Short Column
   雑記帳

 書き溜めておいた記事の中から、残しておきたい文章を抽出、再編して紹介します。
 2008/08/06~

No.01 仕事を楽しいと思い込む  No.02 雑談のすすめ  No.03 これができるかどうか  No.04 これができるかどうか その二  No.05 これができるかどうか その三  No.06 苦しさを感じると微笑む  No.07 口先だけは立派  No.08 救いを求めない  No.09 自分を評価する勘違い  No.10 顧客に裏切られる  No.11 顧客に笑われている  No.12 チャンスはピンチ

Short Column No.01 


仕事を楽しいと思い込む

 前職、会社を創業する前の職場では、「楽しく仕事をする」ことを心がけていました。 これって、嫌な人もいるのですね。
 当時の社長がそうでした。明るくふるまうことが苦手の人でした。性格的に、人を信用するとか信頼することができず、必死に仕事をして今の地位を築いたので、それを失うことが怖くて、余裕がなかったのでしょう。
 人生の楽しい時間を過ごした経験が少ないのかもしれません。私に対してなにかしらの劣等感があり、関係が続きませんでした。

 

仕事とは楽しいもので、いろいろなことを学ぶことができるのだと思い込む?ことができれば、楽しくなる。

 仕事を賃金を得るための手段だと考えれば、そのために我慢しなければならないと考えがちで、仕事は苦しくなります。
 私は、そのことを知ってから「楽しくなければ仕事ではない」というようになりました。
 会社で無駄話をすることは大切なことなのです。それを許すことのできる雰囲気、つまり活気がある会社では、冗談が飛び交っています。業績も良いはずです。
 ピリピリした雰囲気の会社、皆仕事をしているふりをしているだけで、効率は良くないはずです。
 指示命令で動く組織は合理的ですが、楽しくはない。だって、人間は非合理的な存在ですから、無理があります。無理なことは続かない。
 それがストレスとなり心にたまり続けると、病気になってしまいます。
 思い込むとは強引ですが、自分の意志でできます。
 今の仕事ができることに感謝すれば、自然と楽しいと感じます。
「今日も残業か、いい勉強だ。」
「やり遂げた後のビール、おいしいぞ。」
「ガミガミ言う上司、言われるほうより辛くてきついはずだ。」
「無視されるよりましだから、期待されているということなんだ。」
 自分がそう思い込めば、それが正解です。
「あの人、きっと私を好きなんだ。」
 話す内容よりも、その人と話すという行為自体のほうが大切です。その人の人柄、雰囲気などを感じて、こちらも気持ちよくなる。
 有名人の講演会に行きますと、その内容は大したことではなくても、観客は深く感銘を受けて涙を流しているなんて場面、よく見ます。その人が言うから納得できるのであって、普通の人が言っても何も感じない。そんなものですね。


Short Column No.02 


雑談のすすめ


 社内で真剣な顔をして会議をしているとき、いいアイデアが生まれたためしがありません。 その後、ちょっと一杯とお酒でも飲みながら、愚痴をこぼしてスッキリする。すると、思い付くものなのです。
 どちらが大事?
 もちろん会議で退屈な時間を過ごしたからこそ、お酒が楽しくなりその結果、アイデアが生まれたのですから、退屈な時間も必要だった?
 非合理的、非効率的なことの中に真理が隠れていることもあります。それはわかりませんが、それなら真面目な会議より雑談会をするほうがいいかもしれません。
 会議を短くするために立って話すとか、早朝に会議するとか、そんな会社もありますが、私は否定的です。
 独断と偏見で突き進む個人を、そっと見守って認めてくれる会社、失敗も多いのですがその責任を問わない会社、これが理想ですね。
 そこには会議は必要ありません。
 コンセンサスを得るという日本の企業風土は、方向性が一定の単純な時代には有効でしたが、不確実性の多い現代では失敗を恐れ保守的になり、気がついたら取り残されてしまっていたということになってしまいます。

 私が雑談をすすめるのは、会議で方向性を打ち出すのではなく、場の雰囲気を創るということのほうが大切だと思うからです。一人一人のモチベーションを上げるような雰囲気を作り上げることができれば、勝手にそれぞれが動き出します。それが勢いとなって、いい結果を生むのです。

