。
 一つは「エネルギー保存の法則」で、エネルギーはいくら使われてもその総体は増えもしないし減りもしないというものである。
 もう一つは「エントロピーの増大の法則」で、エネルギーは使えば使うほど質が悪くなる、そして、エネルギーは質が重要なのであって、いくら量が充分であっても質が悪ければ役に立たないというものである。
 どんなエネルギーでも、それを使えば使うほど、その質は低下していき、最後には利用しようがないレベルまで達してしまう。
 自然現象が秩序から無秩序へ一方向に向かうのは、このエントロピー増大の法則による。だから、その時間の向きを反対にすることができない。
 しかし、生命だけは、この法則からは理解しがたい。
 時間的に見て一方向に進むという点においては、生命現象と熱現象は似ている。どのような生命でも、その成長が逆方向に進むということはない。しかし、似ているというのはそれだけである。
 あらゆる現象はエントロピー最大の状態に立ち至ると終わる。どんな物体でも時が経てばすべてかたちを失ってしまう。だが、生命現象にはそのような終わりがない。子や孫というように世代の交代が起こるために、生命現象には終わりがない。
 もちろん、それぞれの固体には、生命的な死が待っているが、種の連続性という点では、終着点がないのである。さらに、この世代交代のプロセスでは進化が起き、形態や機能がより複雑、高度なほうに変化していく。原初の生物は一つの単細胞で活動していたが、それが進化を遂げるうちに、構造は複雑になり、知性を持ったヒトという種までも創り上げた。
 他の自然現象はすべて、均一化という無秩序の方向に向かっているのに、生命だけは秩序を維持し、しかも進化によって、より高度な秩序を実現している。秩序ある構造とは、エントロピーが小さい状態ということであるから、生命はエントロピーの法則に逆らうように見える。
 この生命は、この宇宙のどこにでも見つかるような元素で作られている。生命を作るための特別な元素があるわけではない。だから、そこで起きているのは物理学で説明できる現象であり、物理学の法則から外れているはずはない。個々の分子や原始レベルでは理解できるのに、一つの生命体となると説明がつかなくなってしまう。
 いったい、なぜなのか。

③「死の定義」

 生命にまつわる不思議、死もまた理解に苦しむ現象である。どんな生命でも必ず死は訪れる。老化という現象は比較的理解しやすいが、死というのは老化のような段階的な変化ではない。これは生から死へのジャンプである。
 生命体を構成している元素群が疲労したり変化したりするから死んでしまうのではない。構成物質は死の前後でまったく変化していない。物理学的見地から言っても「死とはなにか」を定義することは難しい。

④「エネルギーの交換」仮説

 生命体は、周囲との環境のとの間でエネルギーを交換している。これによって生命を維持していると考えると、この交換が有効に働かなくなった時に死が訪れる事になる。
 質のいいエネルギーを環境から取り入れ、質の悪いエネルギーをゴミとして外部に排出しているため、エントロピーが増大しないで、生命を維持していると考えられる。

Column No.7 

偶然から必然が生み出された

 地球上に発生した生命において注目すべき点は、ほとんどすべての種において、遺伝的な情報を伝える機構が互いに同じになっていることである。次の世代を作るための情報が同じ機構を通じて伝えられる。
 DNA(デオキシリボ核酸の略)と称される有機高分子の中に、この遺伝情報が蓄えられているが、この細胞の増殖の過程が、地球上のほとんどの生命に共通していることから見て、地球上における生命の起源は、たぶん1回だけ起ったのだと考えられている。
 もしも何回かにわけて、地球上の生命が発生したとすれば、その回数だけ異なった遺伝子のタイプがあるはずである。
 ちなみにDNAのほかにRNAという遺伝子があるが、この二つは兄弟のようなもので、別々の時点に生まれたとは考えにくい。

 DNAという遺伝子は、この地球上に初めて誕生した生命が発明したものなのだろう。だから、進化というプロセス自体、生命誕生のスタート時からあったはずである。以来、地球上の生命は、世代の交代を繰り返しながら、進化を続け、今日見られるような多種多様な生命種を創り上げてきた。そしてその結果、ヒトという知性を持った生命が地球に現れたのである。
 ここで問題になるのは、この生命進化は最初から知性を持ったヒトという生物を作り出す目的を持っていたのかということである。
 現代の進化論によれば、「生命の進化そのものには、特別の目的はない」とされている。ダーウィンの説にしても、そのアイデアの中心は「突然変異」と「適者生存」である。たまたま、知性を獲得しただけだということになる。
 生物学者は、「知性は生き残りのための手段であり、進化の目標ではなかった」としている。たしかに。DNAとか染色体のような遺伝機構の中には、知性を目指して進化するような目標は組み込まれていないようである。

 生命進化そのものに何の目的もないことは、この地球上に何千万種類もの生物種が存在することからも明らかである。
 もし、知性そのものを生み出すことだけが目的ならば、これほどの種が存在する必要はない。極論すれば、たった一種類の生命種だけあればいいわけで、知性を生み出すためだけに何千万種類もの生物を生むことは無意味だし、効率的ではない。
 効率論だけで見れば、生命そのものが「大いなる無駄」という見方もある。
 現象面から見れば、生命という存在はエントロピー増大の流れに逆らい、種を存続させようと努力し続けている。宇宙から見れば、生命はエネルギーを無駄に消費し、熱力学に抵抗する厄介な存在である。

 生命を維持するためには、外部の環境から物質とエネルギーを絶えず取り込んでいかなければならない。しかも、外界には生命にとって有害なものが無数に存在する。これらから自己を防衛することも大変な労力である。
 たとえば、生命には免疫という生き残りシステムがある。自己と非自己を識別し、自分の肉体とはことなる物質や生命を認識し、排除しようとする。驚くべきシステムである。この免疫という働きも自然界から見ればやはり「大いなる無駄」であろう。
 このような事実を見ると、本当に「進化には何の目的もない」と言えるのだろうか。

