Note02

Career consultant notes 孫子に学ぶ 「人生の分岐点」

 40代の頃、興味を持ちメモしていた「孫子」を読み直してみました。(この原稿を書いたのは2009年で57才の時です。それまで何度か再編し、読み返しながらいろいろと感想を書き加えていました。)
 インナーマネジメントの考え方をするようになって、より深く考察できるのではないかと思ったからです。心理学やインナーマネジメントに出会う前に、この「兵法」の考え方を知り、当時、住宅の営業マンとして業績の停滞に悩んでいた自分にとって、感動でした。
 なお、当時の思い出話については、My episode (自分の話)【人生の分岐点 41歳のころから10年間の物語】に詳しく書いています。
【参考資料】Novels(孫氏の兵法) Sonsi(経営孫子) Sonsi(孫子現代語訳)

2009/07/14



はじめに 

インナーマネジメントの実践論としての兵法

 私が提唱するインナーマネジメントの考え方には、この「孫子」で勉強したノウハウも含まれています。
 たとえば、目先の目標を与えることで、仕事上の飽きの克服が可能になりますし、時間を区切ることで、効率が上がります。→インナーワークのテクニック
 これは、心理学的に当然の理論なのですが、これとは逆に、孫子にも、集中力を高めるための兵法論が数多くあります。
 有名な「背水の陣」もそうです。
 必死の人間を責めるのは、愚の戦法です。
 城攻めの場合は、三方から攻め、一つの方向は、わざと空けておきます。
 まず逃げ道を与えておき、一度逃げ出した人間を後方から襲い、せん滅します。この方法はとても有効で、味方の被害が少なくなる非情な戦法の一つです。
【兵法の活用】
 仕事ができなくて、言い訳をする部下をガミガミと責めたてるのは、何の効果もありませんが、「しょうがないね、次は頑張ってね。」と許すそぶりを見せて、ほっとした相手に、「あっ、そうそう、次は、言い訳は聞かないからね」と、ニコッと笑ってみるのです。
これは、怖い上司ですね。
 会社の業績が悪く、リストラをする場合、期限を設けて退職金の割り増しを提示すれば効果的です。これも心理学を応用した非情な戦略です。
 「孫子」には徹底した合理性と非情なノウハウがたくさんあります。これを逆にうまく活用すれば、インナマネジメントの方法論として有効なのではないかと考えました。


孫子語録より 

次のような言葉があります。読者はどう感じるか、それとも、なにも感じないか?

 災難にあわないのが最上の幸運なのに、人はこれを普通の事とし、災難にあって奇跡的に助かると非常な幸運とする。
・・・今在る自分に感謝するという、私の考え方と同じです。もし、助かっても再名に会うこと自体が不幸なのですから、幸運ではないのです。日々の感謝が、この不幸から逃れるもっとも簡単な方法です

 戦いは人間同士の争いである。単に物理的な力の格闘ではない。
・・・仕事や商売は、機械がするのではなく人間がします。人間の情を加えることで、人を感動させる仕事、もうかる商売ができます。機械化することで、合理性を追求すると、情が失われてしまいます。

 戦いは心理の占める割合がおおきい。
 相手の兵が精鋭であり、將がまた有能である事がわかると相手は、戦わずして心がおびえ、十の内四五分の力しか出せなくなる。あるいは戦わずして屈する。

・・・これが「戦わずして勝つ」という孫子の兵法の極意です。
 
 戦いは、相手から仕掛けさせ、退路をふさがず、逃げ道を与えて、追撃を加えて完全にとどめを刺す。
 ・・・この「退路をふさがず、逃げ道を与えて」の部分が、絶妙の戦略になります。

 兵法とは人間を対象とした術である。知・情・意をそなえた人間を相手にしたものだ。 人間というものをよく知らない以上できる事ではないのである。
・・・この簡単な理屈が、ビジネスでマーケティングを勉強している人には、わかっていない場合があります。数字ばかりを追いかけ、結果、役に立たない理論が多すぎます。インナーマネジメントは、この人間学的な部分を重要視しています。

 生まれながらの王侯というものは、賢明であればあるほど、だまされまいとの意識が強く、猜疑心が強い。
・・・お金持ちのことです。守ることに集中していて、冒険ができません。孫子の「人間学」としての面白さを感じます。

 婉曲な言い回しでいってもわからないような者は、正面きっていっても決して聞き入れてくれない。黙っているに限る。
・・・無駄な説得はするな。

 逆境に沈んだ事のない人間には良いところもあるが、弱点がある。他人の心理を読むに暗いことである。
 人に対する同情心が乏しく他人の信頼を失い、相手の出方に対する考慮不足の戦術を立てる事が多い。

・・・これがエリートの弱さの本質です。ズバリ、言い当てています。

 敵、身方の心理をたなごころの上にのせているがごとくよく知り、その変化を察し、その機変を利用して欲するところに引きずり込んで勝ちを制するのが兵法である。

 戦争は、常に戦う体制を整えた上で、相手にすきを見せず、「戦わずに勝つか」であるが、常にその覚悟があれば、安易に譲ることはしない。

 一歩を譲る事は百歩を譲る事になる。

・・・このことは、社会心理学でも述べました。小さな同意を求めて、次に大きな決断をうながすと、効果的です。

 「廉潔は、はづかしめられる」という言葉があるが、変な、見栄や、自尊心があるばかりに、「負ける」決心ができにくいものである。負けは負けと自分に認めて、次の手を考えることが大切である。
・・・これは有名な言葉ですが、実践は難しいですね。プライドはなかなか厄介です。

 これしかないと、覚悟を決めてはじめて、道は開ける。

 人間は、調子に乗って意気が高揚すると、不思議なくらい冴えてくる。この冴えが肝心なときに長く続く人が、英雄・豪傑・天才などといわれる。
 厳格な意味においては、生涯、天才であり、生涯英雄であり、生涯豪傑である人はいない。
 冴えている期間が長く、かんじんな時と一致している人がそう呼ばれるようになるのである。つまり、冴えと運がそなわなければならない。

・・・どのような天才も、10年が限度だそうです。

 部下の手柄は、その仕事の前では、頼りにしているが、うまく行くと、そのものの手柄となる事にたいしておもしろくない感情が起こる。
 功は人に与えるに限る。

・・・この境地になることができれば、その人は間違いなく出世します。

 人と世の中との関わりに付いては微妙なものがある。ある時期には大いに有用であり、役に立った人物でも、その時期がすぎて、次の時期に移れば、もう用をなさない。
・・・非常な現実、人間にも賞味期限がある?

 人は「論」で説得するものでなく、「情」で説得するものである。
・・・論でもなく、利でもなく、涙で説得します。

 そのものがいいから買うのではなく、そのものが自分にとって「利」があると考えるから買うのである。
・・・その人にとって「利」があっても、別の人は興味を示さないこともあります。

 以上は、孫子に関連した書物からの抜粋ですが、興味のある人には、深く感じるし、感じない人には、つまらなく感じる言葉ではないだろうかと思います。


「孫子」との出会い 

 私が38才の頃、住宅販売の営業という仕事に限界を感じていたときに、「男子戦わずして勝つべし(孫子)」という本に出会い、何気なく買い求め読みました。その時にはそれほど引き込まれる事はありませんでした。
 何事も、出会いとか、チャンスとかは、本人の意識の問題が重要ですが、40才になり、何気なく本棚の奥から取り出して読み返したときに、「これは!!」ピンとくるがあり、興味を持ちました。
 出会った2年前には感じなかったのに、不思議なものです。 これが「天の時」というのでしょうか。
 今から2500年以上も昔の書物に、自分が悩み苦しんできた「営業」という仕事に対する解決策がズバリと書いてある。
 「これはすごい!!」と、おもわず引き込まれてしまったのです。そして、「孫子」と書いてある書籍をさがして買いあさり、何度も読みふけってしまった次第です。
 企業の冷たさ、きびしさは、実感してきたものであり、その立場で「孫子」を読むと、一流の「営業論」「経営論」「組織論」になるような気がしました。これは研究する価値があるのでないかと考えたのです。
≪当時書いていたこの文章から、既に十五年以上が経過しました。この五年後、45才の時に人生をリセットするような節目が訪れましたが、すっかりこの文章については忘れていました。  理論は分かっていても実践は難しいものです。まだ本物ではありませんでした。「今度こそは」との思いで、再度チャレンジします。
 今思えば、変な人間です。何の役にも立たないのに、このような文章を書いていたのですから、・・・。そして、十年以上経って、その原稿がネタになるのですから不思議なものです。何事も無駄はないのですね。≫

【当時、主に参照にした文献】 
 男子戦わずして勝つべし 会田雄次/岡本隆三/他  プレジデント社
 兵法孫子        大橋武夫         マネジメント社
 孫子          金子治 訳注       岩波書店
 孫子          天野鎮雄 訳・注     講談社
 孫子          海音字潮五郎       講談社

第一章 

 企業の原則について(計篇)

 この記事の資料は、40才のころ、「孫子の兵法」をもとに企業論、経営者論、営業論などについてまとめていたものの一部です。 私自身の考え方の基本であり、「経営方針、経営戦略についての講義ノート」でした。せっかく書き留めていたものであるし、参考になることもあるのではと考えます。
 今から2500年前の兵法書「孫子」については、前から興味を持ち、自分なりに研究していたもので、文献で調べたものを日記のようにファイルしていました。
 不必要と思われる部分を削除したりしたため、文章的に前後したり、重複する箇所もあるとは思いますが、ご容赦ください。


 計篇(第一)は、戦争に対する安易な考え方を戒め、まず五つの事項に当てはめて比較し、敵・味方の優劣を計算して、実情を判断しなさいと述べています。 それを現代の企業活動に当てはめて、翻訳しますと次のような内容になります。

「兵とは国の大事なり」

 営業活動は、企業にとって一番大切なものである。営業活動なくして、企業は成り立たない。従業員全員の生活がかかり、企業の存亡に関わるものである。経営者はどれだけこの事を意識しているであろうか。
 命がけの仕事なのである。

 何のために企業活動をするのか、その企業の営業方針(企業の存在意義)を考える場合は、 次の5原則に照らし合わして考えるべきである。

<基本方針の5原則>
1.企業の存在意義
2.発展性
3.必要性
4.創造性
5.永続性

 一つ一つの具体的な事業を考える場合も、この原則を認識しているかどうかが成功の決め手になる。
以下の文は孫子の言葉をそのまま現代語訳しました。彼の自信の言葉です。

 現実は、理論通りにいくものではないという人がいるが、私の理論は、現実を離れたものではない。現実の中に理論を見つけだして整理したものであるから、理論は現実であり、現実は理論である。
 よく人は、「理論と実戦は違うよ」とか、「そう思いどおりにいくものか」とかいうが、それはその理論の勉強が足りないのである。
 真実は必ずある。
 そして、「理」にかなった提案が採用されれば、それによって、各人のやる気と、会社内の雰囲気と、「勢い」を作り出すことになる。
「勢い」とは、もっとも大切なものであり、合理的な判断による成功の予感・有利な状況を認識できたとき、その状況にあった対応をしたときにはじめて生まれるものである。

 この基本方針の五原則は、原文では、道、天、地、将、法と述べています。
原文のほうがイメージが膨らみます。
「道」とは、社長と社員が同じ志を持ち、信頼しあって生死を共にする覚悟で仕事に取り組むことです。
「天」とは、「天の時」というあの「天」の意味で、時節、タイミングの大切さを言います。
「地」とは、地の利ですから、場所の有利不利の問題です。
「将」とは、リーダーの能力、勇気・威厳などを表します。
そして、「法」とは、決まり事、業務遂行のシステムのことです。

この五原則に基づいて、孫子は次のように言っています。
「将たる者は、この原則を一通りは知っているが、これを本当に理解している者は勝ち、そうでない者は負ける。」
 そこで、以下の七項目について、ライバルの会社と比較検討して、優劣の数を計算すれば、実情が理解できます。

① 社長は、どちらが「道」を行っているか。良い経営をしているか
② 幹部はどちらが優秀か
③ 「天」「地」はどちらが有利か
④ 会社のシステムはどちらが徹底しているか。合理的か
⑤ 会社組織は、どちらが強いか
⑥ 社員は、どちらが優秀か
⑦ 賞罰、給与はどちらが良いか
 このように具体的に比較することで、優劣を判断することができます。

 まず最初に、孫子は、社長(リーダー)の資質を上げています。
 現代の企業経営でも立派に通用する真理です。


兵とは危道なり 

兵とは危道なり

戦争は、相手を欺く行為である。
そこで、能力がありながら無い様に見せ、
(ある事を)用いながら用いないように見せ、
近づいていながら遠くにいるように見せ、
遠くにいながら近づいているように見せ、
利を与えて誘い出し、
混乱させて奪い取り、
充実しているのにことさら敵に備え、
強いのに敵を避け、
ことさらに怒らせて敵をかき乱し、
へりくだって見せて敵を傲慢にし、
安楽にしている敵を疲れさせ、
敵と手を結んでいる一部の他国と親しくして敵を離間させ、
敵の無備を攻め、その不意を突く。
 このように、(戦いは千変万化するから)戦勝の方法を前もって伝えることはできない。

≪これが奇道の説明です。ウーーンと唸ってしまいます。戦争をビジネスに置き換えてみるとよくわかります。≫

「事業の本質について」

 事業とは、「社会貢献という利益」を与えることにより、その「対価としての正当な利益」を得ることが目的(大義名分)です。
 しかし、その本音は、「いかにして儲けるか」ということであり、「儲ける」ためには、当たり前のことをしてもだめで、”いかがわしさ(おもしろさ、意外性)”が必要です。
☆ダ○エーの経営理念に中○オーナーの次のような言葉があります。
「新規事業進出に関して、新しい仕事が成功するには、”いかがわしさ”が伴うことが必要である。いかがわしさとは、おもしろさと意外性である。当たり前のことをしても、ビジネスにはならない。常識にそぐわないことをなすべきである。」

≪余談≫
 このいかがわしさ(おもしろさ、意外性)という言葉は、非常に面白く、真理だと思います。このことばを知った当時は、興奮しました。新鮮な驚きでした。
 いかがわしさの演出というのが、私の営業のコンセプトになってしまいました。そして、多少のあやしさはあってもいいのだと理解し、裏道ばかりを探し始めました。もちろん、建前はともかく、ひたすら利潤の追求です。
 しかし、バランス感覚が必要だったのです。正道を忘れ、奇道に走ったダ○エーがどうなったかは、みなさんよくご存じだと思います。
 M&Aで会社を大きくし、土地を購入して、その評価がバブルによって拡大することを利用して借り入れを拡大し、事業の拡大化を計っていく。これがダ○エーの戦略でした。この当時のビジネスモデルはとても素晴らしく感じたのですが、必然的にいつかは破たんするビジネスモデルでした。

 42歳頃、このやり方を真似しようとしました。
 マンションの建築費の確保もできていないのに、マンション販売を企画し、先行販売によって契約金を取ってから、このお金を建築代金の支払いに充てようとしました。運転資金も足りませんでした。
 資金が足らないことは当初から分かっていたのですが、仕事がほしかった建築会社も先行投資の形で協力してもらいました。マンションが完売さえできれば、うまくいくはずでした。
 結果、思うように販売ができず、建築代金の支払いができなくなり、倒産です。

 兵法にもありますが、勝ちすぎてはいけません。自我の肥大が起こり、破滅まで一気に暴走してしまいます。正道があって初めて、奇道が生きます。


経営戦略について 

算多きは勝ち、算少なきは勝たず

 孫子は、計画とは、数量(数字)で計るべきだと次のように述べています。

 事業の計画について、「計画が成り立つ」と言うのは、基本計画の5原則と、状況判断の7つの条件について、具体的な項目毎に検討して、成り立つと考えるからである。
 具体的な、項目を列記して、○×を記入し、○が多ければ、成り立つし、○が少なければ、成り立ちにくい。
 ×ばかりでは成り立たないのが当たり前である。
 このように、具体的な根拠を持って、事業というものを判断すれば、成功するかしないか、はっきりと断言することができる。
 そして、企業にとって「新規事業への投資」は、大変な負担を強いるものであるから、事業のめどがたてば時期を逸せず迅速に行動することが大切である。

≪余談≫ 以下、マンション販売をしていた頃の私の事例です。
 ビジネスは戦いなのだから、事前によく計画を吟味すべきです。勝つ見込みがないのに事業を行ってはいけないということは、当然の理屈なのですが、マンション分譲をしていた当時、別の考え方をしていました。
「苦しい時は攻めよ」と思っていました。 動くことによってのみ、事態を変化させることができます。これも兵法です。
 自己資金も少なく、実力不足であったという事実は認識していたはずなのですが、勢いや時代の流れ(天の時→チャンス)が大切であると思っていました。
 多くの人間が、利によって集まってきていました。
 この計画に、小さな建築設計会社が飛びつき、工務店を紹介しました。銀行も、融資先を探していました。担保を水増しし、運転資金を融資してくれました。マンション販売会社の決算書も、暗黙の了解のうえ、多少粉飾しました。
 結果、プロジェクトが始まったのです。
≪内心はびくびく、朝四時ごろに目が覚め、パソコンの前に座っていました。≫

 周りはみな、ほとんどシロートで、実務をこなせるのは私だけ。事業計画書や各種の販売ツール、広告宣伝のパンフなどすべて、私が作成しました。私自身は、企画は自信がありましたが、現場の営業は不得意でした。
 しかし、企画さえよければ、営業努力はあまりしなくても売れるはずだとたかをくくっていました。そして、自我が肥大し、傲慢になり、計画を強行してしまったのです。

「孫子」を多少勉強していましたから、「利」をちらつかせて人を動かす術を覚えていました。面白いように、人を動かせました。このように兵法は、自分の都合の良い理論をあてはめる傾向があります。
 そして、どんどん深みにはまっていったのです。
「算多きは勝ち」という兵法ももちろん知っていました。
 いま思い出すと、恥ずかしくて仕方がありません。何で、算も成り立たないのに、わかっていたはずなのに、巻き込まれてしまったのか?