 アイデアは、一人の人間の頭の中から生み出されます。
 会議で生まれるのではありません。


≪余談≫
 あの当時、社長は自分を正当化するために会議を利用していただけでした。誰も本音は言いません。責任逃れのために会議を利用して、賛成多数と決定するようでは、社長の資格はないと思っています。全責任は社長が負うのですから、覚悟を決めて独断すべきというのが私の考え方です。


Short Column No.03 


これができるかどうか

 あの当時、日韓共催のワールドカップがありました。もう時効ですからいいでしょう。
 授業を中断して、教室にテレビを持ち込み、プロジェクターにつないでみんなで観戦しました。これ、実は大変なことなのです。
 公的職業訓練ですから、カリキュラムはきちっと決まっており、国の税金で訓練をしているのですから、これがバレたら処分ものです。嫌な性格の生徒さんが、タレこめば終わりです。
 私の教室だけで「公然の秘密」でしました。もちろん社長にはなんしょです。
私の言い分。
「仕事とワールドカップ、どちらが大切か、当然、一生に一度しかないワールドカップでしょう。これ常識です。この感動を見ることのほうが、人生にとっては大切なのだ。規則に縛られて常識を忘れるようでは、楽しく人生を送ることはできない。」

「皆さんは、仕事と人生どちらが大切ですか。そう考えれば、人生のほうが大切なことは常識としてわかると思います。まず、人生、いかに生きるかのほうが仕事よりも大切なのです。」
 これを勘違いすると「仕事だからしょうがない、上司の命令だから」と社会的に間違ったことをしてしまうのです。
 食品の産地偽装問題、公害、薬害などの社会的問題にかかわった会社に勤めていた社員、その経歴は一生の傷として残ります。原子力災害もそうです。
 会社が悪いことをすれば、あなたも同罪なのです。
 といって話をうまくすり替えて、私の行為を正当化?
 でも、それぐらいよいではないかというのが私の価値観ですから、そのほうが楽しいから、皆が楽しいから、それで良しとしよう・・・?

 仕事をサボることは悪いことですが、どうサボろうかと考えて効率よく仕事をする人は能力のある人です。

「サボるために仕事を合理化する」
これが、発明をうみ、文明を発展させてきました。
―――話がでかくなったぞ。

 無駄な会議をダラダラするよりも、無駄話をしていたほうが、アイデアがわくときもありますし、コミュニケーションもうまくいきます。日本人のような頭のいい民族は、そのほうが組織はうまく回るのです。
 一部のエリートが組織をリードして、指示命令で動かすという西洋式の経営理論は、日本ではうまく機能しません。


Short Column No.04 


これができるかどうか その二


 当時の話、実は一時行方不明になったことがありました。会社をサボって、自宅でワールドカップをテレビ観戦していました。
 現在は一応社長ですから、誰からも文句言われませんが、今もこの性格はなかなか治りません。時々仕事をサボって、平日に映画を見に行ったりしています。これが大切だと、言い聞かせています。
 そんな時に限って、携帯の電話が鳴ったりするのですから、K女史の勘の鋭いこと。「ドギマギ」するあの感覚、楽しいですね。子供が悪戯をする時のあの目の輝き。

 素晴らしいと思います。

“最近の若者は”まじめな子が多く、ヤンチャな子が少ないような気がします。悪ガキのほうが、将来的には大物になっていたりして・・・。

 私は小さいころから「おりこうさん」で、なかなか勇気がなくて悪いことといわれていることができませんでした。
「先生、○○君が、いたずらしています。いけないと思います。」
 だから、勇気を奮ってちょっと悪いことをしたことを今でもよく覚えています。
―――数少ないから覚えているのです。
 お金がなくて、電車に乗ったことがあります。時間がないからと、中で切符を買うといって改札を通り抜け、降りる駅では、ホームから飛び降りて、線路の上を走って踏切から外に出ていました。もちろん夜間です。良く捕まらなかったものです。
 みなさん、これは犯罪ですよ。畑からスイカや芋を盗んだこと、これは数には入りません。
 歩道に自転車が並べてありました。
 ふと、ドミノ倒しができるかなと・・・、足で蹴り倒して、走って逃げました。その程度で、かわいいものです。
 私の学生時代の後輩に、盗み癖のあるやつがいました。スナックなどから、灰皿を盗んでくるのです。部屋に山づみになっていました。その中に、JR構内のベンチの横にあった、重い灰皿がありました。自転車で持ってきたと自慢していました。そのほか、等身大の立て掛け式のポスターもありました。
 その彼が今では、地元ではちょっと知られた税理士の先生です。
「お前は昔からそうだった。税金をごまかすのが仕事になっている。」と嫌味を言っています。
 私は、自分の訓練のためにも(あくまでも常識を忘れないための訓練のため)、今でも信号無視をすることがあります。
 田舎の見通しのいい交差点、左右から車が来ていないのを確認して、突っ切ります。捕まったら自己責任です。
 だって、一台も車が通らないのに赤信号が変わるのをじっと待っているなんて、非常識でしょ。これ、世界の常識です。
 だから、時々ネズミ取りに捕まります。ゴールド免許になったことがありません。
ジャンジャン。