 宇宙は何らかの目的があって、生命を生み出したのではないか。

 そしてその目的は、ヒトのような知性ある存在を生み出すことにあったと推測してよいのではないだろうかと考えてしまう。
 たしかに、進化の歴史において、現在のような知性をもったヒトという種が誕生したのは、一種の「奇跡」だったかもしれない。これを「結果論」と思われるかもしれない。結果から原因を推定するのは疑問であると思われるかもしれない。
 しかし、「どんな現象であっても、そこには原因と結果の因果関係が成り立つ。ある現象を理解するためには、そうした因果関係を解き明かさねばならない」という考え方だけでは、現代の物理学を理解することはできない。ほとんどの自然現象は、決定論的な因果論だけでは完全に説明することができないのである。

 自然界のあらゆる現象は、ミクロレベルでは予測不能であるが、集団全体としての振る舞いを統計学的に研究すると予測も法則化できる。
 たとえば、振り子の動きも、ミクロレベルで考えると予測不可能であるが、振り子のゆれが永遠に続くわけではない。摩擦や空気抵抗によって止まることは、誰でも経験的に知っている。しかし、どのように止まるかは予測不可能なのである。


Column No.8 

不確定性原理と生命進化

 私たちは、原因があるから結果があると考えています。一見常識のようなこの考え方は、実は間違っています。予測不可能な偶然が起りえるからです。

 あらゆる自然現象には、予測不可能な偶然性が関係していて、「Aが起きたらかならずBが起る」ということは実はありえない。

 これを明らかにしたのが、ウェルナー・ハイゼンベルグの「不確定性原理」であった。
 自然界で起きていることは、必ず多少の「ゆらぎ」があり、一つの原因から一つだけの結果は生まれない。この「ゆらぎ」は誤差と違って、人間がいくら工夫して、厳密な実験を行ってもなくすことはできないもので、自然界では必然的に伴うものである。
 この「ゆらぎ」とは一種の「あそび」と考えてよい。どんな精密な機械でも、みな少しだけ「あそび」がある。ビシッと決めるのではなく、少しだけ余裕を持たせ、使用する際に融通が効くようにしてある。私たちの体にも、関節などいたるところにある。
 このようなことを考えると、自然におけるいろんな多様性が存在すること、つまり「ゆらぎ」が付随していることは、自然にとって大切なことなのだと思わざるをえない。
 逆に言えば「ゆらぎ」を許容した世界こそが自然であり、それによって豊かなバライティが生じている。そして、もしかしたら生命進化も「ゆらぎ」が生み出したものかもしれないのである。

1/fゆらぎについて

1/fゆらぎ(エフぶんのいちゆらぎ) とは、パワーが周波数fに反比例するゆらぎのことで、ピンクノイズとも呼ばれ、あらゆる物理現象、生物現象、経済現象に現れます。しかし、その発生メカニズムは、はっきりしていません。
 具体的には人の心拍の間隔や、ろうそくの炎の揺れ方、電車の揺れ、小川のせせらぐ音、アルファ波、目の動き方、木漏れ日、物性的には金属の抵抗、ネットワーク情報流、蛍の光り方などです。
 ヒーリング・ミュージックの説明にも使われる言葉であり、規則正しい音とランダムで規則性がない音との中間の音で、人に快適感を与えるといわれています。
 小川のせせらぎを聴いていると心が落ち着くと思いますが、音楽と同じ音の構造をしているからです。
 他に木の年輪や木目の線の間隔も1/fゆらぎを持っています。そういうものを見ていると、1/fゆらぎの効果を得られます。

 街中に出てみますと、そこには直線や直角といった幾何学的なものがあふれています。ビル、道路、みんなそうであることに気付くと思います。ではなぜ幾何学的なものばかりなのでしょうか。生産性、効率性を考えると幾何学的なほうが都合が良いのです。今の社会システムも、効率ばかりを追いかけています。大量生産、大量消費、無味乾燥で冷たい社会になっていくのは当たり前なのです。

 手づくりのものには自然に1/fゆらぎが入っています。
 しかし、少しでも機械で削ったりして精密なものに加工してしまうと、1/fゆらぎは失われてしまいます。
 ですから機械的に大量生産された製品、近代的なビルなどには基本的に1/fゆらぎが存在しません。そういう意味で、人間が生活する場としては、自然の木肌や細かい凹凸を生かした、日本の伝統的な住宅はとてもよくできています。非常に理想的な1/fゆらぎを持っているといえます。

 なぜ1/fゆらぎが存在するのか、私達生命体や宇宙全体にとってどんな役割を持つのかなど、この1/fゆらぎは謎だらけですが、非常に大きな可能性を持っています。
 私は、物事にゆらぎの無いものは存在しないこと、しかしだからといって物事はまったくの混沌ではなく、ある種の秩序を保っていることを紹介したいのです。
 人間も自然の一部ですから、人の世の中のすべての現象も「ゆらぎ」があるというのが自然なのです。絶対的な価値観や不変の法則などは、人間が考え出した概念であり、自然ではありません。宇宙の真理ではありえないのです。

 文明の発達が、幸せを約束したものでないことに気づくべきです。
 人間の限りない欲望が自然を破壊し続けています。
 経済の発達が、逆に人類の生存を脅かしています。
 どこまで肥大化すれば、この流れは止まるのでしょうか。
 このような状況下で私たちは、どのような哲学をもって生きていったらよいのでしょう。

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