 会社が倒産したとき、内心、ホッとしている自分がいました。不思議な感覚です。その時に心の奥底から励ます言葉が聞こえてきました。
「この場から絶対に逃げてはいけない。最後まできちんと処理しなさい」という言葉です。 毎日、債権の取り立ての電話がかかってきましたが、決して逃げませんでした。
 広い事務所には、誰もいません。ひとりで毎日会社に来るのはつらいです。何もする仕事がないのですから・・・。
 自宅にいるわけにもいきません。妻は何も言わないのでそれがまた辛いのです。
でも、「逃げてはいけない」という言葉を自分に言い聞かせながら、モチベーションを保つために、趣味の古代史「徐福伝説」の話を調べながら書いていました。
 一日中です。
 なんの見込みもなかったのですが、なぜか何かを信じている自分がいました。≫
 結果、半年ほど我慢しました。そして、ある事務機屋の社長から、仕事の依頼が来たのです。あの時が人生の分岐点でした。
 当時、兵法を少しかじったものですから、魔法のノウハウを手に入れたような変な自信がわき、すべてを駆け引きや計算で理解しようとしていた自分がいました。

第二章 

企業のマネジメント(作戦篇)

 作戦篇(第二)は、戦争を始めるについての軍費、計画、状況判断の基準となる金とモノについて述べている。

 およそ戦争を行う際の原則として、戦車千台、輜重(しちょう)車千台、武装した兵士十万で、千里の遠方に食糧を輸送すれば、内外の費用、外交使者に必要な費用、武具に必要なニカワ・漆の材料、戦車・甲冑の供給等で、日に千金もの大金が必要である。こうしてはじめて十万の大軍を動かすことができるのである。
≪つまり、マネジメントに必要なことは、金銭的な感覚です。≫

故に兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるをみざるなり

 だから、事業は準備不足や、費用が足らなくても、素早く取り組み、成功したという例はあるが、準備期間を長くかけて、成功したと言う例は、私はまだ聞いたことがない。

≪十分な準備の必要性を説いているかと思えば、上記のように、まず行動せよということも説いています。このバランス感覚が、読みようによってはどちらでも解釈でき、難しいところです。そして、プロジェクトや経営計画は、時間的な制約を設けて、短期的に集中して取り組んだほうがうまくいくという趣旨も含まれていると思います。≫

用兵の害を知らざる者は、・・用兵の利をも知ること能わざるなり

 

 事業の危険性をよく認識できない経営者は「儲かる事業計画書」を作成することはできないし、その事業の利益も認識することはできないものである。

≪物事にはすべて、メリットとデメリットがあります。その両方を認識したうえで、経営者は決断する必要があります。≫

≪余談≫ 以下、マンション販売をしていた頃の私の事例より。

 事業には常にリスクがあります。計画に予算を投入するとき、常に小さな決断を迫られます。そして、一度その小さな決断をすると、その決断に縛られ、次の決断をしなければならなくなってしまうのです。
 この結果、気がついたら、大きな判断ミスになってしまっていて、取り返しがつかなくなってしまいました。
 「利益」を先に考えてしまうと、その事業がうまくいかなかったときのリスクを過小評価してしまいます。 マンションをいくらで販売するかという価格設定をしたら、相当な利益を得ることができるとわかりました。
 もちろん机上の計算です。
 損益分岐点も計算しましたが、通常なら軽くクリア―できると思いました。
 実際は、その計画の三割程度しか実績を残せなかったのです。原因は、いろいろ言えますが、結極、甘かったのです。現実の厳しさを知りませんでした。時代の環境や場所の不利な点を、過去の成功体験に縛られて、甘く判断していました。
 当時の私は、それを自分のせいではなく、資金的な不足に原因があると思っていました。 広告宣伝費が足らない。営業の人手不足。などです。次の兵法も知っていました。

「智將は務めて敵に食む」

 傭兵に巧みな者は、兵役は二度と課すようなことをせず、食料を三度も輸送するようなことはしない。装備は自国のものでまかない、食料は敵国のものを調達する。したがって軍の食料は不足しないですむ。国が戦争で貧窮するのは、遠くまで食料などの軍需品を輸送しなければならないからである。
 中略
 そこで、知将は努めて敵の食料を奪って食べるようにする。

 当時は、次のように解釈しました。
 営業のじょうずな者は、内勤スタッフを効率よく利用し、無駄な「足」を使わず、無駄な経費を使わず、契約が済み、顧客からの入金を確認して、行動する。だから、無駄な金は使わないし、先行投資による「損」をする事はない。どちらも、人の力をあてにせず、人の力を利用して動く。

 この計画自体が、マンション用地の地主を巻き込み、土地代金を事前に支払わずに、はじめたものでした。ふつうは、代金を支払った上で、プロジェクトを計画するのですが、その土地代金分を、「マンションが売れた時点で支払う」という「かしこい」方法で計画したのです。
 兵法にかなったうまい仕方ですよね。
 いいアイデアだと思いました。
 しかし、このような奇道は、間違いなのです。

 売れることが前提での計画ですから、売れなければすべてが崩壊してしまうのです。余裕がないため、結果的に策におぼれてしまいました。
 前提となる、「信用を積み重ねる」という手順を忘れていました。
 マンション会社の信用がなかったために、顧客に安心感を与えることができず、顧客の信用も得られないため、売れなかったのです。
 小さなことから少しずつ積み上げ、時間をかけて信用を築き、正道を進むやり方が一番強いのです。現在の仕事は。このコンセプトで進めています。人間的な信用がないと、どんな事を言っても人は説得できません。

「兵を知るの将は、民の司命、国家安危の主なり。」

 以上のようなわけで、戦争の利害をわきまえた将軍は、人民の生死の運命を握る者であり、国家の安危を決する主宰者である。
 つまり、物事を利害で判断できる管理職の大切さを述べています。


新規の事業 

新規の事業を考える

 市場が遠く(市場が成熟していない)、営業経費、開発費がかかる市場は競合も少なく、「利幅」は多いが、その営業エリアが、各々遠く離れていたり、営業経費がかかるなど効率が悪くなるため、その事業は儲からない。
 市場が近く(競合が激しい)、営業経費がかからない場所は、「利幅」も、少なくなり、その事業は儲からない。
 だからその計画段階では、その市場調査及び準備にできるだけ費用をかけず、他社の成功例、アイデアを盗み、自社の事業計画に生かすようにする。
 「まねをする」ということは、ゼロから考えるより、何十倍も楽であるし、費用も時間もかからないものだからである。

≪この言葉を知った当時、バブルは崩壊していましたが、M&Aの手法や土地ころがしの手法はよく知っていました。この方法も勉強していました。最も合理的な考え方であると感心したものです。≫

 競合に勝つというのは、営業の能力、企業の資本力、勢い等による、より「儲かる」為には、競合相手を取り込み、買収し、協力しあった方がよい。
 相手の優秀な人材を引き抜いた者を、その者達の責任者とし、引き抜いた者を社員と同様に優遇し、こちらの戦力にする。
 これが、新規事業参入に成功し、事業を拡大する方法である。  ライバル会社の人材を利用することによって、ライバル会社の力をそぐことができるし、その会社の事情秘密等も知ることができる。

 まさに一石二鳥とはこの事です。企業が大きくなった例を調べてみると、ほとんどがこの方法を取っています。
 競合に勝つのが目的でなく、「儲かる」のが目的ですら、価格競争やシェア競争をする事は、企業の体力を消耗するだけです。すべきではありません。
 フェアな競争などありえないのであり、強い者がフェアという言葉を使います。
 現在でも、この理論は通用しますし、実際に資本主義の本質かもしれません。しかし、最近は考えが変わってきました。
 インナーマネジメントでも述べていますが、利潤追求や、企業の拡大が目的であった頃は、この考え方でよかったのですが、その目的が変わってしまいました。
 「いかに他人の役に立つことができるか、社会から感謝されるか、自分がいかに楽しいか」などが企業経営の目的になると、以前の経営方針が役に立ちません。
 そして、現在利益を上げている企業の特色は、ユニクロやセブンイレブンなどの他社にないオリジナリティであったり、ディズニーランドやリッツ・カールトンホテルの「感動」のサービス提供などです。
 利潤追求・拡大化戦略を続けていた金融業界は、昨年度の世界的な金融危機、サブプライムローン問題によって、その存在意義自体を問われています。
 本業である企業の育成という理念を忘れ、デリパティブなどの博打、マネーゲームにはしりました。そして、そのマネーゲームによって、実体経済まで大変な影響を与えました。
 この孫子の方法論は、志という視点を忘れなければ、部分的なテクニックとしてとても有効です。
 派遣切りの問題も、経営手法としては正しいやり方です。ビジネスは経済活動なのですから、必要でない経費は使うべきではないのです。それを、「人道的ではない」と問題にして騒いでいる日本という国は、世界の常識からみると、おかしい国なのかもしれません。
 そこに「人情」を求めるのが、日本人の特色です。そして、その「人情」こそが、今求められているビジネスの基本なのです。そして、最先端の経済理論だと思います。


第三章 

戦わずして勝つ(謀攻篇)

 孫子の兵法の極意が、次の言葉である。

「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり」
「戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」

 百たび戦って百たび勝つというのは最善のやり方ではない。戦わずして敵の兵を屈服させることこそが最善のやり方である。

 「争うことは、やたらとすべきではない。しかし、争えば必ず勝たなければならない。そしてできれば、相手を傷つけず、争わないで勝ちたい。」これが戦略の原則である。

 人間の歴史は、争いの歴史であり、現代もまた未来もなくなることはない。国同士の場合でも、企業同士の場合でも、社内のライバル同士でも、個人の場合でも、競争するということは避けることができない。

 これが人間の本質である。 しかし、その争いに、ことごとく勝っても、「最善の生き方」とは言えない。
 何となく、相手を納得さして、争わずに心服させて、協力させ、平和に生きることが「最善の生き方」である。

    目的は、勝つことではなく、「利」を得ることである。
    人間は、勝つことばかりにとらわれていると、それ自体が目的となってしまう。

 もっとも巧妙な戦術は、後で考えると特別に変わったところがなく、誰でも思いつかないのが不思議なような気がするものである。
 すべて、アイデアというものは、こういうものであり、自然の法則、流れに沿った考え方をする事が大切である。

勝つべくして勝つ。勝つのが当たり前。
 こんなに楽して儲かってよいのだろうか。これは、理想である。しかし、後で考えるとなるべくして、なるのである。

≪当時上記のように解釈してノートに書いています。
 目的は勝つことではないという考え方は、インナーマネジメントの基本的な考え方です。勝つとは、企業にとってみれば、利潤を追求するということです。利益を上げることではなく、「利」を得ることなのです。利潤を追求し続ける姿勢は、善の善なるものではないのです。儲け過ぎてはいけない。
 この「利」とは、社会的な評価を得ると解釈しました。信用と費用かを得ることができれば、自然と利潤をあげることができます。まさに、戦わずして勝つことができます。≫

≪余談≫
 この言葉を知った当時、まだ意味をよく理解できませんでした。
 企業の本質は、利潤追求であると思っていましたから、ビジネスとは戦いであり、奇道をもって戦い続けることが、勝利するための唯一の方法だと思っていました。
「負けてたまるか。負けてたまるか。」
 自分に言い聞かせながら、仕事をしていました。
 辛い毎日でした。したくない営業の仕事も、生きていくために仕方ないから、していました。そして、うまくいきませんでした。
 この戦わずして勝つという言葉を本当に理解できたのは、マンション事業に失敗し、すべてのキャリアを亡くした後、パソコンの仕事を始めてからでした。
 自分は、何の努力もしていないのに、次から次へと仕事が増え、何とか生活できるようになり、キャリアを積み上げてくることができるようになったからです。
 そして、企業の本質は、利潤追求ではなくて、「社会貢献」だと思い、コツコツと自分のできることを誠実にこなすことだと知りました。
 本当に仕事があるだけでうれしかったのです。「仕事させていただいてありがとうございます。」と感謝の気持ちだけで仕事をしました。
 そうすると毎日が楽しいのです。どんな仕事も楽しんでこなしていました。
 辛いという気持ちは今は全くありません。人生を勝ち負けで考えないようになりました。

上兵は謀を伐つ

故に上兵は謀を伐つ。
その次は交を伐つ。
その次は兵を伐つ。
その下は城を攻む。

 最上の戦略とは、相手の戦略・思惑・本音を察知し、それに先制攻撃を加えることであり、
 次善の策としては、相手に協力している者、補助をしている者を攻撃して、相手を孤立化させることであり、
 その次は、万全の体制で戦うことであり、
 最もまずいやり方が、相手の「城」を攻めることである。
 「城」とは、相手が得意とするもの(分野)、大切にしているもの、営業の基盤、地盤等のことであり、そこを攻めるという方法は、ほかに方法がなく、やむを得ない場合にだけおこなうものである。
 相手は、自信を持っているので、そこを攻めるための準備には、費用も時間もかかり、こちらの損害を少なくするための準備も必要である。
 準備期間が長くかかるということは、事業のタイミングを逸し、また、準備不足で攻撃すれば、効果は期待できず、費用ばかりかかってしまう。
 そして、ついに撤退することにでもなれば、企業の存亡に関わる。
 これが、相手の「城」を攻めることの害である。

≪現代の企業に当てはめて解釈してみます。≫

 だから、企業の成功の原因は、
「競争相手との競争に勝った」からという訳でなく、結果として、その業種のトップ企業になっても、「長年商売をしているから自然になった」伝統と言う理由によるものでもない。
 その企業が、「顧客のニーズにあったよりすぐれた製品を、適正な価格で、正しい商売のやり方とサービスで提供する」などの理由により、自然に世間に認められることにより、「儲かった」のであり、成功したのである。
 世間の評判、人気によって、自然に成長したのであるから、無理な事業計画、営業政策の必要もなく、結果として短期間の内に大きくなることができる。

 これが成功の原則である。

 事業戦略の基本は、企業の力が、その市場の中で強ければ、シェアを拡大してトップの座を守り、ライバル会社の商品と競合させて、競争し、力が同等であれば、全力で戦い、シェア拡大がむずかしい場合は、その市場から撤退し、その「すきま市場」をねらう。
 技術力に自信があるからと、小さい企業のくせに、強気の戦略をたてるのは、営業力のある大企業に利用され、乗っ取られるだけである。

≪この兵力相応の戦略が孫子らしい合理主義です。「己を知る」ことが大切なのです。≫

≪余談≫  これも、マンション販売をしていた頃の話です。

 私は、当初からこの計画は無理だと思っていましたから、あまりかかわらないようにしていましたが、実務ができる人がいなかったため、以前離した○○学会の先輩に頼まれ、かかわっていました。
 まだ、マンション販売のめどが立たないとき、準備室として事務所を作りました。まず形から作ったのです。顧客を信用させるためです。
 マンションを販売している会社ということで、いろいろな人が営業に来ました。田舎の都市でしたが、中心部に事務所を構えたものですから、目立ちます。
 マンション用地の売り込みも多数ありました。実際は運転資金にも困るぐらいの状態でしたが、夜の接待のお誘いもありました。
 政治家の秘書で、社長の義理の息子である副社長は、その状態を利用しようと思い、思わせぶりな態度をとり、この計画に賛同してくれた工務店から金を出させようとしたのです。
 さすがに、相手も警戒して、この話はなくなりました。一度は、この計画は失敗に終わりました。 この計画に私を誘った以前、話した○○学会の先輩は、この時に逃げてしまいました。
 私は責任を感じ、別の方法を考えました。
 コーポラティブ方式と言いまして、まずマンションを買いたいという人を集めて、組合を作り、その出資金を元に、マンションを建築するという、マジックのような方法を考えたのです。この計画も、購入予定者が集まらず、途中で頓挫しました。
 しかし、不景気で仕事がないある工務店が、自己資金の肩代わりをするからと横から割り込んできて、仕事をぜひやらしてほしいと来ました。

≪欲が欲を呼び寄せました≫

 そして、その工務店は結極だまされることになってしまったのです。私も、消極的ではあったのですが、そのサギに加担したことになります。当初無理だと思ったプロジェクトが動き出してしまいました。
 内心、びくびくしていました。うまくいくはずがないとは思っていたのですが、嵐のような日々が始まりました。その後の悲惨さは、自分が招いたものでした。

なぜ彼は逃げたのでしょうか?

 このマンション事業に、途中から変な人が関わるようになってきました。  社長の義理の息子、20代の魅力的な若者、その副社長は、ある霊能者(真言密教系)にいろいろと相談していました。
 その若者を助けてあげようとの善意から、この先生はいろいろとアドバイスをするようになりました。悪い人ではありません。元タクシーの運転手で、真言宗のお寺で修業し、小さな宗教法人を設立し活動をされていました。彼のためにいろいろと相談に乗っていました。
しかし、霊的な能力はもろ刃の刃です。非現実的な奇蹟を求めるようになってしまいます。 また、依存の心が芽生えます。
 何をするにしても、その先生の判断を仰ぐようになってしまいました。ひどい時は、会社にも来ず、その先生の所に入り浸りになりました。
 わたしも、その状況は見ていたのですが、自分は実務のことだけをすると決め、逃げていました。
 私も、何度かその先生のところにお邪魔したのですが、不思議なことに、その先生は私には全く、霊的なことは勧めませんでした。
 昔から、その世界のことは詳しかったものですから、別に驚くこともありませんでしたが・・・。
 その先生の信者で、三十代の飲み屋のママさんがいました。そのママさんが、副社長のことを気に入り、いつの間にか、深い仲になってしまいました。
 その先生は、前世からの因縁があり、仕方がないと言っていましたが、実際には、彼女が、福社長の家庭を壊し、彼は家庭を捨て逃げだすことになりました。
 後で聞いたのですが、ヤクザがしている闇金融に手を出していました。会社の資金繰りが苦しく、大変だったことはわかりますが、それ以外の事情もあったようです。
 彼はなぜか、私にだけは相談しませんでした。私を巻き込みたくなかったのでしよう。
 マンション建築は進んでいましたが、竣工の時期が近づいても全く売れません。途中で工事をストップするわけにはいきませんでしたから、私もこの仕事にかかりっきりでした。 工務店からは代金の支払いの催促が来ます。もちろん、ありません。ずるずると時間だけが過ぎて行きました。
 不思議な事件がありました。
 この、一番大切な時期に、一週間現場を離れることになったのです。
 当時、この会社は、マンション販売の不動産の仕事のほかに、ある携帯の販売代理店の仕事もしていました。そのメーカーの招待で、ハワイ旅行が当たったのです。賃金の支払いも滞るような状態の時に、せっかくだからと私だけがハワイに旅行しました。というより、逃げました。
 そのハワイ旅行は、・・・楽しかったです。仕事のことをあれこれ考えても、どうしても破たんすることは分かっていました。
 なるようにしかならない。
 自分は、誠実に対応して、少しでもお客さまに迷惑をかけないようにしたいとハワイの空を見上げながら決意しました。
 その覚悟をするための時間と場所を、与えてくれたのです。
 日本に帰ってきたとき、最悪の状態であることを聞きましたが、なぜか落ち着いていました。
 その留守の時期が、ちょうど支払期限です。副社長が一人で対応することになってしまいました。お金がないから仕方がありません。居直るだけです。
 私は、当事者として立ち会わなくてもよくなり、信義的なストレスは味合わなくてよくなりました。
 そして、その事件の一ヶ月後、会社は破たんしました。その時、副社長が行方不明になりました。

ドラマのような不思議な出来事

 義理の息子が、自分の娘と孫をほったらかしにして、会社も投げ出して逃げたのですから、社長はたまりません。寝込んでしまいました。
 偶然か必然か、ちょうどその時、その事務所のビルのオーナーが、破産しました。つまり、貸事務所の家賃を払う相手が、倒産したのです。
 とりあえず、家賃を支払わなくてよくなりました。二か月後に九州電力が電気を止めようとしましたが、他の賃借人と相談し電気代だけ支払って、それ以後五ヶ月程はその事務所をタダで使うことができました。

 社長は寝込み、副社長は夜逃げして、私だけが取り残され、事務所に一人マンション事業の残務処理にあたりました。
けりがつくまで絶対に逃げないぞと決意していました。
 この半年前ほどから、私は給与をもらっていません。親から借金し、預金を取り崩し、毎日、誰もいない会社に出勤していました。
 自宅にいると、妻の目があります。何も言わないのですが、たまりません。
 以前書きましたが、この事務所で「徐福伝」を書いていました。
 税金である不動産譲渡税などの負債が、三百万円ほどあり、その市の財務課長が事務所を訪ねてきました。事情を話して、素直に謝り、すべてを話してその方に相談しました。
 市としても、出来上がったマンションは財産ですからと、市役所の職員や知り合いに売れ残ったマンションを勧めてくれました。
 競売物件の形になりましたが、その方のおかげでマンションが全戸完売し、残務処理を終わることができました。
 これも不思議な出来事です。その課長は、いろいろと相談に乗っていただき、最後にすべてのマンションが販売できて、その説明会を開催するからと私を招待していただきました。 当然、社長や副社長ではなく私だけです。
 マンションの購入者全員が集まって、会議が開かれたとき、全員の前で私は挨拶しました。
「このたびは、皆様にはいろいろと迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありませんでした。」と心から謝りました。
 みな、温かいまなざしで「大変だったね」と温かい言葉をいただきました。本当は、厳しい叱責の言葉があると覚悟して、緊張していたのですが、後は涙があふれだし、言葉になりませんでした。
 何かが、終わったと思いました。
 その日から、人生が変わりました。
 本当にドラマのような出来事でした。 話を元に戻しますが、孫子の「故に上兵は謀を伐つ」などという言葉だけを表面的に理解し、工務店や設計事務所や銀行の担当者、それにマンションの購入者などを、駆け引きやテクニックによって利用しました。
 我欲を満たそうとした私や副社長、○○学会の先輩、そして人のいい地主であるマンション会社の社長などのうち、まともに立ち直ったのは私だけでした。


管理職とは 

管理職と社長の関係について

そもそも、将軍とは、主君の助け役である。
 助け役が主君と親密であれば、国家は必ず強くなるが、助け役が主君とすきがあるのでは、国家は必ず弱くなる。

現代風に解釈します。
 管理職とは、社長の大切な補佐役であり、管理職と社長との関係がうまくいっている企業は、必ず成長しますが、そうでなければかならず企業は衰退します。
 具体的に述べると次のような場合は、社長と管理職の関係はよくありません。

  1. 市場の状況は、積極的な事業戦略を行うべきではないのに、それを知らない社長が管理職に、積極的な営業を命令し、逆に積極的な営業が必要なときに、それを止めたりする。
    ≪現場を知らずに指図するパターン≫
  2. 営業現場の経験もなく、内部の事情も知らない社長が、管理職の頭ごしに、社員に直接命令をする。社員は、どちらに従うか迷ってしまう。
    ≪会社の組織の命令系統を無視して、自分のパフォーマンスを重要視するパターン≫
  3. その時々の営業現場の事情により、臨機応変に対応していることを、社長が、原理原則ばかりをいって干渉する。社員は、社長の能力を疑ってしまう。
    ≪組織とか先例とか建前を気にする公務員タイプ≫

 管理職や社員が会社に対して迷ったり疑ったりして、組織がうまく機能しないようになると、企業の競争力も落ちて、他企業に付け込まれてしまう。
 組織力(社長、管理職及び社員のそれぞれの責任の認識と協力関係)がなくては、企業の成長はない。

 だから、次のような企業は、成功する。
1.攻めるべき時と、攻めてはいけない時を知る。
  =社長
2.その企業の規模に応じた事業の戦略をたてることができる。
  =管理職
3.社員相互の親愛間と団結意識があり、社内の体制が整い、組織力を   十分に活用することができる。
  =社員
4.十分な市場調査と、準備によって、確実な情報をつかむ。
  =情報力
5.管理職が有能で、社長が現場に干渉しない。
  =組織力
 これら5つのことが事業成功のポイントである。