Short Column No.05 


これができるかどうか、その三

 信頼して任せることのできる人間には、管理監督は必要ありません。自分で勝手に時間を作り、自分で進んで勉強して、情報を仕入れています。そんな人間が何人社内にいるか、それがその会社の実力です。

 そういう自立している人材を育てることが経営者の仕事だと思います。

「うちの社長は忙しくて、なかなか相談する時間がない。」
 その社長、すべて自分が判断しないと社内の業務が先に進まないのです。イチイチ部下が相談しています。それでその社長は忙しいと嘆いています。仕事を信頼して任せることができない自分が悪いのに・・・。

 当時の社長の悪口というわけではありませんが。個人経営の会社の最大の欠点がこれです。 自分の会社ですから、従業員ではなく使用人という感覚から抜け出せません。
 すべてを自分が知っていないと不安なのです。自分が優秀であればあるほど、社員が馬鹿に見えてしまうようです。
 その経営者の能力が、その会社の業績と比例しますから、そういう人材がいない会社の業績は一定の水準に達すると止まってしまいます。会社の規模も拡大しません。そして、社長の年齢が上がり保守的になりだんだんと業績が低下していきます。

≪会社を創業するとき、まずそのことを意識しました。我が社、なかなか相談してくれません。事後承諾ばかりです。
 社外での仕事が多くなり、会社に出勤しないことが多くなって、一週間に二回も電話連絡があればよいほうです。それで会社を運営狩ることができているのですから、いい会社でしょう?
 業績や規模の拡大、私はこれを会社の目標にしていません。自分にとって、居心地のいい場所がほしいだけです。≫

「業績が悪いのは経営が悪いのであって、業績不振の原因を不景気のせいにしたりすることは間違いです。その環境の変化を予測し、常にそれに備えることが社長の仕事ですし、高い給料をもらっています。
 リストラをすべきなのは社員ではなく、その見通しを誤った社長が責任を取るべきです。 社員の雇用を守ることが、社長の責任であり義務ですから、会社(自分)を守るために社員をリストラする会社なんで、ダメな会社なのです。どんな大手の会社であっても、それを繰り返していては会社の継続は難しいです。」

 あるテレビの番組の中で、社長さんが言われてました。この人はすごいと思いました。
「社員が楽しく仕事ができる会社が良い会社です。まず社員を大切にする会社にしたい。」
「グローパル企業を目指して、外国人を採用する。社内の公用語は英語にする」と言っている、所得番付が日本一の社長さん。かわいそうになあと思います。その先に何があるのか。
 お金という麻薬にマインドコントロールされ、駆り立てられていてそれが幸せと勘違いしている人です。目つきが鋭く、怪しげでピリピリしていて好きになれませんが、こういう人は確かに仕事ができます。 社員は、使い捨てにします。つまり後継者問題がどうなるか。
 軒並み赤字に陥っている電機業界、社長がサラリーマン化していては難しいでしょうね。 ヤンチャで怪しげな人のほうが業績は上がる。しかし続かない。そのバランス感覚が難しいです。


Short Column No.06 


苦しさを感じると微笑む

 これも経験のたまものなのでしょう。ちょっと問題などが発生すると、テンションが上がるといいましょうか、集中力が高まり緊張するからでしょうか、久しぶりのストレスだとうれしくなる自分がいます。
「困りました、どうしたらいいでしょうか」なんて言われると、自然と微笑んでしまう自分がいます。
 すると即座に解決策が思い浮かぶのです。
「もうちょっと苦しんで悩んだほうが本人のためだ」なんて思って、考えるふりをしている意地悪な自分がいます。
 「これがまた楽しい?!」

 解決できない問題ならば、諦めるしかない。そう考えれば、悩んでも仕方ありません。

「なるようにしかならない」

 私のように、こんな風に考えてしまう人間は始末に負えません。
 いつも明るくニコニコしています。
 それを見ると、「自分はこんなに悩んでいるのに、この人はまじめに考えていない」と腹を立てているのを感じます。
 顔では笑っているのですが・・・。
 そうではないのです。考えても結果が変わらないのであれば、切り替えるしかないのです。 気分が悪い状態を続けていると、ほんとに気分が悪くなります。
 体と心のために切り替えないと本当に病気になってしまうとわかっているから、そうするのです。

「楽しいから微笑むのではなくて、微笑むと楽しくなります。」

 どんな状況に置かれても、まず微笑むことで心と体の健康が保たれ、そのおかげで正しい考え方ができます。
 正しい考え方ができないと、その状況を乗り越えることができませんから、その状況を乗り越えたいと思うのならば、まず微笑んで、その状況を受け入れるのです。

 受け入れることができないと、状況は変化しません。

 受け入れないということは、まだ認めていない、認めたくないということですから、認めていないことに対して対応すれば、つまり認めることになってしまいます。

 それが嫌だから、つまりそのままで立ち止まって動けなくなってしまいます。


Short Column No.07 


口先だけは立派

 評論家といわれる方々や、政治家の皆さんの討論などを聞いていますと、口先だけは立派なことを言っていますが、現実感が欠けていると感じることが多いです。

「実際にあなたがしていることはどうなんだ。」
 自己保身と言い訳だけはうまい。

 またまた、あの当時の思い出話になりますが、社長が惚れ込んで採用した社員がいました。 志を熱く語り弁も立ち、今どきの若者とは違う熱い心を持った青年ということでした。
 私は、最初一目見ただけで、偽物だと感じました。
 なかなか営業としての業績を上げることができず悩んでいましたが、会議ではその現状分析や問題点をうまく説明することができました。
とどのつまり、景気や商品力や会社の体制のせいにしていました。

 社長に対して、私は当初から疑問を投げかけていたのですが、社長が見込んだ社員でしたから、社長もバツが悪かったのでしょう。
 ずるずると、簡単にできそうな社内のいろいろな仕事を任せて「優秀な人材だから、時間をかけて育てるのだ」と言っていました。
 仕事を与えてもらって成績を上げることができたときは、自分の実力だと得意満面の顔。
 しかも陰で社長の悪口を言っていました。
「自分はこれだけ努力しているのに、評価してくれない」というのです。
 他の社員との人間関係もうまくいっていませんでした。
 こいつの性根は腐っていると、私は突き放した態度で、かかわらないようにしていました。
 結局彼は長くはもたず、「いい条件で私を誘ってくれる会社がある」と、逃げ出すように会社を辞めてしまいました。誰も彼を引き留める者はいません。
 転職してもうまくはいかないはずです。
 実力はないのに、プライドだけは高い。若いころの生意気な自分を見るようでした。


Short Column No.08 


救いを求めない

 私は、ふつうの日本人ですので、神社にもお参りしますし、仏壇で般若心経も唱えます。
 しかし、宗教法人というのが嫌いです。
 宗教を信じることは自由ですが宗教に依存することは悪いと思っています。
「救われるために宗教を信じる」のは間違いだと思っています。
 つまり「救いを求める」という行為が間違っていると私は言いたいのです。

 現実やの厳しさに対する不満や将来に対する不安から、逃れたい。
「今が苦しい、誰か助けて」
 自分で考えて自分で行動する自信がない。
「自分を信用していない」
 つまり、現在の自分が救われていないと感じているから宗教を頼り、今の自分という存在を否定しているから、不安なのです。

 いま自分が生きているという奇跡に対して感謝してください。
 生かされているという感覚を感じてください。
 神という存在は、自分の心の中にしか存在しません。
 この考え方、『思い込み』がすべての基本です。
 他人の心の中に、自分の神が存在しているはずはありません。新興宗教の教祖を信じるということは、つまりそういうことなのです。