謀攻篇は次の有名な言葉で、締めくくられています。

故に曰く、彼れを知りて己を知れば、百戦してあやからず、
彼れを知らずして己を知れば一勝一敗する。
彼れを知らず己を知らざれば、戦う毎に必ずあやうし。
相手の意志、能力、環境をわきまえ、自分の能力、立場を知れば、必ず勝つ。

≪余談≫
 この社長と管理職の関係で、いつも思い出す話があります。
 ある土木コンサルタントの社長、ワンマンで厳しい社長ですが、その片腕の部下であり、優秀な管理職にAさんという人がいました。技術的なレベルも高く、社長と共に会社の発展に尽くしてきた方です。
 やさしい感じの方なのですが、厳しい社長からよく怒られていました。実質的なナンバー2であり、相当に能力は高い方なのですが、ある時、彼が設計上のミスを犯し、取引先に迷惑をかける事態が発生しました。原因は簡単なチェックミスです。忙しすぎたことと、無理な納期が原因でした。
 社長とともにその会社にお詫びに伺った時の出来事です。そのワンマン社長が、お客様の前で、Aさんを激しく叱責したそうです。
「本当に、こいつがとんでもない事をしでかしまして、・・・」
 Aさんは、黙って耐えていました。
 後で聞いた話なのですが、その設計業務には社長も多少関わり、社長も連帯責任だったらしいのですが、自分がミスをしたというと、相手に対してかっこがつかないからと、訳の解らない理由で責任を全部Aさんに取らせたのです。
 「自分は確かにミスをした。しかし仕事を請け負ったのは会社であり、会社として仕事をしたのであれば、責任は社長にもあるはずです。会社として謝るべきなのに、個人の責任に転嫁して、自分は悪くないと言い訳をしたのです。社長も一緒に謝ると思っていたのに、自分の格好ばかりを気にして、私を守ってくれませんでした。これ以上、この社長の下で働けません。」と言って、彼は会社を辞めてしまいました。
 社長が最も信頼していたはずの管理職のはずでした。その事情を知っている社員も、やがて一人ずつ辞めていきました。会社は人が財産です。業績は悪化し、二年ほどで、倒産してしまいました。
 そのワンマン社長は、その後もAさんの悪口を言っていました。
「あいつは自分を裏切った・・・」
とんでもない間違いです。
 その話を聞いた時、私は本当にさびしくなってしまいました。


第四章 

社内体制の重要性(形篇)

「形」とは外にあらわれる態勢のことで、計篇は静的な体制について述べたものです。

先ず勝つべからざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ

・・・まず敵が勝つことのできないような体制を固めておいて、敵に勝てる時期まで待つという意味です。

 企業経営の成功例を聞くと、社内体制の重要性を説く人が多いです。
 優秀な経営者は、事業を成功させるために、成功することを前提とした体制を固めたうえで、どんな状況にも対応できるようにして、営業活動を行う。

≪成功している自分を想像できるかということをよく言います。いいイメージを持つことは大切ですが、実際には難しい理屈だと感じました。まず、成功とは何というところから議論しなければなりません。当時は、素直に素晴らしい言葉だと思っていました。≫

 体制とは、「内部事情」のことであり、営業活動とは、「外部の要件」が関係する。だから、優秀な経営者でも、社内体制は自分達の創意工夫・努力次第で、確立することができるが、営業活動は、相手があることであるし、思いどおりにいかないこともある。
 したがって、

勝は知るべし、為すべからず。

・・・成功する方法は知ることはできても、実際に成功することはむずかしいと言われるのである。

≪孫子には、わかったようでわからない、このような責任逃れのような言葉が多くあります。 成功する方法を知らないと成功できません。そして、その方法を知ったとしても成功するかどうかは分からないというのです。≫

 また、社内体制とは、「守り」であり、営業活動とは、「攻撃」である。社内体制が確立されていなければ、営業活動をしても内部で処理できないために利益は確保できず、信用も落とす。
 営業活動をするのは、社内体制に余裕がある場合である。
≪先に成功するためのシステムを作れと言っています。≫

善く守る者は九地の下にかくれ、善く攻むる者は九天の上に動く

・・・自分の態勢をあらわにしないという意味です。
 管理がうまい管理職は、内部事情を知られることも、社内の弱点を知られることもなく、営業のじょうずな管理職は、相手の意志、行動、弱点をよく知って活動する。 どちらも、その思惑を知られることがない。
 だから、そのような管理職を持つ企業は、市場の変化にも、景気の動向にもよく対応し、順調に成長することができるのである。

【注】 景気の善し悪しに企業が左右されるということは、営業の問題と言うより、内部体制の問題である。
 「売れない」とは言い訳であり、結果には必ず理由がある。
 その理由を分析したうえで、体制を整える必要がある。
1.どんな状況にも対応できるような体制を意識して作ること。
2.売れる商品を作り、売れない商品は、ズバリ切り捨てる決断をすること。
3.組織内の人材をどう生かすことができるかを考え続ける。
 以上が、経営者にとっての一番大切な能力であり、営業力はその次である。

≪余談≫
 当時の孫子の解釈は、まだまだですね。理想論のようなことを述べています。現実には、上記のように、社内体制を固めて営業するというようなことはなかなかありません。
 同時です。
 むしろ、営業のほうが先かもしれません。余裕がない時は攻めよという兵法もあるくらいですから、まず攻撃せよという人もいます。
「善く守る者は九地の下にかくれ、善く攻むる者は九天の上に動く」という言葉を当時は、次のように簡単に解釈していました。
 つまり、守りも攻めも人に見えないところでせよということだと。
 営業マンは仕事をしているように見せるのではなく、遊んでいるように見せて陰で働く。 ライバルに油断させて、自分だけが成績を上げる。
 私は言い訳だけは一流の営業マンでした。 「売れない理由」はいろいろと並べ立てることができます。しかし、「売れた時」はたまたまですと幸運を装いました。決して、成功のノウハウを教えてはいけません。
この程度です。
 目立って成績のいい営業マンはプレッシャーもきついので、だめな営業マンを演じ、少ない労力でそこそこの成績をあげ、ノルマが達成できれば、コソッと翌月の営業活動を始めていました。
 ナンバーワンになりたいと思いませんでした。後がつらくなるからです。



勝ち易きに勝つ 

「昔の戦いに巧みといわれた人は、勝ちやすい機会をとらえてそこで打ち勝った者である」

という意味です。当たり前のことを言っているようですが深いです。
 また、原文では、次のように言っています。

「勝を見ること衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非ざるなり」

・・・勝利をよみとるのに、一般の人にもわかる程度では、最高に優れた者ではない。  戦争して、打ち勝って天下の人々が立派だとほめるのは、最高に優れた者ではない。
 「成功した」とか、「立派である」と言われても、何を基準にするのかわからないものであり、一般の人から言われたとしても、たいしたことはない。
 事業がうまくいき、会社が大きくなって、「善い会社」と世間の人がほめるのも、また、たいしたことではない。これらは、一時期の問題であり、企業は、継続が命であり、常に成長しつづけなければならない宿命を持っているものである。
 これらは普通のことであり、ほめられることはないと孫子は言っています。

「善く戦う者の勝つや、智名もなく、勇功も無し。」

・・・だから戦いが巧みな人が勝った場合には、智謀すぐれた名誉もなければ、武勇すぐれた手柄もない。
≪ちょっと話がずれますが、たしか野球の長嶋さんの話です。彼は、観客を喜ばすため、簡単な球を、意識してスタートを遅くし、ダイビングキャッチをして見せたそうです。プロは難しいことを簡単にします。
「できて当たりまえ」だからプロであり、プロの技は簡単に見えます。そして、簡単なことを難しく見せます。≫
 昔から、本当の成功者は、ちょっとした「きっかけ」、「チャンス」を生かして、成功したものであり、その小さな成功を一つ一つ積み重ねる努力によって成功したものです。後で考えると、当たり前の考えで、当たり前の行動をしたように見えるため、目立つことはありません。
 自然の流れ、時代の流れに沿った、当然の企業活動をするのであるから、成功するのはまちがいなく、まちがいがないと言うのは、その活動を起こす前に、わかってしまうという事です。
 体制(方針)をととのえて行動するから、ちょっとしたチャンスを見逃さず、臨機応変に対応する事ができるのです。

 このようなわけで、成功する企業は、まず成功する事を前提に体制を整えてから事業を始めるが、成功しない企業は、まず事業を始めてから後で体制を整えようとします。

原文では次のように述べています。

「勝兵は先ず勝ちてしかる後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いてしかる後に勝を求む。」

・・・以上のようなわけで、勝利の軍はまず勝利を得て、それから戦争をしようとするが、敗軍はまず戦争を始めてからあとで勝利を求めるものである。
≪兵法で言う「先ず勝ちてしかる後に戦いを求め・・」という考え方は、成功者の言葉としてよく聞きます。成功を前提に体制を整えることが、成功する道である。うーーん、素晴らしい。自分の在るべき姿をイメージすることができれば、そのようになるという考え方は、真理です。≫

 しかし、「体制を整える」とは、言う事はたやすいが、難しいものです。そして体制の第一の条件は、「人材」であると思います。つねに、人材を求める姿勢、組織内の意志の疎通、協力体制、雰囲気等これらはすべて、社長次第ですね。
 結局、「企業は人なり、リーダーの能力次第である」ということになります。

≪余談≫
 会社を始める時、私が一番最初に考えたのは、「場」です。
 同時期に同じ会社を辞めたK女史、何度かこのブログにも登場しました。彼女という人材を活かさないともったいない、(彼女に食わしてもらおう)という考えで、会社を設立しました。
 会社を辞めようと決断してから、五年経っています。予定と違って、彼女に子供ができたために本格的な活動が遅くなってしまいましたが、実は予定通りです。「体制作り」の時期であったと思っています。
 彼女が動けない五年間、何とか食いつないできましたから、これからは楽できるだろう(笑)と思っています。
(会社創業から5年、毎年赤字で、6年目からやっと黒字になりました。当時の気持ちです。)  土を耕し、水を引き、日当たりを良くし、雑草を引き抜いてから、種をまきます。あとは、適度な水やりをして、時を待てば、必ず芽を出し、大きく育っていくのではないかと期待しています。


経営戦略 

孫子は戦略には、次の5つの事柄が大切であると言っています。

  1. 調査・・・市場の規模、発展性を考える
  2. 経費・・・必要資金と必要経費を考える
  3. 管理・・・必要人員の確保、組織の編成を考える
  4. 採算・・・投入資金の利回りとリスクを考える
  5. 利益・・・利益の見通しをつける
  6. この手順が良ければ、自然に成功します。

 成功する事業は、このように万全の体制を整えて、事業活動を行っているから成功するのであり、失敗する事業は、この基本をわからずに、活動しているから、失敗するのです。
 そして、有名な言葉です。

「勝者の民を戦わしむるや、積水を千じんの谷に決するが若き者は、形なり」

 ・・・以上の経営戦略を心得ている経営者が、社員を動かす場合は、ちょうど満々とたたえた水を戦陣の谷底へきって落とすように、万全の体制を整えて、一気に集中して、目標達成に向かって活動させる。だから、成功するのである。

【注】 この孫子の「積水」から、社名をとったのが、積水化学です。孫子を研究している経営者は多いです。ソフトバンクの孫社長も、この「孫子」の本を書いています。その経営の仕方に、一種の「いかがわしさ・えげつなさ」を感じるのは、この兵法の原理を用いているためだと思います。

◆勢いの大切さ

 勢いのある場には、プラスのエネルギーがあふれているため、気分が高揚し誰もが気持ち良くなります。気持ちがいいものですから仕事もはかどり、結果、また気分がよくなります。雰囲気がいいので、疲れを感じません。
 勢いは「体制」よりも大切だと思います。
 戦争の時、少々、体制が崩れていても、英雄が先頭で突っ走れば、相手を蹴散らし、勢いがついて、他のものも勢いに乗って活躍するようになります。
「攻めは最大の防御」これが戦いなのです。
 確かに、経営戦略は大切です。当時、営業をしていた私は、この戦略に基づいた戦術について次のようにノートに書いていました。

 営業のやり方(経営戦術)について、大切なことは次の事柄である。
1.営業組織 企業経営において、多数の社員を管理するのに、合理的に整然と組織が動けるようにするためには、部課の編成が大切である。
2.営業管理 営業社員を大勢、使用して業績の向上を、効率よく確保できるのは、目標の設定、達成に対する報酬などの合理的な営業管理が大切である。
3.営業政策 市場の変化に応じて、個別の商品の販売方法も、強気の正札販売や値引き等による処分販売などとの使い分けが必要である。
4.営業企画 イベントなどの営業企画を成功させるためには、十分な体制で、「驚き、面白さ」を利用した”新しい”広告宣伝が必要である。

 あーあ、机上の空論ですね。当たり前すぎて、ちっとも面白くありません。

原文は勢篇(第五)の最初の次のような文章です。
孫子はいう。
 およそ、戦争に際して大勢の兵士を治めていても、まるで小人数を治めているように整然といくのは、部隊の編成の仕方次第である。
 大勢の兵士を戦闘させてもまるで少人数を戦闘させているように整然といくのは、旗や、なりものなどの指令の仕方次第である。
 大軍の大勢の兵士を、敵の出方にうまく対応して、決して負ける事のないようにさせることができるのは、変化に応じて処置する奇法と、定石どうりの正法との使い分け次第である。
 戦争が行われるといつでもまるで石を卵にぶつけるようにたやすく敵をうちひしぐことのできるのは、充実した軍隊ですきだらけの敵をうつ虚実の運用がそうさせるのである。

≪原文のほうが、イメージが広がります。≫

≪余談≫
 いろいろな経営理論の本を読みましたが、建前論みたいなものが多く、面白くありません。 孫子の「奇道」や「謀」のほうが面白く、また納得できます。
 しかし、その孫子もこのように当たり前のことを述べています。このあたりが、絶妙のバランスを感じさせます。この感覚を私の社員研修にも取り入れたいと思っているのですが、なかなか難しく、実力不足を感じています。


第五章 

勢いについて(勢篇)

次の言葉も大好きです。
≪この言葉の説明だけで、一冊の本ができるほど、いろいろな意味を含んでいます。≫

「正を以て合い、奇を以て勝つ」

・・・そもそも、営業活動「商売」というものは、常識どおりの正攻法で「対応」するのが原則であり、状況の変化、相手の出方に応じた「対応」で、イエスと言わせるものである。
 だから、営業活動「商売」のじょうずな企業は、顧客のニーズ、市場の変化に対応して、臨機応変に常にその方法を変化させることができるので、常に新しく、その変化は尽きることがない。

≪日本では、ウォルマートのビジネスモデルがうまくいきませんでした。この店舗は正札販売ですが、いつ行っても安く、同じ値段で買い物ができる(エブリデイロープライス)という考え方なのですが、うまくいきませんでした。赤札や値引き、アウトレット販売などのいろいろな「奇道」で商売するほうがうまくいきます。このバランスが大切です。≫

 商売の駆け引きは、「押し」と「引き」の二通りしかないのですが、そのタイミングはとても極めることができないほど難しいものです。

 そこで、最も大切なものが「勢い」というものです。
 営業活動の原則は、「勢い」と「節目」です。企業経営にも、同じことが言えます。

孫子の原文には、次のように書かれています。

 せきかえった水が激しく流れて、石までも漂わせるのが勢いである。
 猛禽がひとうちにして打ち砕いてしまうほどであるのが節目である。
 こうゆうわけで、戦いに巧みな人は、その勢いは険しく、その節目は切迫させる。
 勢いは石弓を張るときのようで、節目は引き金を引くときのようである。

【注】 「勢い」とは、迫力とか、熱心さとか、自信とかが、含まれます。これは、誰でも理解できることであると思います。では「節目」とは何か。
 客に決断させるためには、この節目が最も大切です。その場で、決断を促し、時間をおいてはいけません。待ってはいけない。逃げ道を与えないためにも時期を区切る必要があります。

 企業経営にも、「勢い」と「節目」が大切です。
 「勢い」とは、その企業の雰囲気や、活気でわかるものです。
 「節目」がなければ、目標の設定、結果に対する業績の判断もできません。
  節目を決めて、反省と新たな決意をする事は、各々個人にとっても大切なことです。

≪節目について≫
 この節目の考え方も大切です。
ビジネスには必ずこの節目が必要なのです。どんなに説明しても、客は商品を買ってくれません。決断を促す、クロ―ジングが必要になります。このタイミングが悪ければ、途中の経過がどんなにうまくいっても、商品を買わせることはできないのです。
 このタイミングを見極めることができれば、少ない労力で営業成績を上げることができます。

「節目」の大切さは、日々の生活の中にも必要です。朝起きて、神棚に水を上げ、玄関から外に出て、太陽に向かって柏手を打ちます。「今日も一日、ありがとうございます。」 その後、顔を洗い、神棚と仏壇にお参りします。
 私はこの習慣を、三年ほど前から毎日続けています。
 習慣ですから、しないと落ち着きません。ただ、それだけのことかもしれませんが、一日一日が新鮮な気持ちになります。
 まず、自分なりの節目を決めて、小さなことから始め、続ける。とにかく続けることが大切だと思います。



組織と「利」について 

「乱は治に生じ、怯(きょう)は勇に生じ、弱は強に生ず。」

・・・混乱は整治の中から生まれ、臆病は、勇敢の中から生まれ、軟弱は剛勇の中に生まれる。乱れるか、治まるかは、部隊の編成の問題である。
臆病になるか勇敢になるかは、戦いの勢いの問題である。
弱くなるか強くなるかは、軍の態制の問題である。

現代風に考えると次のようになります。
 企業組織の硬直化は、企業が発展し、組織が巨大化する事から生じる。
 企業の規模、発展に応じた、社内体制の変化を常に心がけるべきである。
 営業政策の保守化は、その政策が成功し、販売がうまくいった経験から生ずる。

 企業の衰退は、急激な成長の後に生ずる。そして、企業が発展するかどうかは、組織の体制による。

 規律が厳しければ厳しいほど、その体制についてゆけないものがでて、組織が乱れてしまうものである。だから、厳しければ良いというものでもない。

≪当時の解釈、ちょっと飛躍しすぎですかね。≫

【注】 人が親しみあえばあうほど、他の人は、排他性を感じます。平等の中には、必ず不平等があります。中国思想の根本にある「陰」と「陽」の考え方も同じです。そのバランスが大切であり、常に変化に対応する中国のしたたかで柔軟な思想がその根本にあります。

そこで、巧みに敵を誘い出すものは、敵にわかるような形を示せば、敵はきっとそれについてくるし、敵に何かを与えれば、敵はきっとそれをとりにくる。

「利を以てこれを動かし、詐を以てこれを待つ」

 営業において、顧客を得るためには、顧客の利益になることをはっきりと示せば、それに反応するし、その利益を与えれば、必ずそれを欲するのです。
 つまり、利益を見せて誘い、その裏をかいて、こちらの利益とするのです。
 企業発展の基本は、社会に「利」を与えることであり、営業の基本は、顧客に「利」を与えることです。

≪当時はよく理解していませんでしたが、ここで言う「利」には、単なる利益だけでなく、安心・安全・快適さ・便利などのいろいろな価値観を含んでいるものだと思います。 社会貢献という企業の在り方の中に、従業員一人一人の、人間としての存在意義が問われているのではないでしょうか。≫

「善く戦う者は、これを勢に求めて人に責めず、故に能く人を択びて勢に任ぜしむ」

・・・そこで戦いに巧みな人は、戦いの勢いによって勝利を得ようとして、人の能力に頼ろうとはしない。(だから逆に)うまく人を選び出して、勢いのままに活躍させることができるのである。
 つまり、能力のある管理職は、営業活動の「勢い」によって勝利を得ようとするものであり、個人の能力、人材に頼ろうとはしません。適材適所で、人を選び、その勢いのままに、活動させることができるという意味です。

【注】 企業の力は、個人の力ではなく、組織力です。その原因や責任を、個人の力に求めるのではなく、組織の問題であると言うことは知っていても、解ることは難しいものですね。
 営業マンはとかく社内体制のせいにして、自分の実力が出せないと文句を言いがちであり、管理職はとにかく営業をせめて「根性」とか、「意欲」とかを強調しがちです。
「雰囲気」が一番大切です。
 インナーマネジメントは、その孫子の兵法を取り入れています。 雰囲気作りとか勢いとかを大切にすることが、一人ひとりの能力を高め、会社の業績を伸ばすことにつながると考えます。

「諸侯を屈する者は害を以てし、諸侯を役する者は業を以てし、諸侯をはしらす者は利を以てす」

・・・だから、他社を屈服させるためには、損害を与えるような行動をし、他社を利用するためには、共同事業をし、他社を奔走させるためには、利益を与える。

【注】 人を動かすための極意とも言える。この仕事をする事が、多少利益があっても、害が大きいと判断すれば人は動かない。利があるような話をすれば、頼まなくても、自分で情報を集めるだろうし、具体的に利益を提示すれば、黙っていても動くものである。
 自身は動かず、他人に仕事をさせる為のテクニックである。


第六章 

人を致して人に致されず(虚実篇)