 ありえません。まして、その会員になるためにお金が必要なんて、ありえません。
「神はお金を必要としません」

 ここで話ががらりと変わります。
 実は、お金を必要とする神がいます。
 欲求に対価を要求する神様、いけにえを要求する神様がいます。
 例えば「お稲荷さん」などはきちんと祀らないと障りがあるといわれますし、お札も毎年替えないといけません。お礼参りをしなければならない神様のひとりです。
 古代宗教では、「いけにえ」を神に与えることで自分の欲求をかなえるという考え方もありました。
 これらの「神」さま、実は西洋では「悪魔」といわれている神様たちです。眷属紳といわれる龍神や動物神などは、対価を要求する場合があります。
 それを望む「人間の欲」がエネルギーの元となります。そして、そのエネルギーは、即効性がありますし強力なのですが、副作用もあります。
 私の考え方は、逆です。
 まず、感謝すること。
 すると、今の苦痛には何らかの意味があり必然であると思うことができますし、そこからいろいろなことを学ぶことができます。そして、「あの苦労のおかげで」とさらに感謝することができるようになります。
 いままでのすべての苦痛の原因は我欲であったと気づきました。


Short Column No.09 


自分を評価する勘違い

『一生懸命に働いているつもりなのに、なかなか成果が出ない。そして、その自分のガンバリを会社の上司は評価してくれない。』
 そして、その原因を他人のせいにして、文句ばかりを言っています。
 これってとんでもない勘違いです。
 まず、自分が自分を評価しています。つまり、自分はこれだけ頑張っていると。

 評価は他人がするもので、自分が自分を評価すると間違ってしまいます。

 他人が見て『よく頑張っている』と評価していても、『まだまだ自分はダメだ』と自信を無くしている人がいます。
 また、他人から見ると『まだまだダメだ』と思っているのに、自分は『成果は出なくても頑張っているから・・・』と変に自信を持っている人がいます。
 どちらも他人の評価を気にしているということに気づいてください。
 営業の場合は、結果が全てですからその数字によって評価されます。これが一番公平で正しいです。しかし、その人の価値観とか人生とかは、評価できるものでもないし評価されることでもありません。

『これでよい』

 結局このようにしか考えることができないのですから、自分の心の声に従って生きていくこと。
 今の自分に感謝するだけでよいのです。

 この世の中には、あと何十年かしか居ることはできません。必ずこの世の中とお別れするときが来ます。そして、その時を自分で選ぶことはできません。
 生と死は、自分の意志で決めることはできません。
 限られた時間の中で、どう生きるのかは自分の意志で方向を決めることができます。
 それならば、ただ自分の思った通りに生きていこうと思うことが大切なのではないでしょうか。
 人の評価とか気にせず、他人と比べずこの世に自分という存在は一人とかいないのですから、そのかけがえのない自分を大切にしましょう。


TShort Column No.10 


営業の仕事をしている皆様へ

顧客に裏切られる

 長年、営業という世界にいて数多くの失敗をしてきました。その中で、一番多かったのが『顧客に裏切られる』ということです。
 特に不動産という高額の商品を売る仕事では、30件の見込み客がいても1件決まればいいほうでした。つまり、30件以上の顧客に「裏切られて」、やっと1件の成果が得られるという世界でした。
 不動産業界は「千三ツ屋」と言われていました。1000の話のうちに三つも決まればよいという、博打みたいな業界だったのです。利を求めて蠢いている人たちが多くいました。
あてにしていた仕事が受注できなかったということなのですが、自分は「顧客に裏切られた」と言って、その原因を顧客にあると決めつけていました。毎回、上司に言い訳をしていました。

とんでもない間違いでした。

 見込み客リストに自分の判断が勝手に登録し、それをあてにしてしまう。顧客にとってはいい迷惑なだけです。
 まずその気がない場合。
 そして、その気があっても、会社や私という営業マンを選んでくれない場合があります。私の手帳に書いていた顧客リストのうち、前者が80% 以上ではなかったでしょうか。
 つまりすべて私の思い違いでした。希望的な我欲のために客観的な見方ができなかったのです。
 一定の成績を上げるためには、それ以上も見込み客を常に開拓していく必要があります。 その努力もせず数少ない見込み客の中から成果を上げようとしていたことがそもそも間違いだったのです。
 当時は気づきませんでした。
 たまに努力をせずに宝くじのように成果を上げたこともありました。
 ついつい自分の実力と勘違いをしていたのです。

 営業マンは顧客と対等な関係であり、メリットデメリットを判断するのも決定するもの顧客の権利です。それをどうしようと営業マンに文句を言われる理由はありません。いかに顧客の視点で物事を考えることができるかが大切なのです。

 確かに顧客の人間性もあります。いろんな人がいます。
 いい人だけではなくずるい人や利用しようとする人もいます。それを見抜くことも営業マンの実力です。
 最近も、ある部下がこのような事例に合い、自分を正当化するような言い訳を聞いていて、ほほえましく感じ、話を聞いていて若いころの自分を思い出しました。

≪余談≫
 当初からこの話はうまくいかないとわかっていたのですが、本人がそれなりに頑張っていたものですから、これも良い経験になるだろうと黙って見守っていました。その落ち込みような大変なものでした。経験して覚えるしかないのです。
これは『我欲で利を求めているうちは、利を得ることができない』という体験を嫌というほど経験してきたからわかる真理です。
 我欲のない人間なんていませんし、この難しさはよくわかります。しかし成功されている人のすべてが、「感謝」という言葉を言っているという事実があります。
 いかに顧客に満足や感動を与えることができるか、それによって自分がいかに満足や感動を得ることができたか。


Short Column No.11 


顧客に笑われている

 仕事に取り組む前にきちんと契約を取り交わさず、まして金額も提示せずに『成果品を見て評価してください』などと都合のいい言葉で顧客の歓心を買い、断られるというプレッシャーから逃げて仕事に取り組んで一生懸命に事業計画などの提案書を作成し、提示したらあっさりと断られる。
 何度このような過ちを繰り返していたか。
 営業マンは、「モノを売るのではなく信用を売れ」といわれますが、顧客にとって安心できるか、顧客の利益や喜びを自分のこととして共感することができるかが、その目安です。
 信用してまかされていれば、その自信があれば最初に報酬を請求することができます。 そうすべきなのです。いや、顧客から先にその金額を提示してくれます。
 それがビジネスです。それがないのはビジネスとは言いません。そして感謝を伝え、その期待以上のものを提示するのです。
 儲けとかよりも顧客満足、それ以上の顧客感動を与えるようなものを提示できるように誠心誠意努力します。すると、初めて信用され信頼されます。そして、その関係が継続しその輪が広がっていくのです。これが、「営業の成功法則」です。

そこに我欲があってはいけない。

 私は社員に「儲けを考えるな」とよく言っています。まず「損して得とれ」ともよく言います。
「この仕事によってこれだけの収入を得て、その利益でどうこうしよう」なんてことを考えながら仕事をしてもうまくいくはずがありません。だって、それすべて自分の都合でしょう?

 自分の都合で動く人間を、顧客が信用するわけないではないですか。

 言葉ではどんなことを言っていても、顧客にはすぐわかります。気づいていないのは自分だけなのです。
 一生懸命顧客に説明している自分を、顧客は内心笑って見ています。
気づいていないのは自分だけ。

≪余談≫
 上司に対して、どんな言い訳をしようかなんて考えているようでは、ダメですよね。 見透かされています。ただ、自分を守りたいがための言い訳。これも我欲です。
気づかないと先に進めません。

営業マンのための講座より、ちょっといい言葉

仕事は、やりたいと感じるからやる。
面白そうだからやる。やり遂げたい。それだけでいいのです。

やりたいと感じるからやる
 いくら儲かるからとか、評判をとりたいとか、変なよこしまな考え方で取り組むとうまくいきません。
 顧客に喜んでもらうという「我欲」のためだけにするとうまくいきます。単純なビジネスの原理です。

 これ以上の「我欲」があるでしょうか。
 満足と心からの喜びを仕事を通して得ることができるのです。ありがたいことです。
 そして気が付けば、それなりの利益も与えてもらっている。さらに感謝が増します。
 その繰り返しが、成功と言われるものに導いてくれます。仕事そのものが喜びとなりますから、ますます仕事することが楽しくなっていきます。
「人の喜びを自分の喜びにすることができるか」が、そのキーワードです。

 その考え方と違う考え方をする人もいます。動物的な原始的な喜びを求める人です。争うことこそが喜びです。
 人と争い勝利することは確かに喜びです。しかし、敗者とともに喜ぶことはできません。
 その興奮とは麻薬みたいなもので、より強い刺激を求めてその世界にのめりこむようなってしまいます。 必ず挫折が待っています。
 博打の世界です。株やデリバティブ、商品先物取引などの仕事をしている人たち。勝者がいれば必ず敗者が存在します。