 孫子は次のように言っています。
 およそ、戦争に際して先に戦場にいて、敵の来るのを待つ軍隊は楽であるが、後から戦場について戦闘にかけつける軍隊は、骨がおれる。

「人を致して人に致されず」

・・・だから戦いに巧みな人は、相手を思いのままにして、相手の思いどおりにされることがない。

≪この言葉も大好きです。自分のペースを守る。人に合わせるのではなく、相手が自分に合わせるように仕向ける。この位どりが、コミュニケーションでも大切です。≫

≪余談≫
 二人で話し合っているとします。一方が話し、他方は黙ってうなづきながら聞いています。
 遠くから見ていますと、話しているほうが従で、聴いているほうが主の関係であることがわかります。つまり、人の話を聞くことのほうが、話すよりも自分のペースを守ることができるのです。
 話していると、どうしても相手の反応が気になるものです。私の言っていることを理解してくれているのだろうか・・・。一生懸命話して、相手が大きくうなずいてくれると、ほっとします。
 つまり、相手が自分を認めてくれているというサインになりますから、安心して話し続けるのです。人間には、無意識に相手に気に入られたいという感情があります。 つまり、ビジネスの極意は、相手に話させることなのです。
 ですから、私は無理やり自分のペースで人を動かそうとする人が苦手です。どんなに理論的に正しくて、利も得ることができても、感情的に嫌いなことは気が進みません。人は、利だけで動くものではなく、感情で動くからです。


利と害の使い方について 

孫子は、利と害の使い方について次のように述べています。

「能く敵人をして自ら至らしむる者はこれを利すればなり」
「能く敵人をして至るを得ざらしむる者はこれを害すればなり」

・・・敵軍を自分からやってこさせるようにできるのは、利益になることをしめして誘うからである。敵軍をこられないようにさせることができるのは、害になることを示して引き止めるからである。
 だから、敵が安楽でおればそれを疲労させ、腹いっぱいに食べていればそれを飢えさせ、安静に落ちついていれば、それを誘い出すのである。

≪人がなぜ集まるか、それは「利」があるからです。この場合の「利」と「害」のバランスが難しいのですが、この考え方にとらわれて若いころはこの「利」を過大評価していました。
「利」に集まる人種は、信用できないのです。その「利」が失われたりすると、だれも近づかなくなってしまいます。≫

≪余談≫
 勢いがある頃は、いろいろな人が寄ってきて、いろいろな儲け話を持ってきました。親しげに夜のつきあいなどもし、金遣いも荒くなり、実際は、金銭的に厳しい生活をしていました。しかし、見栄もあり、なかなかその付き合いも止めることはできませんでした。
 マンション販売が失敗し、一人になったとき、周りには誰もいませんでした。全くつきあいがなくなってしまったのです。その時の孤独感は、忘れることができません。
 利を追い求めていた人間の当然の挫折でした。

人を利によって動かすことは、実は難しい
 金持ちは、金では動きません。堅実ですし、特に警戒心が強い人種です。

 私が住宅会社の営業時代の話です。ある地方都市の中心部に広い一等地を所有している地主がいました。
 当時は、その場所は青空駐車場でした。
「マンションを建てませんか」と営業に行ったのですが、その方の答えにびっくりしてしまいました。
「この場所は、一等地ですし、税金も高いでしょう。その対策のためにも、事業用資産としてマンション経営をされたらどうでしょうか」というのがお決まりのセールストークです。
 節税対策や相続税対策として、不動産経営は有利なのです。
 土地の評価が高いので、その固定資産税だけでも相当支払ってありました。
「利」を考える人間として、当然節税対策の話には乗ってくるものだと思っていました。そして、駐車場の賃料だけでも月100万円近くあり、実は市の高額納税者でもあったのです。
 私は、合理的に「利」について説明しました。いろいろなメリットを提示しました。 それでも興味を示してくれないのです。
 別の場所に機械製造の会社を持っている社長さんなのですが、その奥さんが駐車場の管理人をされてありました。ちょっと目には、ふつうの雇われのパートのような格好です。 全然見栄を張らない、本物の金持ち。これにはかないません。
 そして「税金を払うことが趣味です」と言われました。それが社会貢献であるともいわれました。
 私はすごすごと引き下がりました。
「敵が安楽でおればそれを疲労させ、腹いっぱいに食べていればそれを飢えさせ、安静に落ちついていれば、それを誘い出す」というような戦法が通じる相手ではなかったのです。
 世の中にはこのような人種もいるのかと思いました。

最高の形は無形 

「・・・無人の地を行けばなり」
「・・・守らざる所を攻むればなり」
「・・・その攻めざる所を守ればなり」

 ・・・敵が必ずかけつけて来るような所に出撃し、敵の思いもよらないような所に急進し、遠い道のりを行進して疲れないというのは、敵対するもののいない土地を行軍するからである。
 攻撃したからにはきっと奪取するというのは、敵の守備していないところを攻撃するからである。
 守ったからにはきっと堅固だというのは、敵の攻撃しないところを守るからである。
 そこで、攻撃の巧みな人に対しては、敵はどこを守って良いかわからず、守備の巧みな人には、敵はどこをせめてよいかわからない。

微妙、微妙、最高の形は無形だ。神秘、神秘、最高の音は無音だ。
 そこで、敵の運命の主宰者になれるのだ。

 ちょっと難しいのですが、城攻めの愚を説いている孫子の考え方は、とにかく相手の思惑の裏をかけということです。

  ≪余談≫
 営業時代、アポイントをとるのが嫌でした。こちらの都合で行動したかったからです。
 飛び込みで、無駄かもしれないれけど直接訪問していました。
 嫌がられるかぎりぎりのところですが、物事がうまくいく場合は、このほうが成功率が高かったのではないかと思います。必ずうまくいくという確信がある場合は、アポイントを取って訪問していました。
 電話の場合は、断わられやすいのです。
 逆に、断りたいときは、面と向かって言うのではなく、「しばらく考えます」とその場で拒絶せず、その面談の後で電話で断っていました。声だけですから、プレッシャーを感じなくてすむためです。
 また、しつこく迫られることもありません。情に流されず、合理的に判断することができます。

 営業に形はありません。
 相手によって、その仕方は変わります。
これが、兵法の「無形」という考え方です。

 もちろん、体制とか仕組みとかは必要です。しかし、現場では、臨機応変に対応する必要があります。
この事を、孫子は、「微妙、微妙、最高の形は無形だ。神秘、神秘、最高の音は無音だ。」と言っています。
 営業は、理屈や合理的な説明ではなく、情で説得します。
 今まで、住宅の営業をやってきた中で一番うれしかった顧客の言葉があります。
「よし、わかった。契約しよう。私は、あなたの会社ではなく、あなたを信用してあなたと契約する。」
 住宅の建築は、その顧客にとって一生に一度かもしれない、大きな買い物です。しかも、まだ建っていないのですから、その現物を確かめることができません。信用されるかどうかが勝負です。 ですから、物を売る前に、自分を売る必要があります。
 この事を学んでから、営業活動はずいぶん楽になりました。自分を信用してもらえるまでは、住宅の話をしないようにしたのです。相手の希望や夢を聴き、共感することを心がけました。それさえできれば、顧客から自然と住宅の相談をするようになってきました。
 これが、「兵法」なのです。


十人で敵の一人を攻める 

人間の能力には、対して差がないのですから、相手に勝利するためには、相手の弱い部分を責める必要があります。孫子は、次のように述べています。

 進撃した場合に敵がそれを防ぎ止められないのは、敵のすきをついたからである。
 後退した場合に敵が追うことのできないのは、身方がすばやくて追いつけないからである。
 そこで、こちらが戦いたいと思うときに、敵がたとえ土塁を高く積み上げ、堀を深く掘っても、どうしてもこちらと戦わなければならないようにするのは、敵が必ず救いの手を出すところ(弱点)を、こちらが攻撃するからである。
 こちらが戦いたくないと思うとき、地面に区切りをかいて守るだけで、敵にはこちらと戦うことができないというのは、敵の向かうところ(思惑)をはぐらかすからである。

 正々堂々と戦うというような考え方は孫子にはありません。

「人に形せしめて我に形無ければ、則ち我は専まりて敵は分かる」

・・・そこで、敵にははっきりした態勢をとらせて、こちらは態勢を隠して無形であれば、こちらは集中するが敵は分散する。
 こちらが集中して一団になり、敵は分散して十隊になるというのであれば、その結果は、こちらの十人で敵の一人を攻めることになる。

  ≪余談≫
 大企業であっても、細かく担当部署が分かれている場合、専門的にその仕事をしている人の人数は少ないです。
 ある企業の研修を担当している部署には、三名しかいませんでした。その方の知識は、多数の企業を相手に研修している私の知識や経験にはかないません。
 つまり、専門集団として仕事をしているコンサルタントの力を借り、大企業の研修を行っている場合がほとんどなのです。企業の担当者は、つい外部の講師に頼ってしまいます。
 そして、時代時代で、ちょっとした研修の流行があり、外部のコンサルタントの情報、アドバイスが、その大企業の経営方針を変えてしまう場合も少なくありません。
 現場の事情がよく分かっている内部の人間が研修するのであれば、実行性があるとは思いますが、膨大なお金を支払って、サギに会うようなものです。
 

少勢を攻めよ 

「我は衆にして敵は寡なり」

 ・・・つまりこちらは大勢で敵は小勢である。
 大勢で小勢を攻撃していくことができるというなら、こちらの戦いの相手はいつも弱小である。
 こちらが戦おうとする場所も、敵にはわからず、こちらが戦おうとする時期も敵にはわからないとすると、敵はたくさんの備えをしなければならず、敵がたくさんの備えをすると、相手はいつも小勢になる。
 だから、前軍に備えをすると、後軍は小勢になり、後軍に備えをすると、前軍が小勢になる。
 左軍に備えをすると右軍が小勢になり、右軍に備えをすると、左軍が小勢になる。
どこもかしこも備えをすると、どこもかしこも小勢になる。
 小勢になるのは、相手に備えをはかる立場だからである。
 大勢になるのは、相手に備えをさせる立場だからである。
 そこで、戦うべき場所がわかり、戦うべき時期がわかったならば、遠い道のりでも、合戦すべきである。
 戦うべき場所も時期もわからないのでは、左軍も右軍も、前軍も後軍も助けあうことができず、まして遠いところではなおさらである。
 私が考えるに、越の国の兵士がいかに数多くても、とても勝利のたしにならないだろう。敵はたとえ大勢でも虚実の働きで分散させて、戦えないようにしてしまうのだ。

  ≪余談≫
 孫子は、攻撃の大切さをこのように述べています。
  兵力の多いか少ないかによって勝敗が決まるものではなくて、相対的なものであり、勝利の条件を作り出すのは人間なのです。
 とかく大企業の場合は、「大企業病」といって、革新的なこと、実験的なことに対して臆病であり、組織改革のスピードが遅く、気がついたら時代に合わなくなってしまったという事例が多いと思います。
「変革することが、伝統を守ることだ」といって、あの松下電器はパナソニックに変わりました。
 過去の成功体験を捨てることは、大変なことです。
 多人数で話し合ってもうまくいきません。
 リーダーの決断で、変えるしかありません。
 今日の兵力とは、情報ではないかと思います。
 相手よりいかに多くの情報を持っているかが、勝敗の分かれ目だと思っています。
 

無形に至る 

組織の形は、状況によって変化すべきです。
 そこで、戦いの前に敵情を目算してみて、利害損得の見積を知り、敵軍を刺激して動かしてみて、その行動の基準をしり、敵軍のはっきりした態勢を把握して、その敗死すべき地勢と破れない地勢とを知り、敵軍とこぜり合いをしてみて、優勢な所と手薄な所とを知るのである。

「兵を形すの極は、無形に至る」

・・・そこで、軍の形をとる極致は、無形になることである。

 無形であれば、深く入り込んだスパイでも嗅ぎつけることができず、知謀優れたものでも、考え得ることができない。
 相手の形がわかると、その形に乗じて勝利がえられるのであるが、一般の人々にはそれを知ることができない。
 人々は皆、身方の勝利の有り様をしっているが、どの様にして勝利を決定づけたかというその有り様は知らないのである。
 戦って打ち勝つ有り様は、二度とは繰り返しがなく、相手の形のままに対応して、きわまりがないのである。

≪組織の形は、常に変化しなければなりません。
 このような自由な組織形態では、京セラの「アメーバ組織論」というのがあります。少人数の集団に、それぞれ独立した責任を持たせ、ある程度自由に活動させる方法です。
 大企業の中に、いろいろな中小企業が集まっているようなイメージです。このような組織ですと、組織が拡大すれば、また細胞分裂をして小集団を形成しますから、時代の変化に対応しやすいのです。大企業の中央集権的な組織は、変化に対応できません。≫

 そもそも、軍の形は水の形のようなものである。

 水の流れは高いところを避けて低いところへと走るが、軍の形も敵の備えをした実のあるところを避けてすきのあるところを攻撃する。
 水は地形のままに従って流れを定めるが、軍も敵情のままに従って勝利を決定する。

「兵に常勢なく、水に常形なし」

・・・軍には決まった勢いというものがなく、水には決まった形がない。
 うまく敵情のままに従って変化し、勝利をかち取るものは、神妙である。

  ≪余談≫
 この考え方ですと、中期目標や長期目標の無理というのがわかります。
 膨大な時間と手間とお金をかけて、企業の戦略を立て、実行しようとしても、実際に行動し始めた時には、事態が変化しそのシステムは古くなってしまっています。そこで、また手直しをしたり見直しをして、実行しようとしてもうまくいきません。
 MBO「目標管理」というマネジメント技法が一時はやりましたが、うまくいっていない企業がほとんどです。
◆MBO(目標管理)について
MBO(Management by objective)の基本原理は、目標設定と自己統制による管理です。 上司と部下とのコミュニケーションの確立、目標設定などを通じて、仕事に対する意欲を高めることができると言います。
 MBOの考え方は、単に目標を与え結果を評価し、そのことによって人を管理するものではなく、自発的に上位の目標に合わせた目標を立て、自己実現を目指すものです。
 そのために、まず、上司は企業のビジョンや統括する部署の目標を明示し、これからどのように企業や所属する部署が進んでいくのかを示す必要があります。
 これにより、上位の目標に対して自分が何をすべきなのか、自分の仕事がどのような意義を持つのかが明確になります。
 それが、仕事に対する強い動機付けとなり、社内での自分の存在意義にもつながります。
≪これが、MBOが説明している内容です≫
 個人の目標とか自己実現という観念は、それぞれに異なりますし、実際にビジョンと言われても「旅行をしたい」とか「お金を貯めたい」とか、その程度のものです。文章だけは立派なのですが、血の通っていない理論だと感じます。
 もともと「自己実現」という意味がわかりません。自分のことだけ、自分の欲求だけを追求するようなイメージがあります。自己の欲求は必然的に肥大化するものですから、満足することはありません。
 のどが渇いて、塩水を飲めば、ますますのどが渇き、もっと水をほしくなります。どこまでも追及するだけで、平和を感じることはできないのです。
 また、仕事の意義と言いますが、利潤追求だけが目的の仕事に、意義を感じることはありません。
 社会のために役に立つとか感謝されることに仕事の意義はあります。そして、それを評価することは不可能です。また、その必要もありません。
 目標とか自己実現より大切なのは今です。今の自分に感謝して、満足することができればそれでいいのでないかと思います。そして、明日も感謝して生きていきたいと「目標」を立てればよいのでないでしょうか。

 インナーマネジメントではこのMBOについては、成果主義の弊害として、否定的な考えをしています。目標設定と自己統制という考え方は、一部のエリートの論理です。難しすぎるのです。
 

第七章 

機先を制する争い(軍争篇)

 戦いを前にして機先を制する法を述べた将論、つまり、ビジネスを始める前に、ライバルに先んじるためのリーダーシップの理論だと解釈できます。
 孫子は次のように言っています。

 およそ戦争の原則としては、将軍が主君の命令を受けてから、軍隊を統合し、兵士を集めて敵と対陣し、止まるまでの間で、軍争「機先を制する争い」ほど難しいものはない。

「迂を以て直と為し、患を以て利と為す」

・・・軍争のむずかしいのは、廻り遠い道をまっすぐの近道にし、害のある事を利益に転ずることである。

 廻り遠い道をとってゆっくりとしているようにみせかけ、敵を利益でつってくずぐずさせ、相手よりも後から出発して、先に行き着く、それが遠近の計「遠い道を近道にする謀りごと」を知るものである。

≪この「遠近の計」とは、自分は決断できていないようなそぶりを見せつつ、相手を油断させ、その事業のリスクを強調して相手が決断するのをためらうようにして時間を稼ぎ、実はそのリスクを覚悟の上で、相手より一歩先んじて行動するということです。≫

 だから、軍争は利益を納めるが、また危険なものである。

≪ハイリスク、ハイリターンのことです。以下の文章は、組織の行動のバランスの大切さを具体的に述べています。≫

 もし全軍こぞって有利な地を得ようとして競争すれば、相手より遅れてしまい、もし軍隊にかまわずに有利な地を得ようとして、競争すれば、輸送隊は捨てられる事になる。

 こうゆうわけで、よろいをはずして走り、昼も夜も休まずに道のりを倍にして強行軍し、百里の道のりで有利な地を得ようと競争するときは、三将軍とも、捕虜にされる。
 (その理由は)強健な兵士は先になり、疲労した兵士は後に遅れて、その割合は十人のうち一人が行き着くだけだからである。

 五十里の地で有利な地を得ようとして競争するときは、上将軍がひどい目にあう。(その理由は)その割合は半分が行き着くだけだからである。
 三十里の先で有利な地を得ようとして競争するときは、三分の二が行き着くだけである。
 以上によって、軍争のむずかしい事がわかる。

 現代のビジネスに置き換えて考えます。
 企業の新規事業を考えるとき、全員の同意を得て判断しようとすれば、チャンスに乗り遅れます。
 チャンスだと思って一人だけ先行すれば、後がついてこれず、お金もなくなり孤立します。  強行軍で突っ走ると必ず脱落者が発生します。難しければ難しいほど、うまくいかなくなります。
 リーダーの難しさはここにあります。
 では、リスクを回避するためには、どのような方法が良いのでしょうか。
 孫子は、自社内の知識だけでなく、外部の組織を利用しなさいと述べています。

 そこで諸候たちの腹の内がわからないのでは、前もって同盟する事ができず、山林や険しい地形や沼沢地などの地形がわからないのでは、軍隊を進める事ができず、その土地の案内役を使えないのでは、地形の利益を収める事ができない。

 つまり、他社と業務提携、協力をして、その事業の環境や将来性などを、プロ(案内役)から学びなさいということです。

≪余談≫
 新しいニーズを創造するには、一人の力だけでは難しく、協力者を集めることから始めるべきです。
 人に先んじて、新商品を開発し、その利益を独占しようという考え方では、その業界の発展は難しく、結果的に失敗してしまいます。

 福岡に「ふくや」という博多明太子の会社があります。苦労をして、「辛子明太子」という商品を開発しました。それ以前は、「たらこ」という食品はありましたが、「めんたいこ」とは商品名です。
 現在では、いろいろな明太子が売り出され、商品としての市場の認知も広がりましたが、そのきっかけは、辛子明太子の製造工程を公開したことです。
 その理由は、明太子は商品ではなくて、食品であるという創業者の考え方でした。その味を争うことで、市場が広がり、商品として認知され売り上げが伸びていきました。
 つまり、商品販売を拡大するために、その業界を形成しようとしたのです。ライバルが競争しあうことでその業界の発展があります。
 もちろん、特許権や著作権などの権利によるビジネスモデルもあります。
 マイクロソフトなどのビジネスの方法も利潤追求のためには正しいのかもしれませんが、私には「自然」ではないような気がします。
 無料のビジネス、グーグルのような会社も成り立っていますし、リナックスのようなフリーソフトという概念のビジネスモデルが存在しています。
 多様な世界が広がるのが「自然」ですから、一つの方法ですべてを管理するような考え方は行き詰るのではないでしょうか。


風林火山 

「兵は詐を以て立ち、利を以て動き、分合を以て変を為す者なり」

・・・そこで、戦争は敵の裏をかく事を中心とし、利のあるところにしたがって行動し、分散や、集合で変化の形をとっていくものである。

≪以前、解説しました「奇道」と同じ意味です。冷酷なまでの現実主義と言いましょうか。 人間の本質は、「真」ではなく「詐」であり、「誠」ではなく「利」で動くと断じているのでしょうか。
 必然的に分散や集合を繰り返し、「永遠」というものもない。
このように言っていますが、よくよく考えてみますと、まだ、その言葉の奥があるのではないかと思っています。
・・・その言葉の裏にある、「何か?」です。
 このような人間の本質があるからこそ、「兵は国の大事」であり、軽々しく争ってはいけないのだと、第一篇に述べています。
 人間の情とか、義とかは関係がないというこの考え方を、武田信玄が取り入れました。 彼の人間性がよく表れています。そして、これが日本の戦国時代の常識でした。
 それに対して、上杉謙信は、義を掲げたのですから、面白いものですね。武田家は滅ぼされ、上杉家は生き残ります。
そして、次の有名な言葉が続きます。≫

「その疾きこと風の如く、その徐なること林の如く、侵掠すること火の如く、  動かざること山の如く、・・」

風のように迅速に進み、林のように息をひそめて待機し、火の燃えるように侵奪し、暗闇のようにわかりにくくし、山のようにどっしりと落ちつき、・・・
≪実はこの後に、次のような言葉が続きます。≫

知り難きこと陰の如く、
動くこと雷震の如く

 雷鳴のように激しく動き、村里をかすめとって兵糧を集めるときには、兵士を分散させ、万事よく見積もりはかったうえで、行動する。
 相手に先んじて、遠近の計を知るものが、勝つのであって、これが軍争の原則である。

≪余談≫
 この言葉のすごさの前に、説明の言葉が見つかりません。相当の力量がなければ、このように行動することは難しいのではないかと考えます。
 この「知り難きこと陰の如く」とは、どう解釈すればよいのでしょうか。
 外見からでは、内部の心はよくわからない、なかなか、人の心を覗くことは難しいとでも、約すのでしょうか。また、人に、自分の心の内を見せてはいけないとも約すのでしょうか。 いろいろな意味を含んでいるものだと思います。
 マンションを販売していた当時、自分の考えを悟られてはいけないと、わざと声を低くして、人と話している時期がありました。自分が自分で無いようで、なかなか気持ちがいいものです。
 常に意識しており、自分で変だと認識していますから、気持ちをセーブすることができます。
 だから何なのと言われれば、それまでですが、当時は、これが兵法だなどと考えていました。恥ずかしい限りです。いまでも時々、意識することがありますが、すぐに地が出ます。 なんせ、人がいいものですから。笑


大部隊を働かせる方法 

 古い兵法書には「口でいったのでは聞こえないから太鼓や金の鳴りものをそなえ、指し示しても見えないから旗やのぼりを備える」とある。

 そもそも、鳴りものや旗というものは、兵士たちの耳目を統一するためのものである。 兵士たちが集中統一されているからには、勇敢なものでも勝手に進む事ができず、臆病なものでも勝手に退く事ができない。
 したがって、乱れに乱れた混戦状態になっても乱される事かなく、前後がわからなくなっても打ち破られる事がない。

 これが大部隊を働かせる方法である。

≪現代の大企業などに当てはめて考えてみます。≫
「太鼓や金の鳴りもの」と言えば、企業のブランドや看板、社是だと思います。 この必要性と考えれば、この文章はよく理解できます。

 だから、夜の戦いには、火や太鼓をたくさん使い、昼の戦いには旗やのぼりをたくさん使うのは、兵士たちの耳目を変えさせるためである。
 だから、敵の軍隊については、その気力を奪い取る事ができ、敵の将軍についてはその心を奪い取る事ができる。

≪大企業のブランドイメージの威力です。社員も、この名刺の威力を感じます。信用の大切さを言っているとも言えます。社員は、それによってプライドを持ち、モチベーションも上がります。≫

≪余談≫
 私は当時「人材育成コンサルタント」という名刺を持っていましたが、企業を訪問するときにこの名刺の威力を感じました。個人企業の名刺では、受付で断られる場合も多いのですが、この名刺を出しますと、とりあえず担当者には会えることができました。

「朝の気は鋭、昼の気は惰、暮れの気は帰」

・・・そういうわけで、朝方の気力は鋭く、昼頃の気力は衰え、暮れ方の気力はつきてしまうものであるから、
 戦争のじょうずな人は、
その鋭い気力を避けて、衰えて休息を求めているところを撃つが、
それが、気力について打ち勝とうとするものである。

≪営業を長年していますと、訪問のタイミングというのがあるのがよくわかります。 たとえば、お店ですと、午前中は忙しく、よく話を聞いてもらえません。 午後二時過ぎに訪問すると成功する確率が高くなります。 昼食後、相手がのんびりしている時間帯を狙います。 警戒心が薄れていますので、入っていきやすくなります。≫

 また、治まり整った状態で、混乱した相手に当たり、冷静な状態でざわめいた相手に当たることが、それが、その心について打ち勝とうとするものである。

≪短い時間で、相手の性格を知るためには、怒らせることが有効です。わざと気に入らないような質問をして、相手を不快な感情にすれば、本性が現われます。就職の面接官は、わざと厳しい質問をしたり、予想もできないような問いをして、相手の対応を観察します。まさに、相手を混乱させるのです。≫

 また、戦場の近くにいて、遠くからやってくるのを待ち受け、
 安楽にしていて、疲労した相手に当たり、
 腹いっぱいで飢えた相手に当たることが、
 それが、戦力について打ち勝とうとするものである。

≪自分の優位な立場を維持すること。できれば、相手の事務所に出ていくのではなく、相手をこちらの会社にこらせて、商談を行うほうが、優位に立てます。また、立場の優位なほうが、動きませんね。≫

 また、よく整備した旗がならんでいる場合は、戦いをしかけることをせず、
 堂々と充実した陣だてには攻撃をかけない。
 それが、敵の変化を待って、その変化に打ち勝とうとするものである。

≪戦いは、相手のすきを突くものですから、すきがなければなかなか攻めることはできません。相手の変化を待つという考え方も、兵法です。≫


第八章 

九つの原則(九変篇)

孫子は次のように言っています。

<戦争の9原則「九変」>
1.高い丘にいる敵を攻めてはいけない。
2.丘を背にして攻めている敵は、迎え撃ってはならない。
3.険しい地勢にいる敵には、長く対持してはならない。
4.偽りの誘いの退却は、追いかけてはならない。
5.鋭い気勢の敵兵には、攻めかけてはならない。
6.こちらを釣りにくる餌の兵士には、食いついてはならない。
7.母国に帰る敵軍は、引き留めてはならない。
8.包囲した敵軍には、必ず逃げ口をあけておく。
9.進退きわまった敵を、余り追いつめてはならない。

≪ 戦争をする場合の九つの原則の内、1.2.3.は場所取りについて述べています。 いい条件で戦えと言っています。
4.5.6.は、戦う相手の様子をよく観察せよということです。敵の勢いを判断して対処すべきです。
7.8.9. はなかなか面白く、勝利のための原則を述べています。特に「8.包囲した敵軍には、必ず逃げ口をあけておく」というのは、逃げだした相手は、気力を失っていますから、追いかけて殲滅したほうが良いという考え方です。
 決して、追い詰めずに許すという意味ではありません。一度後ろを向くと勇気がなくなり、また戦おうとするまでに長い時間がかかってしまいます。一度逃げたら、よほどのことがない限り二度と立ち上がれないのです。≫

 追い詰めると、当方にも損害が出るので、追い詰めるなと言っているのであり、許すということではないのです。現実的な「利」を追い求める合理的な方法としての「九変」です。
 あくまでの当方の利を得るために行動するのが「兵法」の現実です。

≪余談≫
 この「包囲した敵軍には、必ず逃げ口をあけておく」という考え方には、特に感銘を受けました。相手は必死に抵抗するので、味方も被害を受けます。勝ち過ぎはよくないのですから、許して味方にするほうが得です。

 またまた、マンション事業を失敗したころの話です。
 私をこの事業にかかわらせた○○学会の先輩、彼は途中でこの事業から逃げ出したことは、既にお話ししました。
 副社長は、このことが許せませんでした。
 ある工務店が騙されて、このプロジェクトが動き出したとき、副社長は、先輩にわざと電話をしたのです。
「今までのことは水に流して、ぜひ力をお借りしたい。助けてください。」
 実は、これは彼の策略だったのです。
 私は、内心もやもやしたものがあったのですが、現実にマンションの販売に人が足らず、営業できる先輩を利用するのも兵法かなという程度に思っていました。

 先輩も、利によってつられて来ました。恥ずかしげもなく、また仕事を手伝うことになりました。
 しかし、全く営業できなかったのです。 以前は、すご腕の営業マンとして、働いていたのですが、以前このブログでも述べたように、破産状態になり、それ以降、全くパワーが無くなっていました。使い物にならなくなっていました。一戸もマンションを売ることができないのです。
 三か月ほど、(もちろん成果があがらないので)無給で働き、彼は体調を崩したとか言い訳を言って、会社に来なくなりました。
≪信用を取り戻すチャンスだったのですが、○○学会などという外在神に頼る弱い心では、無理だったのでしょう。≫
 一度、逃げる癖がついた人間は、二度と前を向く勇気がなくなるのでしょうか。全くの期待はずれでしたが、先輩を利用しようとした自分も責められます。
「貴方とはこれ以上付き合えない」と最後通牒をだして、それ以後連絡することをやめました。
 当時、孫子を勉強していましたから、この「九変」は知っていました。会社が倒産して、一人取り残されたとき、社長や副社長のせいにして逃げ出すことは可能でした。
 もし、この時逃げだしていたら、今の仕事を得ることはできなかったと思います。私の人生の分岐点でした。
 逃げずに前を向いて進み、すべてを無くしました。
 そして・・・、はじめて人生から助けてもらえたのだと思っています。


君命に受けざる所あり  

 何事も原則はあるのですが、例外もあります。
 孫子は次のように言っています。

<「五利」>
1.道路は、通ってはならない道路もある。
2.敵軍は、撃ってはならない敵軍もある。
3.城は、攻めてはならない城もある。
4.土地は、争奪してはならない土地もある。
5.君命は、受けてはならない君命もある。

≪社長の命令であっても時には従わない命令もあるというこの言葉は、強烈ですね。本当に会社のため、その社長のためを思えば、管理職としてこの一文を心すべきです。
 上下の信頼関係があれば、このような行動をとることは可能ですが、現実には、このことで関係がまずくなり、会社を辞めたという話をよく聞きます。≫

 実は、春秋戦国の当時、君主がひとたび将軍を任命すると、出陣から帰陣まで、その将軍に一切を任せるのが最も合理的なやり方とされ定法になっていました。
 ですから、当時の常識を述べただけなのです。
 現代は、途中で何かと横やりを入れますが・・・。
 孫子は、次のように言っています。

 そこで、「九変」の利益によく精通した将軍は、軍のもちい方をわきまえたものであるが、それに精通していない将軍は、たとえ、戦場の地形がわかっていてもその地の利益を獲得することはできない。
 軍を統率して、「九変」の利益がわかりもしないで、「五利」がわかっていても、兵士たちを十分に働かせることはできない。

≪害の中に利があり、利の中に害があるということを理解せよと言っています。≫

「智者の慮は必ず利害に雑う」

・・・智者の考えというものは、必ず利と害を混ぜ合わして考える。

 利益のあることには害になる面を合わせて考えるから、その仕事はきっと成功する。
 害のある仕事には利点を合わせて考えるから、その心配ごともなくなる。

≪以前教わった営業の心得です。
「無駄と思われる行動の中にも、何か得るものがある。お客との交渉事は電話で済ませるのではなく、必ず足を運べ。たとえ留守でも、名刺を置いてくるだけでも良い。」
 ずぼらな三流営業マンでしたから当初この意味がよく理解できませんでした。しかし、何度か通ううちに、わかりました。
 相手は、留守の時に私が訪問したことを覚えていて、それが「すまない」という気持ちになり、結果、対応が好意的になったのです。
 熱心としつこいは紙一重です。しつこい営業が熱心に変わった瞬間に、営業はうまくいきます。≫


「諸候を屈する者は害を以てし、諸候を役する者は業を以てし、  諸候をはしらす者は利を以てす」

・・・こうゆうわけで、外国の諸候を屈服させるには、その害となることをしむけ、外国の諸候を使役するには、手をつけずにおれないような事業をしむけ、外国の諸候を奔走させるには、その利益になることをしむける。
 つまり、仕事を与えて使役し、利益を与えて奔走させるのです。

≪諸侯とは「他社」や「同僚・部下」と置き換えることができます。≫

「その来たらずをたのむこと無く、」

・・・そこで、戦争の原則としては、敵のやって来ないことをあてにするのではなく、いつやって来ても良いような備えを頼みとし、また、敵の攻撃しないことを頼りとするのではなく、攻撃できないような態勢がこちらにあることを頼みとする。
 このような戦略を行うためには、まず自社の態勢が一番大切であると述べています。組織としてのまとまりということです。そのためには、管理職の資質が最も大切です。


廉潔は、辱められる 

孫子は、将軍にとっての「五危」、以下の事柄が危険であると言っています。
1.決死の覚悟でいるのは、殺される。
・・・死を覚悟すると自分の命を軽々しく扱い、攻撃が猪突猛進となり、敵に殺されることになってしまいます。つまり、最初から覚悟を決めてしまうと、途中で、生き延びる手段があっても目に入りません。

2.生きることばかり考えているのは、捕虜にされる。
・・・生き残ろうとすると死を恐れる気持ちが強くなり、行動が優柔不断となり、敵に捕まることになります。つまり、何が何でも生きようとすれば、そのことに執着するあまり、潔さが失われ、最後は虜になるしかありません。

3.気が短いのは、侮られて陥る。
・・・激昂しやすい性格ですとすぐ相手の挑発にすぐ反応してしまい、策略に乗せられ、敵に侮られることになります。考えが浅いと思われ、侮られることになります。

4.廉潔は、辱められる。
・・・清廉潔白であれば、名誉とか大義を重んじるようになり、挑発しようとする敵に辱められることになります。

≪辱められることが最大の苦しみになれば、侮られやすいのです。≫

 潔癖症が過ぎると、それに拘って、返って、辱められることになります。
 清濁併せ呑むとかいいますが、清水には魚もすめないものです。
 企業経営で管理職は、決して、コンプライアンスを無視しするというのでなく、過敏になってはいけないということです。

5.兵士を愛するのは、苦労させられ、疲れる。
・・・部下を大事にしすぎると、厳しい命令を出しにくくなり、敵を打ち破るために苦労させられることになり、自分だけがストレスで疲れ果ててしまいます。

 プロジェクトのリーダーがチームのメンバーに配慮するのはよいけども、わがままや甘えを放置していたのでは、統制が利かなくなり、煩わされることになります。
 リーダーがこのような行動をとれば、それはリーダーの過ちであり、プロジェクトは失敗します。

 将軍としての過失であり、戦争をするうえで、害になる。
 軍隊を滅亡させて、将軍を戦死させるのは、必ずこの「五危」のためであるから、十分に注意しなければならない。
つまり、将軍が戦死して、部隊が全滅するときは、必ず上記のどれかに当てはまると言っています。

≪余談≫
 企業経営は、きれいごとではなく、奇道ですから、清廉潔白な経営などありません。利潤をあげなければ企業の存続はないのですから、当り前のことなのです。
 販売員などが、ノルマなどを課せられる時、「自分の貰っている給料の3倍を売上げよ」とよく言われます。 自分の給料以上の売り上げさえ上げればよいではなく、利潤が給料の3倍という考え方です。
 仕入れが100円の品物に500円の定価をつければ、高い・儲け過ぎと思ってしまう販売員は間違いです。
 その品物の価値は、仕入れ値だけでなく、サービスなどの付加価値がついたものですから、お客様がそれだけの価値があると感じれば、それが適正価格です。

 インテリアのルート営業をしていた頃の話です。ある家具屋さんに、売れ残っている「桐のタンス」がありました。
 仕入れ値は、50万円程度で、売価を68万円にされていました。適正な利潤だと思いますが、半年ほど売れ残っていました。高級品で下から、陳列も奥のほうにあり、あまり目立ちませんでした。
 その家具屋さんの「大創業祭」のチラシに、その「桐のタンス」を載せました。陳列も、お店の前のほうに特別コーナーを作り、そこに展示しました。
「特別展示、一台限り本物の「総桐のタンス」、150万円」と書かれていました。なんと、そのチラシを見て、客がついたのです。
 店長は、内密にということで、特別値引きとして、30万円値引きし、120万円で販売しました。
 お客様は大変喜び、別の商品もついでに買われて満足して帰られました。
 顧客に満足を与えるのが商売なのですから、これでいいのです。

第九章 

地の利について(行軍篇)

≪同じような趣旨の言葉を何度も繰り返し述べています。≫
 孫子は次のように言っています。

軍隊を置く所と敵情の観察について
 1.山にいる軍隊
  山越えをするには、谷に沿って行き、高みを見つけて、高地にいたり、高いところで戦うときは、上にいる敵に立ち向かってはならない。

≪高みにいたほうが、敵が見やすく、弓矢なども、上から下に向かって射るほうが勢いが増すので有利なのです。≫

2.川のほとりにいる軍隊
 川を渡ったなら、必ずその川から遠ざかり、敵が川を渡って攻めてきたときは、それを川の中で迎え撃つことをしないで、その半分を渡らせてしまってから撃つのが有利である。
 川のそばに行って敵を迎え撃ってはいけない。高みを見つけて、高地にいたり、川の下流にいて、川の上流からの敵に、当たってはならない。

≪川の流れを勢いにして攻めてこられるので不利です。壇の浦の戦いでは、潮の流れが勝敗を決めました。≫

3.沼沢地にいる軍隊
 沼沢地を越えるときは、できるだけ早く通り過ぎ、ぐずぐすしてはいけない。もし、沼沢地で戦うことになったら、必ず、飲料水と肥料の草のあるそばで、森林を背後にして、陣立てをせよ。

≪足場の悪いところでは、力が入りませんし、組織としての行動がうまくできません。≫

 4.平地にいる軍隊
 足場のよい平らなところにいて、高地を背後と、右手にし、低い地形を前にして高みを後ろにせよ。
 これが、「黄帝」が4人の帝王に打ち勝ったことの理由である。

≪余談≫
 この「地の利」について現代風に考えるとどうなるでしょうか。会社の事務所を構える場所で考えると、地価、家賃の高いところは、それだけの理由があるということがわかります。
(私は、九州に住んでいますから、九州の例で恐縮です。)
 たとえば、福岡市の場合、町の名前で、ブランドイメージが変わります。「天神」という名前で、一等地のイメージがあります。
 それだけ経費がかかるので、リスクもありますが、ある派遣会社の社長の話によりますと、事務所が「天神」にあるというだけで、信用がつき、派遣登録の件数が増えるそうです。これが「地の利」です。
 逆のデメリットもあります。競争が激しいのです。
 たとえば、福岡県では、私の会社のようなパソコンスクールは、200~300社ほどあるのではないでしょうか。
≪ 知名度がないので、会社の名刺を出してもなんの効果もありません。それで、公的で通りが良い肩書き、「人材育成コンサルタント」を使っています。≫
 佐賀になれば、十分の一です。競合が少ない分、地方での知名度は上がり、競争も少ないので、商売がやりやすくなります。
 これも、「地の利」です。

孫子は、次のように言っています。

およそ、軍隊の駐屯場所については、
 高地はよいが、低地は悪く、日当たりの良い東南の開けたところがすぐれているが、日当たりの悪い、西北に面したところは劣る。
 健康に留意して水や草の豊富な場所に居り、軍隊に数々の疫病が起こらないのが、必勝の軍である。
 丘陵や堤防では必ずその東南にいて、それが背後と右手になるようにする。
 これが、戦争の利益になることで、地形の援助(地の利)である。

 現代風に考えますと、交通の便や、通信網の整備状況、給排水・下水の完備状況などの条件でしょうか。
 また、人口が多く生活インフラが整備されている都市ほど、「地の利」が良いことになります。人材も集まりやすいからです。



裏を知る 

「地の利」の続きですが、次のように細かく「現状を認識せよ」と述べています。

 上流が雨で川が泡立っているときは、洪水の恐れがあるから、もし、渡ろうとするならその流れが落ちつくのを待ってからにせよ。

 地形に、絶壁の谷間や、自然の井戸や自然の牢獄や、自然の捕り網や自然の落とし穴や自然の隙間のあるときは、必ず早くそこを立ち去って近づいてはならない。
 こちらではそこから遠ざかって、敵にはそこに近づくようにしむけ、こちらではその方向に向かって、敵にはそこが背後になるように仕向けよ。

 軍隊の近くに、険しい地形や池や窪地や葦の原や草木の繁茂したところがあるときは、必ず慎重に繰り返して捜索せよ。これらは伏兵や偵察隊がいる場所である。

≪地形を利用して戦うためには、その有利不利をよく理解しておく必要があります。たとえば工場を地方に建設するのは、地価の安さや工場で働く多くの人員確保が目的です。地価が高くても本社を都心部に置くのは、情報と金融、そして会社としての信用を得るためです。そして、優秀な人材確保が可能になります。≫

 孫子の説明は具体的でわかりやすいです。以下、基本的な戦争の常識を心理学的な視点から述べています。

敵が近くに居りながら静まり返っているのは、その地形の険しさを頼みにしているのである。
 遠くにいながら、合戦をしかけるのは、相手の進撃を望んでいるのである。
 その陣所が平坦なところにあるのは利益を示して誘い出そうとしているのである。
 多くの木々がざわめくのは攻めてきたのである。
 多くの草がたくさん多いかぶせてあるのは、伏兵をこちらに疑わせるためである。
 鳥が飛び立つのは、伏兵である。
 獣が驚き走るのは、奇襲である。
 ほこりが高く上がって前方がとがっているのは、戦車が攻めてくるのである。
 低く垂れて下がっているのは、歩兵が攻めてくるのである。
 諸所に散らばって細長いのは、薪を取っているのである。
 少しのほこりで、あちこち動くのは、軍営を作ろうとしているのである。