 ただひたすらに勝負にこだわり勝利することを目指す。負けを乗り越えることもさらに強い刺激になります。その繰り返しの人生、それもありかもしれません。最後は、死という負けが待っているということは考えない。
 一日でも長生きするぞ、若返りのためにあらゆる努力をする。負けたくないから・・・。
 不老不死を目指すか?
 自分の衰えに対する恐怖、負けることに対する不安。自分以外はすべて敵ですから、信用できないという疑心暗鬼。

≪暗闇の中に鬼を見るという仏教用語から来ています。心を鬼に支配されていると、勝ち負けにとらわれるようになります。純粋な向上心という想いが変質してしまいます。≫
心の中には「我欲」という鬼もいるということを知っていると、正しい考え方ができるようになります。


Short Column No.12


チャンスはピンチ

 人生、何事もタイミングが大切です。あの時に動いておればチャンスだったのに、その機会を逃してしまうと二度とチャンスは訪れません。
 今更動いてもうまくいきませんし、チャンスのはずがピンチになってしまうものです。 運が悪いと申しますが、マイナス思考が影響し、すべて裏目に行動してしまう人がいます。
 後でどんなに悔やんでも、その時は二度と訪れない。これがビジネスの厳しさですね。
 しかも無意識のうちに、そうなるように行動しています。見ていて歯がゆくなるのですが、何度アドバイスしても、同じことを繰り返してしまいます。その人にとって「チャンスはピンチ」です。
 チャンスだと思うと、余計力が入り、しすぎたり調子に乗って失敗したり。何事もなく、考えることもせず現状維持でなんとか生きて行ければなんて思っていて、とかく変化に対して臆病です。
 結果、タイミングを逃してしまうのですが、半年ほどして今頃動き出します。
『半年前に、その提案をしていたら、二つ返事でOKしていたと思うけど、今は無理です。』
 こう言うしかありませんでした。半年前に言っていたことを、今頃実行に移したいと相談されても、この半年間いったい何をしていたのかということになり、結局やる気はなかったとしか思われないのです。
「人をどう生かすか」というのが経営の最大のテーマですが、どう考えても、指示されたことしかできない人材というのは、期待できません。

 自分で考えて行動できる人間でないと、安心して仕事を任せることはできないのです。

 残念ながら、「それなりの使い方」しかできない人間というレッテルを張られてしまいます。せっかくのチャンスがピンチになってしまいました。
 どうすれば挽回できるのでしょう。下手すると、ダウンしてしまうかもしれません。
 なぜか、本人に代わって心配している自分がいます。手を貸してやるのは簡単なのですが・・・。
 我慢することは、本当に難しいものです。 自分で動いていれば、その責任は自分にありますから逆に気楽なのですが、人を育てるためにはじっと我慢して、本人が気づくことを待つ時間が必要だと思います。
 歯を食いしばってじっとしていることもあります。さてどこまでできるのか?

歯を食いしばって

 なぜ、歯を食いしばる必要があるのか。それは自分の内面から湧き出してくる怒りの感情を抑えるためです。原因は、他人にあるのではなくて、自分の中に在ります。他人は全く気付いていません。
 自分の心をコントロールすることほど、疲れることはありません。言いたいことを言わない。自分の表情を悟られないようにする。
 自分の意志と違うことをしなければならないと思っていると、ついつい歯を食いしばってしまいます。あとで、ふと我に返り、はずかしくなって自己嫌悪。
 つまり「人を育てるため」などと身の程知らずの上から目線で他人を評価しているということに気づかされます。そんなおこがましいことをできるような人間ではないのに、ついつい「あなたのため」という自分の内部の言葉にまどわされて、そう考えてしまうからなのです。
 自分のためという我欲が裏に隠れている場合に、このような症状?がおこります。
 心からその人のことを思い、その成長を願う。
 親が自分の子供の成長を願うような気持ちで、支えるという感覚で他人を見る。
 目をかけることができれば、我慢して歯を食いしばるということはなくなります。
 じっと見守ることしかできないのですが、助けを求められれば助けるという考え方で、接する。
 これでよいのではないでしょうか。自分と向き合いこの記事を書く中で、いろいろと思いがあふれてきて、このような考えに至りました。

 心から成長を願う。それだけです。

Copyright© 2021/12 - By Yochi All rights reserved.