≪そして、敵の行動の裏にある思惑を見抜く必要があります。≫

 敵の軍師が、その言葉つきはへりくだっていて、守備を増しているように見えるのは、進撃の準備である。

≪言葉と態度、行動の不一致で、相手の思惑がわかります。丁寧過ぎる言葉を使う人は、なぜか「うさんくさく」感じてしまいます。にこにこ笑っている笑顔の目は笑っていません。≫

 言葉つきは勇ましく、進行してくるように見えるのは、退却の準備である。
 困窮もしていないのに講和を願ってくるのは、陰謀があるからである。

 戦闘用の軽車を前にだし、両横に備えているのは、陣立てをしているのである。
 忙しく走り回って軍を並べているのは、決戦の準備である。

 半分進んだり、半分退いているのは、誘いをかけているのである。


≪余談≫ 「地の利」とは、現代のマーケティング調査で言う、商圏(立地)の選定でしょうか。
 小売業の場合、どの場所(立地)で、どのようなニーズを持った顧客(誰)をターゲットとするかを決定し、最適な業態(店舗)を出店することを計画します。
通常は競争店が少なく、ターゲットとする顧客が多く見込まれる地域に出店します。そのために、出店する地域に対し、事前に商圏や競争店などのマーケティングリサーチを行うのが一般的です。
 小売業は、常に環境変化への迅速で的確な対応を求められています。それができなければ、絶えず変化する顧客ニーズに対応することができず、競争店との生存競争に敗れ、小売業経営の存続すら危ぶまれます。まさに戦争です。

 今日の社会は、情報化、グローバル化などに伴う市場環境の変化を迎え、環境変化のスピードも一段と速さを増しています。このために、将来に対して不確実性の高い社会といえます。 このような時代こそ、戦略が必要となります。
 その手段として、各種のマーケティングリサーチ(市場調査)手法が活用されていますが、孫子は、そのバイブルと言えるのではないでしょうか。


兵にねんごろな将は 

部下の信頼を失っています。以下、まさにリーダー論です。

 兵士が杖をついて立っているのは、飢えているのである。
 水汲みが、水を汲んでまず自分が真っ先に飲むのは、その軍が飲料にかつれているのである。

 利益を認めながら進撃してこないのは、疲労しているのである。

≪今がチャンスと思っても、先立つお金がないために設備投資もできず、諦めたことが何度もあります。組織にとって、飢えがどれほど怖いことか。会社を始めて、一番苦労しているのは資金繰りです。≫

 鳥がたくさん止まっているのは、その陣に人がいないのである。
 夜に叫び声がするのは、恐がっているのである。

 軍営の騒がしいのは、将軍に威厳がないのである。

≪ある工場での朝の体操、後ろの数人が、ダラダラと無駄口をたたきながら動いています。会社の規律の乱れがよくわかります。ですから、企業研修を頼まれたら、必ず工場見学、職場内を見させていただいています。その社員のみなさんが出しているオーラを見れば、その会社の風土がわかるからです。
 そして、決してその感想は言いません。差しさわりのない話で「よく会社の雰囲気がわかりました。いい会社ですね・・・」と言うようにしています。
 整理整頓、掃除が行き届いているか、社員の皆さんの表情などを見ます。≫

 旗が動揺しているのは、その備えが乱れたのである。
 役人が腹をたてているのは、くたびれているのである。

 馬に兵糧米を食べさせ、兵士に肉食させ、軍の鍋釜類はみな打ち壊して、その幕舎に帰ろうともしないのは、行き詰まって、死にものぐるいになった敵である。
 ねんごろに、おずおずと物静かに兵士達と話をしているのは、みんなの心が離れているのである。

 しきりに賞を与えているのは、士気がふるわなくて困っているのである。
 しきりに罰しているのは、疲れているのである。

≪社員が辞めたいというと給与を上げる社長がいました。ごね得です。
人に分からないように秘密にするのですが、社員間は皆知っていました。「また始まった」と陰口をたたいていました。もちろん、自分が嫌いな社員には、知らんぷりです。
 人から悪くいわれるのが嫌いで、専務を悪者にして、いい子ぶっている社長がいました。 専務が常に社員を叱っていました。
社長は、社員の前ではニコニコしていて、いい社長なのですが、影で専務に命令していました。とうとう、その専務は社長とけんかして、辞めてしまいました。とたんに、その専務のことを社員の前で悪く言います。本質が見えてしまいました。≫

 はじめは乱暴に扱っておきながら、後にはその兵士達を恐れるのは考えの行き届かない極みである。

 わざわざやってきて贈り物を捧げてあやまるというのは、しばらく軍を休めたいのである。

 敵軍がいきり立って向かってきながら、しばらくしても合戦せず、また撤退もしないのは、必ず慎重に観察せよ。

≪余談≫
 以前、仕事上で社長から了解を得ていたはずなのですが、一ヶ月後、その社長に確認の電話をすると、そんな話は知らないと断られました。
 私は何が起ったのか、理解できず、予定変更しなければならず、大変な思いをしました。
 後で聞いた話なのですが、私をその社長に紹介してくれた部長が、社長とけんかして独立し、同じ仕事を始めていました。
 その社長は、部長が憎くてたまりません。ですから、私にとばっちりが来たのでした。
 その会社は業績が悪化し、その後倒産してしまいました。
 その程度の社長であったことが、原因だと思います。
 一度自分が約束したことを、破るような人間は、その程度なのです。
 信用がビジネスのすべてであるといってもいいと思っています。一度亡くした信用は、二度と元には戻りません。


規模の拡大の危険性 

「兵は多きを益ありとするに非ざるなり」

 ・・・戦争は、兵隊が多ければよいというものではない。

 ただ、猛進しないようにして、我が戦力を集中して、敵情を考え、計かっていくなら、十分に勝利を収めることができよう。
 よく考えもせずに敵を侮るものは、きっと敵の捕虜にされるであろう。

≪組織は大きければ良いというものではありません。適正な規模が大切です。効率が悪くなります。一人の将が管理できるのは30名程度が限界です。軍隊の小隊の編成は、この考え方が基本になっています。しかし、組織は本能的に拡大化を目指します。そして、効率が悪くなって崩壊するのです。≫

≪余談≫
 ある工務店の社長の話です。当初、三人ほどではじめられた小さな工務店でした。バブルの時代、土地を購入し、そこにマンションを建てるという事業がうまくいき、業績が拡大していきました。年商50億円程度の地場では中堅の企業に育ちました。
 しかし、実は自転車操業だったのです。
 規模を拡大するために、銀行から資金を借入れ、その借入金を返済するために、事業規模を拡大し、という繰り返しでした。
 社員も、50名ほどに膨れていました。
 銀行に勧められて、不動産を購入し、そこを開発して分譲しようとしましたが、バブルが崩壊し、土地の価格も下がり、売れなくなり、資金繰りが難しくなりました。それまで助けてくれていた銀行、甘い審査でお金を貸してくれていたそうです。その時、銀行は冷たく見放しました。
 そして、ついに倒産。
 私が、その社長に話を聞いた時、社員は、当初に創業した時の仲間、三人しか残っていませんでした。そして、その社長が、しみじみと私に言いました。
「創業したころは、楽しかったし、儲かっていた。あの頃が一番良かったような気がする。 この仲間と一緒に一生懸命働いて、会社を大きくしたが、借金を返すために働くようになってからは、辛いことばっかりだった。いったい、何のために働いてきたのか。
 今は、実はほっとしている。また、元の仲間とやり直すことができる・・・。」
 金融機関は、自己の利益のために、有望企業に投資し、事業主をあおって規模を拡大させようとします。お金という麻薬は、本当に危険ですね。
 その社長は、自己破産して、すべての財産を失ったのですが、いい顔をされていました。 あれ以来会っていませんが、きっと立ち直って、がんばっておられることと思います。 部下の支えがあるからです。最後は人間力だと思います。

孫子に戻ります。

 兵士達がまだ将軍に親しみ、なついていないのに懲罰を行うと、彼らは心服せず、心服しないと働かせにくい。
 兵士達が、親しみなついているのに、懲罰を行わないでいると、彼らを働かせることができない。

≪これこそ、人間学です。人事管理はメリハリが大切です。≫

≪余談≫
 HONDAの創業者である本田宗一郎は、大企業の社長になっても、バイク製造の現場に入っていき、自分も作業しながら社員と議論を戦わしたといわれています。新入社員であっても、社長に食ってかかっていったという話を聞きました。
 社長と社員がけんかできる職場は、素晴らしいです。お互いの信頼関係がベースにあるからです。文句を言っても許してくれるという安心感があるから、部下は上司に文句を言います。
 皆さんの会社ではどうですか。自由闊達な風土を創造することがインナーマネジメントの目的です。そのためには「上下、志が同じである」必要があります。
 社会の役に立ついい商品を作り出したいという、仕事に対する誠意が必要になります。


組織は法令によって統制する 

「これを令するに文を以てし、これをととのうるに武を以てす」

・・・だから軍隊では、恩徳でなつけて、刑罰で統制するのであって、これを「必勝の軍」という。

 法令が平正からよく守られていて、それで兵士たちに命令するのでは、兵士達は服従するが、法令が平正からよく守られていないのに、それで兵士たちに命令するのでは、兵士達は服従しない。
 法令が日頃から誠実なものは、民衆とぴったり心が一つになっているのである。

 部下を使いこなすには、ムチとニンジンによる人心掌握が必要であるという孫子の人間観がうかがわれます。
 社員が少ない時は、決めごとはあまり必要ではあれませんが、大きくするためには、決まりを明確にすることが絶対に必要です。

◆ビジネスモデルについて

 企業が行っている事業活動、もしくはこれからの事業構想を表現するモデルのこと。 端的に表現すると、「儲けを生み出すビジネスのしくみ」です。ビジネスの設計図といえば、わかりやすいかもしれません。
孫子は、これが大切であると言っています。

 合理的な考え方なのですが、まず「しくみ」を作り、検討するのです。何を検討するかというと、「顧客」「価値」「経営資源(チャネル、ノウハウなど)」です。
つまり・・・
1.誰に対して、どんな価値を提供するのか、
2.そのために、保有する経営資源をどのように組み合わせて、その経営資源をどのように調達し、3.パートナーや顧客とのコミュニケーションをどのようにして図り、
4.いかなる流通経路と価格体系で、顧客に届けるか・・・
という、ビジネスのデザインについての設計思想が「ビジネスモデル」です。

 インターネットの登場によって、既存のビジネスモデルが革新する可能性が広がってきました。このモデルを作り上げるノウハウ自体が、ビジネスになりました。

 たとえば、コンビニエンスという業種は、パソコンによるきめ細やかな対応とロジスティックスの発達により、可能になりました。小売業が、本家のスーパーより売り上げが大きいのですから、新しいビジネスモデルです。個人の能力は必要としなくなってしまいました。

 これが孫子の考え方です。
 人に頼らず、システムを作るという合理的な考え方です。

 そこが、古いタイプの人間にはついていけません。熟練も経験も必要なくなります。

 孫子を知った当時は、このような考え方はしませんでした。年を取ったからでしょうか。 小さなお店での、何気ない会話とか、店員さんとのやりとりに、ほほ笑む自分がいます。 安ければよいという価値観に、ついていけなくなってきました。
 コンビニのおにぎりより、母が作ってくれたおにぎりのほうが絶対においしいです。 空腹を満たすだけが、食事ではないと思うようになりました。

 ところで、アメリカでは、この考え方により、世界標準的なビジネスモデルを作り上げ、グローバル経済が拡大してきました。
 ところが、日本では、各企業バラバラのモデルであり、「言わなくてもわかる」環境で発達していましたから、90年代、急激にグローバル化する経済環境の中で,日本企業が敏速な対応をとれませんでした。
 バブルは崩壊し、それまで欧米やアジアからその成功を畏敬されてきた状況から一転して反面教師の状況に陥ってしまったのです。
 そして、現在、そのグローバル経済も転換期を迎えています。新しい価値観、自由で多様なビジネスモデルが求められていのるではないでしょうか。


第十章 

将の責任について(地形篇)

≪ここでいう場所を、現代の経営環境と考えてみるといいのかもしれません。具体的に分析せよと言われているみたいです。孫子は戦場となる地形を次のように分けています。≫

 場所の形状には次の六つがある。

1.通じ開けた場所(往来が自由で開けた土地)

敵より先に高見の日当たりの良い場所を占めて、兵糧補給の道を絶たれぬようにして戦う。

≪何の障害もない自由な市場の場合は、まず運転資金の確保が大切です。資金さえあればだれよりも早く、「良い場所」を確保します。≫

2.さまたげのある場所(行くはやさしいが帰りが難しい) 

 敵に備えがないときは、出ていって勝てるが、もし、敵に備えがあるときは、出ていっても勝てず、戻ってくるのも難しく、不利である。

≪一度、参入すると撤退することが難しい市場があります。多額の設備投資が必要な場合、リスクが高くなります。≫

3.細かい枝道がある場所(両方にとって不利な土地)

 敵がこちらに益があることを見せても、こちらは、出ていってはならない。むしろ、軍を引いてその場を去り、敵に半分ほど出てこさせてから、攻撃するのが有利である。

≪少ない資金で参入できる市場、紹介手数料を稼ぐようなブローカーなどは、才覚次第で儲けることができますが、難しい仕事です。投資や投機なども、同じです。素人が手を出せるような仕事ではありません。≫

4.狭い場所

 こちらが先にその場所を占めて、敵の来るのを待つべきである。
 もし、敵が先にその場所を占めていれば、敵兵が集まっているときは、そこにかかっていってはならず、敵兵の集まっていないときは、かかっていって良い。

≪許認可が必要な、公的な市場の場合、早く参入し既得権益を守ることが良いです。一度参入できれば、競合が少なく安定した経営環境が得られる場合が多いです。
 私のしている職業訓練という特殊な仕事は、国の予算次第で環境は変わりますが、民間のパソコンスクールに比べると、恵まれた仕事と言えると思います。
 但し、当初の参入については、独特のノウハウがあり、一般的にはその情報は得られないため、知らないことが多くて大変でした。たまたま、時代がよく、「敵兵が少なかったため」うまくいきましたが、現在はこの業界に参入することは不可能ではないかなと思います。≫

5.険しい場所

 こちらが先にその場所を占めて、必ず高みの良い場所にいて、敵の来るのを待つべきである。もし、敵が先にその場所を占めていれば、軍を引いてそこを立ち去り、かかっていってはならない。

≪まず、早い者勝ちの市場です。小売業の店舗の場所は、場所に左右されます。あえて競合するような場所に店舗を構えるのは、危なすぎます。しかし、あえて同じような場所に同じ業種を集め、険しい場所を広い場所にするテクニックもあります。電気街などや、飲食店街などの考え方です。≫

6.遠い場所(両軍の陣地が遠い土地)

 軍の威力が等しいときは、戦いを仕掛けるのは難しく、戦いをかければ不利である。

≪技術的に難しい市場などがイメージされます。戦うのではなくて協力し合うべきです。≫

 これら六つのことは、地形を判断する場合の道理であり、将軍の最も重大な責務で十分に考えなければならない。
 このような経営環境をあらかじめ調べておくことは当たり前のことであり、経営者としてもっとも大切な仕事です。

≪余談≫
 独立して、この仕事を始める時、商工会議所がしている経営塾に参加しました。
いろいろなビジョンを考え、計画書を作成したのですが、五年ほどたって、見返してみますと、いかに甘かったかと思います。
 目標の三割程度しか達成していません。よくつぶれなかったなと思っています。
「とりあえず、後半年は大丈夫かな」と目先のことだけを考えるので精一杯で、経営計画なんて、結局、役に立ちませんでした。
 孫子を勉強していても、実践は難しいです。


六つの敗北原因 

≪次に地形篇では、将軍の責任(過失)による六つの敗北原因を挙げています。≫

 そこで、軍隊の形状には次の六つがある。

1.逃亡する

・・・軍の威力が等しく、十倍の敵を攻撃すると、戦うまでもなく、兵士は逃亡する。

2.ゆるむ

・・・兵士達の実力が強くて、取り締まる役人が弱い場合。

3.落ち込む 

・・・取り締まる役人が強くて、兵士が弱い場合。

4.崩れる

・・・役人の頭が怒りにまかせて将軍の命令に服従せず、敵に遭遇しても、自分かってな戦いをし、将軍はまた、彼の能力を知らない場合。

5.乱れる

・・・将軍が軟弱できびしさがなく、軍令もはっきりしない。役人、兵士達もきまりがなく、陣立てもでたらめな場合。

6.負けて逃げる

・・・将軍が、敵情も考えはかることができず、小勢で大勢の敵と合戦し、弱勢で強い敵を攻撃して、軍隊の先鋒に選びすぐった勇士もいない場合。

 これら六つのことは、敗北の道理であり、将軍のもっとも重大な責務で十分に考えなければならない。
 (自然の災害ではなく、将軍たるものの過失である。)

≪つまり、すべては管理職の責任です。≫

≪余談≫
 免責という考え方があります。
 部下が失敗した場合、いち早く上司に相談すべきです。相談した時点で、その責任は、上司に移ります。企業としての責任になるのです。それが組織の原則なのです。
 部下は失敗するものです。その失敗を叱責することは簡単ですが、どのように対処するかでその上司の価値が決まります。
 責任をとるという覚悟が、上司の上司たるゆえんであり、部下に責任を押し付け、責任逃れするような上司は、二度と信用されません。

 私が住宅会社を辞めた理由の一つにこのことがあります。
 建売分譲した住宅が一年間売れなくて、「新古」として値引きして販売しようということになりました。もちろん営業所の会議で決めたのですが、所長は、その稟議を正式に得ていませんでした。
 私は、了承得たものと早合点し、原価を割って販売してしまい、結果、始末書を書かされました。所長は、営業社員が勝手に販売したと言い訳をして、責任逃れをしました。 もう、この所長の下で働くことがばからしくなってしまいました。

 原価割れで販売した場合、欠損が生じます。その責任は当然管理者が負うことになります。管理職としての評価が下がってしまうのです。

 売れ残っているうちは、簿価で資産計上されますので、含み損はあっても、欠損は出ません。つまり、自分が所長であるうちは、販売するよりも抱えていたほうが良いのです。 サラリーマンは評価がすべてだという考え方であり、会社のためとかお客様のためという発想がありませんでした。
 その所長の本音は、売ることができなかった営業マンが悪いのであって、値引きして売りたくはなかったのに、営業所の会議で、販売促進のためにという大義名分があったので私に反論できなかったのです。
 今思えば、その辺の感情がよくわかりませんでした。

 その物件を値引きしても、顧客獲得のための宣伝広告費と考えれば、全体で利益を確保できると思って、したことだったのですが、自分の評価のことしか考えていなかった所長でした。
 意欲をなくしてしまいました。


主君の命令でも戦わない 

「それ地形は兵の助けなり」

≪状況判断は、あくまでも戦いのための補助的なものです。戦うのは人ですから、それをわきまえておくのは大切ですが、それよりも勢いが大切だと私は思いますが・・・。
 頭の良い人は、この状況判断ばかりで動けなくなってしまう場合が多いのではないでしょうか、最後は、自身の勇気であり、一歩前に進む気持ちが状況を変える場合があります。≫

 敵情をはかり考えて、勝算を立て、土地が険しいか平坦か、遠いか近いかを検討するのが、総大将の仕事である。
 これをわきまえて戦う者はかならず勝つが、わきまえないで戦いをする者は、必ず負ける。

≪この「わきまえる」という概念、物事の道理をよく知っている、心得ているという意味です。その人の人間力だと思います。単なる情報ではなくて、その情報をどのように判断するかが、「わきまえる」という意味だと思っています。≫

「主は戦う無かれというも必ず戦いて可なり、
 主は必ず戦えしいうも戦う無くして可なり」

 ・・・そこで、合戦の道理として、十分勝ち目があるときは、主君が、戦ってはならないといっても、むりにおしきって戦うのがよい。

 逆に、勝てないときは、主君の命令でも、戦わないのが、正しい。功名を求めないで進み、罪にふれることをも恐れないで退いて、ひたすら、人を大切にしたうえで、主君の利益にもあうという将軍は、国家の宝である。

≪余談≫
 上司の命令に従わなくてもよいというこの考え方は刺激的です。
 しかし、その条件としては、常に世のため人のため、そして会社のためになることだという信念に基づいて動くことであり、自分の功利を求めてはならないと言っています。
「私心なく働く」という仕事に対する誠意、これこそインナーマネジメントの基礎概念です。
 実は春秋戦国時代、戦争に負ければ、将軍は必ず殺されていました。そのため、負けがわかると敵方に寝返る将軍が多数いたようです。
 主君は、その危険性があるため、必ず妻子を人質にとり、戦争に向かわせていました。

 当時の管理職は、厳しいものです。勝っても、命令を聞かなかったと叱責されたり、名声を恐れて閉職に追いやられたり、そしてもちろん負ければ死罪です。

 現代でも、こんな会社があるかもしれませんね。特にある外郭団体、公務員の天下りが多いところは、目立つことをせず、ひたすら仕事をしているふりをするような・・・。
 やろうと思えば、一時間程度で、一日分の仕事をしてしまうので、仕事がさばける有能な人は、いやがられるような・・・。いやいや、話がおかしくなりました。

 そして、孫子は次のように言っています。

「卒を見ること嬰児の如し、故にこれと深けい(深い谷)に赴くべし」
「卒を見ること愛子の如し、故にこれとともに死すべし」

 ・・・将軍が、兵士達を赤ん坊のようにみていくと、兵士達と一緒に、深い谷底(危険な場所)にも行けるようになる。
 兵士達をかわいいわが子のようにみていくと、兵士達と生死をともにできるようになる。
 だか、手厚くするだけで、仕事をさせることができず、かわいがるばかりで、命令することもできず、でたらめをしても、それを止めることもできないのは、わがままな子供のような者で、もののやくには立たない。

≪部下をどのように見るかは、現代でもいろいろな考え方があります。孫子も、わが子や赤ん坊のようにいとしみ、しかも甘やかさないと言っています。これも難しいことです。≫




天の時、地の利 

≪この文章も以前述べた百戦危うからず(謀攻篇)と同じような意味です。敵を知り己を知れば・・・これが実に難しいです。≫

 身方の兵士に、敵を攻撃して勝利を収められる力のあることは、わかっても、敵方に備えがあり、攻撃してはならない状況があることを知っていなければ、必ず勝つとは限らない。

 敵にすきがあり、攻撃できる状況があることはわかっても、身方の兵士が攻撃をかけるのに十分でないことがわかっていなければ、必ず勝つとは限らない。

 敵を攻撃できることがわかり、身方の兵士も、敵を攻撃する力のあることはわかっても、土地の有り様が戦ってはならない状況であることを知るのでなければ、必ず勝つとは限らない。

 だから、戦争に通じた人は、軍を動かしても迷いがなく、合戦しても、苦しむことがない。

「彼れを知りて己れを知れば、勝すなわちあやうからず」
「地を知りて天を知れば、勝すなわち全うすべし」

・・・だから敵を知り己を知れば勝利に揺るぎなく、さらに土地(地の利)を知り天(天の時)を知れば、いつでも勝てる。

≪余談≫
 求職者対象のカウンセリングをしていますが、「敵を知らず」に、相談に来られる方があまりにも多いです。ハローワークで求人情報を検索し、応募のための履歴書の書き方の相談があります。
 どんな会社か調べていないので、どのように書いていいのかもわかりません。 どのような職種なのか、従業員は何名いるのかなどを知らずに、給与の金額、週休二日、家から近いなどの条件だけを見て応募されるのです。
 これって全部自分の都合です。
 相手のことを全然考えていません。そして、己を知りません。これでは、採用されることはないでしょう。
  「うちの会社がどのような仕事をしているかご存知ですか?」
「さあーー」
 笑い話ではありません。実際に体験しました。これではだめです。
「志望動機は何ですか」
「はい、家から近いし、仕事が楽そうだったからです。」→絶句
 この程度の考えでは、なにを言ってもダメでしょう。

 そして、「天の時、地の利」を考える必要もあります。
 時代の変化によって、仕事の内容も変化しています。派遣という仕事は、確かに給料もよく、責任もありませんから気楽に稼げる商売かもしれませんが、不況になれば、一番に使い捨てです。
 どんな仕事が良かったか、企業の人気ランキングも時代によって変化しています。将来性を考えることは大変に重要なことです。
 また、都心部で働くと確かに給与はいいのですが、それだけ費用がかかります。田舎では、都会の半分程度の給与かもしれませんが、その分家賃や物価が安く暮らしやすいです。 自分の人生、なにを求めて生きていくかで、生活の場所は変わるべきです。

 刺激を求めるなら都会、安定と安らぎを求めるなら田舎が、自分にとって最も「地の利」がある場所です。
 ちなみに私は「自然の大都会」に住んでいます。贅沢な環境であると満足しています。

第十一章 

死地あり(九地篇)

孫子は次のように言っています。

兵を用いる場合の方法として次の九つがある。

「用兵の法、散地あり、軽地あり、争地あり、交地あり、く地あり、重地あり、ひ地あり、囲地あり、死地あり」 

1. 散地(兵が逃げ散る土地)

諸候が自分の国土の中で戦う場合→戦ってはならない。將は兵士達の心を統一しようとする。

2. 軽地(兵が浮き立つ土地)

敵の土地に入ってまだ遠くない場所→ぐずぐずしてはならない。將は、軍隊を分離せず、連続させようとする。

3. 争地(敵と奪い合う土地)

身方が取ったら身方に有利、敵が取ったら敵が有利な場所→先に取れなければ、攻撃してはならない。將は、遅れている部隊を急がせようとする。

4. 交地(往来の便利な土地)

こちらからもあちらからも行ける場所→軍を切り離してはならない。將は守備を厳重にしようとする。

5. く地(四通八達の土地)

先にそこにゆけば天下の民衆も得られる場所→諸候たちと外交を結ぶ。將は同盟を固めようとする。
≪交通の要所の中心地のことです。多くの企業が集まる場所では、情報交換を密にせよと言っています。≫

6. 重地(重要な土地)

敵の土地に深く入り込み、すでに敵の城や村をたくさん通り過ぎている場所→食料を略奪する。將は食料を絶やさないようにする。

7. ひ地(軍を進めにくい土地)

山林や、険しい地形や、沼沢地など、軍を進めるのにむずかしい場所→すぐに通り過ぎる。將は早く行き過ぎるようにする。

8. 囲地(囲まれた土地)

通って入っていく道は狭く、引き返して戻る道は、曲がりくねって遠く、敵が小勢でわが大軍を攻撃できる場所→奇謀をめぐらす。將は戦意を強固にするために、逃げ道をふさぐ。

9. 死地(死すべき土地)

力の限り戦えば免れるが、戦わなければ滅亡する場所→激戦すべきである。將は軍隊にとても生き延びられないことを認識させる。

 兵士達の心としては、囲まれたなら、抵抗するし、戦わないでおれなくなれば、激闘するし、余りにも危険であれば、従順になる。

 孫子は具体的に戦場を分類し、それぞれの場所での対応の仕方を述べています。特に「死地」についての記述は面白いと感じます。
 死ぬ気でがんばれという表現をよく使いますが、全力を尽くすためには、この「死地」を使うのが最も効果があります。
 スポーツの合宿などは、隔離された場所で逃げ道をふさいで行います。覚悟が違ってきます。
 人間は本能的にこの恐怖から逃れようとしますから、感覚が研ぎ澄まされ、「火事場の馬鹿力」が出ます。異常な興奮状態は、脳に麻酔を打つようなもので、むしろ気持ち良くなったりもします。
 これをビジネスに応用したものが「フロー理論」です。驚くべき発見などが起こります。
 そして、「死地」で生き残るために大切なことは、「フランクル心理学」で言われている「前向きの明るさ」だと思います。
 希望を失わず、決して逃げないことが、「死地」を脱する唯一の方法だと思います。

≪私は、マンション販売に失敗し、すべてのキャリアを亡くした時が、まさに死地だったと思います。逃れることができたのは、覚悟でした。≫




有利な状況を作る 

昔の戦争の上手な人は、
敵軍に前軍と後軍の連絡ができないようにさせ、
大部隊と小部隊とが助け合えないようにさせ、
身分の高いものと低いものとが互いに救いあわず、
上下の者が違いに助け合わないようにさせ、
兵士達が離散して集合しても整わないようにさせた。

 こうして、身方に有利な状況になれば行動を起こし、有利にならなければ、またの機会を待ったのである。

≪企業では、ホウレンソウと言って、報告・連絡・相談が大切だといわれていますが、人と人との関係がすべての基本であることが、2500年前の兵法書に書かれてあるとは驚きです。≫

以下、Q and A 形式で書かれてある珍しい孫子です。

問い→ 敵が秩序だった大軍でこちらを攻めようとしている。
    どのように対処するか。
 答 → 相手に先んじて、相手の大事にしているものを、奪取すれば、敵はこちらの思いどおりになる。

 戦争の実情は、迅速が第一、敵が準備中を利用して、思いがけない方法を取り、敵の備えのない所を攻撃することである。

≪奇襲の有効性を述べています。≫
「正をもって合い、奇をもって勝つ」と同じような意味です。また、相手の不備を攻めるということも述べています。

 以下、私が講座でよく述べている言葉です。

 企業の実力は、鎖のようなものです。その鎖の強さは、引っ張ったときに時にどれぐらいの力でちぎれるかですが、ちぎれるのは、一番弱い部分です。たった一つの鎖が欠陥品であれば、その部分から鎖はちぎれます。それが、その企業の実力なのです。その弱い部分をどれだけ強くすることができるかが、企業研修の目的です。

≪ちょっとかっこがいいのですが、すべての鎖がつながらないと製品にならないのですから、チームワークの大切さの例として話しています。≫

 逆に、攻めるときは、その弱い場所を攻めます。
 離間の策と言います。
 社長と管理職の感情の行き違いを利用して、その管理職を引き抜き、企業の組織内をガタガタにしてしまう方法です。
 とにかく、社長に不信感を持たせれば成功します。
 部下を信じることができない社長は、独断的に物事を進めようとしますから、組織力は半減します。

≪余談≫
 中小企業は、社長の実力が八割というそうです。
 組織を大きくするためには、「あてになる人材」をどれだけ育てるかだと思いますから、この考え方がない企業の成長は、その社長の能力によって決まってしまうのです。

 私も小さな会社の社長なのですが、まず人づくりと言いますか、いい人との出会いとかを常に意識しています。自分がいかに楽になるかが、企業経営のテーマです。
社是「楽しくなければ仕事じゃない」
 ただ、単にさぼりたいだけ、仕事が嫌いなのだの声も聞こえますが、私一人の会社ではなくて、そこで働くすべての社員のための会社になればいいなあと思っています。そして、私の会社と関係する会社の皆さんが笑顔であれば、それが社会貢献です。それで十分です。
 利潤追求を目的とするような企業にはしたくないというのが本音です。だって、一度大変な失敗をしていますから・・・。



戦わずに居れなくなったとき 

敵国に進撃した場合のやり方は、深く国内に入り込み「重地」を占めれば、相手は「散地」となり、抵抗もできず、物資の豊かな地方を略奪すれば、軍隊の食料も豊かになる。

≪戦いではまず「重地」を占めよと言っています。≫

そこでよく兵士達を保養して疲れないようにし、
士気を高め戦力を蓄え、軍を動かして謀慮を巡らし、
その態勢は敵からは、はかり知れないようにし、
軍をどこも行き場のない状況の中に、投入すれば、死んでも、敗走することがない。

 士卒ともに力いっぱい戦うからには、どうして勝利の得られないことがあろうか。

  兵士は、余りにも危険な場所におちこんだ時は、それを恐れず、行き場がなくなったときには、心も固まり、深く入り込んだときは、団結し、戦わずに居れなくなったときは、戦う。

≪ここに心理学的な真理があります。追い詰められて戦わずにおれなくなった時は、誰でも全力で戦うのです。
 その心理をうまく利用するのが、経営者の手腕であると思います。
 私自身も意識的に時間を区切り自分を追い詰めることで、仕事を効率よくこなすことができます。この事に気がついてからもダラダラと仕事をすることがなくなりました。
 用がすめば、時間内であってもサボることにしています。また、したくないと思った時は、思いきって何もしないようにしています。仕事は時間ではなく、その成果で判断されます。集中力なのです。
 残業代稼ぎのために、仕事をしているふりをしながら長時間働き、仕事が大変だと愚痴をこぼしている人がいかに多いか。そんな時間の無駄遣いをするより、楽しい事を考えて頭を休ませましょう。だから、いつも言っています。「楽しくなければ仕事ではない」と。≫

 だから、そういう苦難に落ち込んだ軍隊は、指揮官が整えなくても、よく戒慎し、求めなくとも力戦し、拘束せずとも親しみあい、法令を定めなくても、誠実である。
 怪しげな占いごとを禁止し、疑惑のないようにすれば、死ぬまで心をほかに移すことはない。

≪苦しい時に占いや他人に頼ることは、自分の人生の妨げになります。逃げであることに気づくべきです。≫

 わが兵士達に余った財物がなく、みんな処分するのは、物質を嫌ってそうするのではない。
 残った生命を投げ出すのは、長生きを嫌ってそうするのではない。(やむを得ず決戦するためである。)

 決戦の命令が発せられた日には、士卒で座っている者は、涙で衿を潤し、横にふせっている者は、涙で顔中を濡らすが、こうゆう士卒を、ほかに行き場のない状況の中に投入すれば、皆「専諸」や「曹?(そうけい)」のように、勇敢になるのである。

≪説明≫
 専諸(せんしょ)は、春秋戦国時代末期の呉の人で、呉の公子光の陪臣・伍子胥(ごししょ)の推薦をした人物です。
 王位をねらう呉の公子光(後の呉王)に仕え、焼き魚隠した匕首で呉王僚を刺し殺し、自分も兵たちに殺されました。
 曹?(そうけい)は、春秋時代の魯の勇敢な将です。魯の荘公に仕え、三度斉と戦って敗れ、魯の領地を失ないましたが、後に斉と和睦のとき、斉の桓公(かんこう)に短刀を突きつけ、魯に奪われた領地を返させました。

 この孫子を勉強していた頃、「十八史略」や「史記」を繰り返し繰り返し読んでいました。人間学そのものが、これらの歴史書に書かれており、人間の本性を学びました。

≪余談≫
 逃げ道の有無が、社員の士気に影響を与えるという、現代社会でも立派に通用する心理学です。
 逆に、相手に逃げ道を示すことが、勝利の条件かもしれません。油断をさせることも、同じ考え方です。
 いつも私が行っている言葉。「ピンチはチャンス」とも通じます。



卒然の如し 

共通の利益があれば、敵同士でも助け合うという真理です。

「善く兵を用うる者は、たとえば卒然(そつぜん)の如し」

・・・そこで、戦争のじょうずな人は、たとえば「卒然」のようなものである。

 「卒然」というのは、常山という山にいる(古代の伝説上の)蛇のことである。その頭を撃つと尾が助けにくるし、その尾を撃つと頭が助けにくるし、その腹を攻撃すると頭と尾が一緒にかかってくる。

≪「三位一体の戦法」という言葉があります。この戦法とは、どのような勇猛果敢な武将であっても、三人で同時にかかれば倒すことができるというものです。
 ランチェスターの法則でも、同じようなことが言われていますが、そのルーツは孫子です。≫

問い→ 軍隊をこの「卒然」のようにならせることができるか。

 答→ できる。
  たとえば、呉の国の人と越の国の人とは、互いに憎みあう仲であるが、一緒に同じ船に乗り、途中で台風にあったら、彼らは右手と左手の関係のように密接に助け合うことができる。(有名な呉越同舟の故事です)

≪仲の悪い人間も場合によっては助け合うというのが、呉越同舟の本来の意味なのですが、いまは、「中の悪い人間が同じ場所にいる」という意味で使われます。≫

 したがって馬をつなぎ止め、車輪を土止めして陣を固めても、決して十分に頼りになるものではない。
 軍隊を等しく勇敢に整えるのは、その治め方による。

 剛強な者も、柔弱な者も等しく、十分の働きをするのは、地の理による。

≪この場合の地の利とは、「戦わざるを得ない環境」という意味です。 その環境、現代でいえば「企業風土」でしょうか。これを作り上げることが企業にとって最も大切であり、この考え方が、インナーマネジメントの考え方そのものです。≫

「人をしてやむを得ざらしむるなり」

 ・・・戦争のじょうずな人が、軍隊をまるで手をつないでいるかのように一体にならせることができるのは、兵士達を戦うほかにどうしようもないような条件の下におくからである。
≪同じようなことを繰り返し述べています。≫

 共通の利益があれば、誰でも協力し合うという人間学です。現実的で合理的な孫子の考え方です。

≪余談≫
 確かにこの考え方は正しいとは思いますが、人間的に甘い私としては、少しさびしく思います。つまり、共通の利益がなくなれば、わかれることになるからです。
 仕事を立ち上げる時、共通の利益に向かって協力し合ったのですが、儲かってゆとりが出ると、その利益を分けることが惜しくなり、独占しようとしてしまいます。その結果、仲たがいして、わかれることになります。

「交流分析」では、条件付きのスロトークと言います。
「あなたはお金持ちだから、好きです。」という、条件を付けた上で、相手を認める行為です。
 こうして結婚したら、お金持ちでなくなったとたんに、離婚です。
最近、よく聞く「熟年離婚」などは、この考え方だと思います。
「今まで、お金を稼いできたから、我慢して耐えてきた・・・」
 さびしいですね。

 孫子の言う「共通の利益」とは、利という現実的な欲というより、共通の「志」と考えればどうでしょう。それだと、人間普遍の目的になるのですが・・・。



将の人間性について 

そして、次に孫子は将の人間性に触れています。

 将軍たる者は、物静かで奥深く、正大でよく整っていなければならない。
士卒の耳目をうまくくらまして、軍の計画を知らせないようにし、
その仕方をさまざまに変え、
その策謀を更新して人々にきづかれないようにし、
その駐屯地を転々と変え、
その行路を迂回して、推しはかられないようにする。

 軍隊を統率して任務を与えるときは、高い所に登らせてから、そのはしごを取り去るようにし(行き場をなくす)、深く外国の地に入り込んで決戦をするときは、羊の群れを追いやるようにする。
 追いやられてあちこちと右往左往するが、どこに向かっているかは、誰も知らない。

 全軍の大部隊を集めて、そのすべてを危険な土地に投入する。
 それが将軍たる者の仕事である。

 「九地」に応じた変化、情勢によって軍を屈伸させることの利害、そして、人情の自然な道理については、十分に考えなければならない。

 これは、すごいことです。
 兵には、すべての情報を与えるのではなく、また、兵に将の計画を知られないようにせよと言っているのです。
 確かに、どこにスパイが入り込んでいるかもしれませんし、秘密の情報を漏らしてはいけません。信用してはいけないのです。
 というより、部下の考え方は上司ほど広い視野で考えていないことが多く、間違っている場合も多いものですから、部下の性格によって言い方を変えることが大切です。
 また、「高い所に登らせてから、そのはしごを取り去るような方法で働かせよ」とも言っています。後に引けないような状態で働かせるのです。
 たとえば、営業マンに自分の必達目標を全員の前で発表させ、そのノルマを達成できなければ、ペナルティを与えるような方法です。

≪私は実際に、不良社員研修ということで、自衛隊に二泊三日で体験入隊させられました。駆け足と敬礼の練習です。食事はおいしかったことを覚えていますが、いじめみたいなものだとその時は思いました。この時の体験が、研修をするときのネタとして役に立っています。不思議なものです。≫

 もちろん達成すれば、特別報酬を与えます。
 また、都合の良い情報だけを知らせ、兵を動かすという方法は、意外と現代の企業でも使っています。 販売ツールなどで、その商品のセールスポイントだけを強調し、弱点を隠すような方法です。
 住宅の営業をしていた頃、建築知識が詳しくなると、動きが鈍ってしまったことがあります。仕事の限界を感じたのです。
 建築とは、注文を受けてから建てるものですから、注文するとき現物を見ることができません。そこで、どうしても理想と現実のギャップが生じます。つまり、竣工した顧客は。多少の不満が生じてしまうのです。
 100%満足のいく住宅が建てられない現実、これは営業をしていく上で、勢いがそがれます。知らないときは、絶対の自信をもって、セールストークをしていました。
 それが、・・・勢いがなくなってきました。
 営業は、頭で考えるなと言いますが、この事だったのです。裏を知ってはいけないのです。ただ、命令のもとに、前に進むだけの人間でないと営業マンは務まらないのです。

 販売する商品に、絶対の自信を持たないと、人を説得することはできません。自動車販売の営業をしていたY氏の話ですが、
「営業マンが売れないとおもった新型の自動車は、どんなに会社の開発担当が良いといっても売れない」そうです。
 どんなにマーケティング担当者が良いと言っても、営業マンの研修で、営業マンが納得しないと積極的に販売しないものですから、その意見は貴重だったそうです。
 よく考えてみると当たり前ですよね。



第十一章 九地篇の最初に述べたことを繰り返しここでも述べています。

危険であれば従順になる 

およそ、敵国に進撃した場合のやり方としては、深く入り込めば団結するが、浅ければ逃げるものである。
 本国を去り、国境を越えて軍を進めた場所は絶地である。
その中では、
   四方に通ずる中心地がく地であり、深く進入した場所が重地であり、
   少し入っただけの場所が軽地であり、
   背後が険しくて前方がせまい場所が囲地であり、
   行き場のない場所が死地である。

≪敵地に入れば、逃げ道が少なくなります。その状況を再度、具体的に述べています。 将の立場として、どのように対処すればよいかを次のように述べています。≫

散地ならば、私は兵達の志を統一しようとする。
 軽地ならば、隊を連続しようとする。
 争地ならば、遅れている部隊を急がせようとする。
 交地ならば、守備を厳重にする。
 く地ならば、諸候と同盟をしようとする。
 重地ならば、軍の食料を絶やさないようにする。
 ひ地ならば、行動が困難であるから早く過ぎようとする。
 囲地ならば、その逃げ道をふさごうとする。
 死地ならば、生き延べられないことを認識させる。

 そこで、兵というものは囲まれたなら抵抗するし、戦わざるを得なければ激闘するし、危険であれば従順になる。

 協力しなければ危険な状態になるのですから、このような状況の部下は使いやすくなります。危機感の共有です。

≪余談≫  大学を出て、地元のインテリアの会社に就職したのですが、二週間で関東支社に転勤になりました。そこで働いているのは、すべてが九州の地元出身者でした。
 なれない場所で働くのですから、自然と社内で固まり、社員旅行や社内での行事が多く、いい雰囲気だったと思います。遠慮なく九州弁でしたし、会社内にある寮だったので、家族のような雰囲気がありました。これは、企業の戦略としては、なかなか効率がいいと思います。
 企業が出身学校別の学閥を作ったり、出身地別の会を作るのも、この考え方かもしれません。

≪覇王の軍とは≫
1.諸候達の腹の内がわからずには、前もって同盟しない。
2.山林や、険しい地形や沼沢地などの地形がわからずには、軍隊を進めない。
3.土地の案内役を使えないのでは、地形の利益を収めることはできない。

 これらの三つのことは、その一つでも知らなければ、覇王の軍とはいえない。
覇王の軍とは
もし、大国を討伐すればその大国の大部隊も、集合することができず、
もし、威勢が敵国をおおえば、その敵国は孤立して他国と同盟することができない。

≪解説≫
 覇王(はおう)とは徳によらず武力・策略で諸侯を従えて天下を治める人のことをいいます。
 儒家によって理想とされた夏・殷・周のように徳を持って世を治めることを王道と呼び、それを遂行する者を王者と呼びました。
 春秋時代の諸侯のように知力や武力を持って世を治めることを覇道と呼び、それを遂行する者を覇者と呼びました。
 王道とは理想論であり、当時の最高の褒め言葉がこの覇王の軍です。

以下は、王道の説明のようでもありますが・・・(覇道の説明ではないような気がします。)

 敵国との同盟をつとめることもせず、天下の権力を自分の身に積み上げることもしないで、自分の思いどおりに勝手に振る舞っても、自然と威勢は敵国をおおっていく。
 だから、敵国の城も落とせるし、敵の国も破れるのである。

このような王道を歩む企業は、自然と大企業になっていきます。
 先方から仕事が舞い込んできたり、いい関係が広がっていったり、「たまたま運が良かっただけですよ」とその社長は言います。そして、「ありがたいことです」と必ず感謝の言葉を述べられます。この気持ちが会社を成長・発展させます。



人たらしで有名な豊臣秀吉がよく使った方法です。

破格の賞を施す 

・・・破格の賞を施し、ふつうの定めにこだわらない禁令を掲げるなら、全軍の大部隊を働かせることも、ただ一人を使うようなものである。

≪戦闘力を最大限に発揮させる方法 = アメとムチをうまく使え。≫

「これをもちうるに事を以てし、告ぐるに言を以てすることなかれ。
 これをもちうるに利を以てし、告ぐるに害を以てすることなかれ。」

・・・軍隊を働かせるのは、任務だけを与えるだけにして、その理由を説明してはならず、有利なことだけを知らせて、その害になることを告げてはならない。

≪いろいろと説明する必要はない、ただ命令をしなさいということでしょうか。そして、都合の良いことしか言うなと孫子は言っています。
 たしかに、「会社が危ないので、がんばって働いてくれ」と言っても、社員は不安がるだけで、働きません。
 松下幸之助は、「会社は大変だけれど、社員を一人も解雇しない」と宣言しました。 工場の従業員が自主的に慣れない営業をして、危機を乗り切ったという逸話があります。
 企業の業績が悪化したから、リストラするという発想では、ますますモチベーションは落ちてしまいます。
 せざるを得ないときは、予告なくすべきです。責任者を処分します。処分したら、これ以上はしないと宣言すれば、効果的ではないでしょうか。直ちに緊張感が広がり、従業員は必死に働くようになります。
 サッカーや野球などのスポーツでは、監督を変えます。これは、社員の意識を変えるには最も有効な方法だと思います。
 次は、自分たちだという緊張感が、「死地」に投じるということです。≫

「これを亡地に投じてしかる後に存し、
 これを死地に陥れてしかる後に生く」

・・・軍隊を滅亡すべき状況に投げ入れてこそ、滅亡を免れ、死すべき状況に陥れてこそ、はじめて生き延びるのである。
 兵士達は、そうした危難に陥ってこそ、はじめてその能力を発揮する。

≪上記の言葉は、真理ですね。大企業のぬるま湯の中にいた社員は、リストラになった場合、使い物にならない場合が多いです。≫

戦争を行ううえで、大切なことは、敵の心を十分に把握することである。
 そして、身方が一致して敵に当たり、遠く敵地に入り込んでその将軍を討ち取る。
 それを、巧妙にうまく戦争を成し遂げた者という。

 いよいよ、開戦となったときは、敵国との関門を封鎖し、旅券を廃止して、使節の往来を止めてしまい、朝廷・宗廟のうえで厳粛に審議し、その軍事をはかり求める。

 そして、敵方に動揺したすきがあれば、必ず迅速に進入し、敵の大事にしているところを第一の攻撃目標として、密かにそれと心に定め、黙ったまま敵情に応じて行動しながら、ついに、一戦して勝敗を決するのである。

 はじめは少女のようにしていると、敵は油断してすきを見せ、後には、脱走する兎のように激しく攻撃すると、敵の方では防ぐことができないのである。


第十二章 

火攻めの条件(火攻篇)

すべてを焼き尽くす方法は、短期の戦略です。孫子は次のように言っています。

 火攻めには次の五種類がある。
1.火人(兵士を焼き討ちすること)
2.火積カシ(兵糧の貯蔵所を焼くこと)
3.火し(武器や運送中に火をかけること)
4.火庫(財貨物の倉庫を焼くこと)
5.火墜(行路に火をかけること)

 火を使うには、必ず条件があり、  火を飛ばせるにも、必ず道具の準
備がいる。

 火攻めを始めるには、適当な時があり、(天気の乾燥した時)
 火攻めを起こすには、適当な日がある。
(月が天体の、箕・壁・翼・しんにはいる日→いずれも星座の名)風が起こる日である。

≪火攻めの方法と条件について述べていますが、風が起こる日を、迷信めいた日だと言っているのは、合理的な孫子らしくないとも思います。当時の気象の特色だったのかもしれません。次に、火攻めの具体的な方法について述べています≫

火攻めは、五とおりの火の変化に従って、それに呼応して兵を出すのである。  火が陣営の中で燃えだした場合、すばやくそれに対応して外から兵をかける。

 火が燃えだしたのに敵軍が静かな場合、しばらく待つことにしてすぐに攻めてはならず、その火勢にまかせてようすをうかがい、攻撃してよければ、攻撃し、攻撃すべきでなければやめる。

 火を外からかけるのに都合がよければ、陣営の中で放火するのを待たず、適当な時を見て、火をかける。

 風上から燃えだしたときは、風下から攻撃してはならない。

 昼間の風は利用するが、夜の風はやめる。

 およそ、軍隊では五とおりの火の変化のあることをわきまえ、技術を用いてそれを守るべきである。

 そこで、火を攻撃の助けとするのは聡明な知恵によるが、水を攻撃の助けとするのは強大な兵力による。

 そして、水攻めは敵を遮断するが、奪取することはできない。

≪火攻めと水攻めの違いを述べています。このへんの文章は、そのまま読んでもよくわかります。≫

≪余談≫
 火攻めを短期の戦略、水攻めを長期の戦略と考えてみます。短期的には、時間を設定し、その間に目標を達成するようにするのです。
 外部からとは、社内の人間ではないコンサルタントなどを利用して行う方法でしょうか。 風上からとは、トップダウンと考えます。
 日産のカルロス・ゴーン社長のように、強力なリーダーシップで。一気に社内の風土改革を行う・・・。これはまさに火攻めですね。
 「聡明な知恵」が必要です。

 ただし、この方法は、長続きがしないという欠点があります。火攻めですから、燃え尽きたら終わりです。人を殺す方法ですから、非情なぐらいに組織をダメにしてしまいます。
 逆に水攻めとは、人を生かす方法だと思いますが、強大な兵力とは、資金力でしょうか。


憤りから戦ってはいけません。

利に非ざれば動かず 

 そもそも戦って勝ち、攻撃して奪取しながら、その功績を整えないで、むだな戦争をするのはよくないことで、「費留=ヒリュウ」(無理に軍費を使い、ぐずつく)となずける。
 聡明な君主はよく思慮し、立派な将軍はよく修め整えて、

「利に非ざれば動かず、得るに非ざれば用いず、危うきに非ざれば戦わず」

・・・君主は怒りにまかせて軍を起こすべきでなく、将軍も憤激にまかせて合戦を始めるべきではない。

≪同じような言葉を何度も述べています。孫子の考え方の基本です。
 戦争とか、争い事は、国の大事なのですから、一時の怒りや憤りで戦ってはいけないのです。
 とは言いながら、今までの歴史を見てみますと、いかにこのような争い事が多かったことか、いつになったら平和共存の世の中が来るのか、ため息が出ます。≫

 有利な状況であれば行動をおこし、有利な状況でなければやめる。

 怒りは、解けてまた喜ぶようになれるし、憤激もほぐれてまた愉快になれるが、滅んだ国は二度と立て直しはできず、死んだ者は再び生き返ることはできない。
 聡明な君主は慎重にし、立派な将軍は戒める。

 これが国家を安泰にし、軍隊を保全するための方法である。

≪余談≫
 世界各地で、民族紛争が起きています。分離独立を求める勢力、既得権益を守るために弾圧する国家、どちらが正しいのでしょうか。実はよくわかりません。

 原理原則は大切ですが、その根拠はと聞かれるとあやしい場合があります。国家の概念や民主主義の概念も比較的新しいものであり、絶対に正しい原則であると言うのは無理があります。
 どのような体制が理想的なのか、誰にもわかりません。
 独裁国家が悪いといいますが、その独裁者が「神」ならば、その神のもとでの平和な国家が実現します。
 神に従うことで、争いがなくなります。
 民主主義は、強いものが勝つ弱肉強食の体制であるとも言えます。
 共産主義は、人間がもつ本質的な欲求を、阻害してしまいます。
 幸せの概念も一人一人違いますからね。

 この孫子の考え方は、絶対的な真理を説いているものではありません。その場でいかに勝つか、つまり生き残るかの具体的な方策を述べているハウツーの書です。
 その解釈の仕方によって、自分に都合の良い理論を組み立てることもできます。真の中に偽があり、偽の中に真があります。
「これが現実である」という点が、この兵法書のもっともすぐれている考え方だと思っています。
 で、その現実の中で、自分はどのような生き方をすべきなのかと考え続けています。

第十三章 

いよいよ、最終章です。孫子は最後に、情報の大切さを説いています。

人に取りて敵の情を知る(用間篇)

≪人を頼って、相手の情報を知る。つまり、情報は人を通じて得るものです。≫

 孫子は次のように言っています。

 およそ、十万の軍隊を起こして、千里の外に出征することになれば、民衆の経費や公家の出費も、一日に千金をも費やすことになり、国の内外とともに大騒ぎで、農事にもはげめない者が七十万家もできることになる。
 そして、数年間も対持したうえで、一日の決戦を争うのである。

「しかるに爵禄百金を愛んで敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり」

・・・それにもかかわらず、爵位や俸禄や百金を与えることを惜しんで、敵情を知ろうとしないのは、「不仁」(民衆を愛し、あわれまないもの)の甚だしいものである。

 人民を率いる将軍とはいえず、君主の補佐ともいえず、勝利の主ともいえない。
 聡明な君主や、すぐれた将軍が行動を起こして敵に勝ち、人並はずれた成功を収めるのは、あらかじめ敵情を知ることによってである。

あらかじめ知ることは、鬼神のおかげ(占い)で、できるのではなく、
過去の出来事によって類推できるのではなく
自然界の規律によって、ためしはかられるものでもない。

「必ず人に取りて敵の情を知る者なり」

・・・必ず、人(間謀→スパイ)に頼ってこそ、敵の状況が知れるのである。

≪余談≫
 現代はいろいろな情報があふれています。インターネットは国境の垣根を越えてしまいました。 しかし、よく考えますと、その発信者は人間です。
 その情報を発信する人間の「考え方・思惑」がその情報に含まれています。てすから、客観的な情報なんて、元々ありえないのです。いろいろな加工がされていると思うべきだと思います。

 一つの言葉も、そのとらえ方で、肯定的にも否定的にも解釈できます。その視点を持つことができるかが、情報を受け取る側の責任です。
 世論調査のアンケートなども、その質問の仕方で数字が変わってきます。逆に、どのようにも加工できるのです。
 たとえば、失業率が何%に上昇した、大変だとか言いますが、既に就職をあきらめ、ハローワークに登録していない人はカウントされていません。実際の失業者は、もっと存在しています。
 表に出さない数字は、もっといろいろとあります。すべて、自分に都合のいいように加工して発表していると思っています。
 ですから、この用間篇で孫子が述べているように、直接、人間の口から情報を得ることが最も大切だと思います。
 その人間の考え方を熟知した上で、信用できるができないかを判断し、すべてを信用しないで、その情報を自分なりに解釈して判断することが大切なのです。
 その情報をもたらす人間の能力によって、その情報の正確さが判断できます。

 うまい話にだまされる人は、その内容だけをそのまま信用し、その情報をもたらした相手の人間性を考えません。
 私は、話を聞く前に、その人は信用できるができないかを判断します。そして、どの程度信用できるかも判断します。
 その上で、相手の情報を聞くことにしています。
 まず、肩書きや権威を利用する人を、信用しないようにしています。にせものは、いい服を着て、カッコで相手を信用させようとしますから・・・。
 欲を感じさせるひとは、態度が、ネトッとしています。肉食獣の雰囲気を持っています。 うかつに信用すると、食い殺されます。
 本物は、顔の表情がにこやかで、温かみのある態度です。 その人の持つオーラは、素敵な色で、濁りを感じません。
 こんな単純なことで、人を信用していいのかとの声もありますが、経験上、これが一番確実であると思います。
 まず、会って話すことにしています。そして、にせものとは、十分以上話したくなくなります。


間謀の種類 

1.郷間(村里の間謀)→敵の村里の人々を利用して働かせる。

2.内間(内通の間謀) →敵の役人を利用して働かせる。

3.反間(こちらのために働く、敵の間謀)→敵の間謀を利用して働かせる。

4.死間(死ぬ間謀) →偽り事を外に現して、身方の間謀にそれを知らせて、敵方に告げさせる。

5.生間(生きて帰る間謀)→その都度、帰ってきて報告する。

 この5とおりの間謀がともに活動して、その道筋を知られないというのが、「神紀」すなわちすぐれた用い方と言われることで、人君の珍重すべきことである。

≪いろいろなスパイの使い方があるものです。死間とかは怖いですね。身内のスパイを利用するということは、身内も信用できないということか?≫

 戦略的に、人を利用して、情報を流したり得たりする行為は、相当に頭がいい人間でないと難しいですね。 それだけの戦略家、フッと頭に浮かんだのは、北野武さんですかね。 一種の天才だと思います。日本の現代の政治家では、・・・思いつきません。

全軍の中で、親近さでは、間謀が最もしたしく、賞与では間謀のが最も厚く、仕事では間謀のが最も秘密を要する。

「聖智に非ざれば間を用うること能わず、
 仁義に非ざれば間を使うこと能わず、」

・・・聡明な思慮深さがなければ、間謀を利用することができず、
 仁慈と正義がなければ間謀を使うことができず、
 はかりがたい微妙な心配りがなければ、間謀の情報の真実を把握することができない。

 微妙なことよ。
 どんなことにも間謀は用いられるのである。
 そして、間謀の情報がまだ発表されないうちに、外から耳にはいることがあると、その間謀とそのことを知らせた者とを共に死罪にするのである。

≪これはどういうことでしょうか。情報は一番最初だから価値があるものであり、その情報の入手が遅れたスパイを罰として死罪にするのは、厳しいけれどわかります。 スパイの役目を果たしていないからです。

 スパイより先にその情報を知らせたものは、なぜ殺されなければならないのでしょう。 知りすぎている者は、危険なのです。情報をもたらすものは、必ず他にも漏らします。 だから、その情報を秘密にしておくために、その者を死罪にします。≫

≪余談≫
 情報が企業の収益の生命線です。その情報漏えいは、企業の存続を危うくするほど危険なことなのですが、日本の企業は、このセキュリティに関する考え方が、甘いといわれています。
 危機管理のコンサルタントまで現在では存在しています。アメリカの企業は、この考え方が徹底していますね。
 どちらがいいかは別として・・・。
 つまり、ビジネスとか利潤追求の観点からは、正しい考え方なのですが、文化とか共有の考え方からすると、すべて知り得た知識はオープンにするほうが、いいのかもしれません。
 たとえば、このブログは商売として書いているものではありませんから、この記事の内容をどなたが利用していただいても、私は全く気にしません。 それほどの大した記事ではないのですが・・・・。
 何かの役に立ては、それは私にとっても喜びです。この知識を情報として販売するつもりもありません。だから、好き勝手かけるのですが・・・。


まず調べること 

 およそ撃ちたいと思う軍隊や、攻めたいと思う城や、殺したいと思う人物については、必ずその官職を守る将軍や、左右の近臣や、奏聞者や、門を守る者や、宮中を守る役人の姓名をまず知って、身方の間謀に必ずそれらの人物のことを調べさせる。

≪余談≫
 このことは、再就職支援の授業の中で、常に言っていることです。
 ハローワークの求人情報だけで面接を受けようとしている生徒をいつも叱りつけます。 その会社に入りたいと思っているなら、なぜ、もっと調べないのか、なぜ、自分の足でその会社に出向いて、その様子を見ないのか、会社の規模、従業員の数、社長の名前、知っているのが常識です。それをせずに面接を受けるのは、武器を持たずに、裸で戦場に行くようなものなのです。

スパイの使い方 

 敵の間謀で、こちらのスパイをしている者は、付け込んでそれに利益を与え、うまく誘ってこちらにつかせる。
 そこで、反間として用いることができるのである。
 この反間によって敵の事情がわかるから、郷間や内間も使うことができるのである。
 また、死間を使って偽り事をしたうえで、敵方に告げさせることができるのである。
 また、生間を計画通りに働かせることができるのである。
 五とおりの間謀の情報は君主が必ずそれらをわきまえるが、それが知れるもとは、必ず反間によってである。

 そこで、反間はぜひとも、優遇すべきである。

≪スパイの中で、もっとも大切なのは反間だと述べています。こちらの情報を探っているスパイに、それ以上の報酬を示して、こちらのスパイとして使う。
 ドラマのような話ですが、歴史的にはいろいろな事例があります。
 ある大手の企業の顧客の個人情報が、社員によって盗まれ、名簿業者に渡り、営業のデータとして利用された例などは、わかりやすいかもしれません。表には出てきませんが、仕掛けた人間がいるはずです。
 中国の公安のやり方として、日本の企業マンに「色じかけ」で情報を引き出す例もあります。
 政治の現場では、今でもスキャンダルの話が、雑誌をにぎわしていますが、必ず仕掛けた人間がいます。≫

 昔、「いん王朝」がはじまるときは、「いし」が、「夏」の国に入り込み、 「周王朝」がはじまるときは、「りょうが」が、「いん」の国に入り込んだものである。
 だから、聡明な君主やすぐれた将軍であってこそ、はじめてすぐれた知恵者を間謀として、必ず偉大な功業を成し遂げることができるのである。

 この間謀こそ、戦争の要であり、全軍がそれによって行動するものである。 

≪余談≫
 孫子の最後の章が、この間謀の話で終わるのは、孫子らしいなあと思います。人間心理の弱点を突き、人を動かすというノウハウは、恐ろしいものです。
 この兵法を知っている人間と知らない人間とでは、全然、行動が違ってきます。「天の利・地の利」を謀り、人の心を攻めるという兵法の怖さを感じます。


The End

あとがき

孫子をネタにその考え方を自分なりに解釈して、述べてまいりましたが、四十代のころの自分の苦悩の歴史を語るような文章になってしまいました。

≪あれから30年余り経ち、同時の想いがよみがえってきます。自分にとって「人生の分岐点」に出会った最初の言葉でした。その後の人生に大きな影響を与えてくれた「宝物」の一つです。≫

いま在る自分に感謝しています

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