Jofuku(徐福伝説)


Prologue (序論)

 一般には余り知られていないが、徐福は大規模な中国からの移民団の指導者であり、日本の 国の歴史の始まりともいえる弥生時代前期の日本に重要な関わりを持つ「実在の人」である。

 古代史ファンの一人として、以前から「日本」の成立はいつからか、倭国と日本の違い、邪馬台国は何処にあり、どんな国か等に興味があり、いろいろな本を読むうちに徐福に出会った。
 歴史の重要なポイントとして徐福を考察してみたいと思い、さらに文献をいろいろと調べて いるうちに自分なりの徐福像ができあがり、「徐福というフィルター」を通して、歴史を文章 にしてみたいと思った。
 自分なりの歴史観に基づく「物語」であり、知識も少なく、専門家に言わせると笑われるか も知れないので「小説」と言うことにして、自由なフィクションも加えている。
 「なるほど、そうだったかも知れない」と面白く感じてもらうのが、この本を書いた私の趣旨である。
 現代は、時代の変革期と言われている。 今まで当たり前と思われてきた価値観が崩壊し、新しい価値観はまだ生まれていない。

 過去の歴史を学ぶと、幾度となくこのような変革期があった。
 今から二千年以上も前に司馬遷が書いた「史記」のテーマは「天道は是か非か」という事であるが、今も十分に通用する普遍的な人間のテーマであると思う。
 一古代史ファンとしては、専門家だけでなく、一般の人がもっと歴史に興味を持ち、
 一般常識としての多様な歴史観の存在と歴史の真実、それを議論する社会になってほしいと思う。

 あらためて「紀記」を素直に読んでみると、天皇家は「国を造った天神の正当な子孫である」と強調している。それが国の王として君臨し支配する理由であり、主権を主張する根拠となる政治的な歴史書と考えられる。
 私は以前からそこに作為を感じ、自分に都合のいい歴史書と感じていた。
 歴史とは元来そういうものかもしれないが・・・。
 日本書紀の初期の物語は「一書」として同じような事柄が繰り返し述べられ、いろんな資料を寄せ集めて記載されているように思われるが、自分に都合のよい伝承を取捨選択し、 天皇家を中心とした価値観に改めたものと私は考えている。
 しかし、その物語すべてが事実だとは思わないが、その元になる伝承は残っていたと考えるのが自然である。

 北部九州はその神話の舞台の中心地であり、九州から大和に移住したと言っているのが 「神武東征」の物語である。そして神武天皇は天孫族の一員ではあるが直系ではないという説もある。
 本家は、依然として九州の地に残り日本を支配していたが、本家が滅び分家が日本を支配する事になり今までの価値観を変えるために、各地に残る伝記を焚書し、資料を集めて「紀記」を作り、新しい統一された歴史観(正統性)を宣伝したのではないかという説もある。(九州 王朝説=古田武彦氏)  

 神武天皇以前の神話は、どうも後の世代の子孫である傍系(九州から大和に別れた分家=大 和朝廷)が、直系の話を都合のよい部分だけ取り入れて創った物語のようにも思えるのである。
 その天神が高天原に「降臨」する以前は何処にいたのか。
 神話に書かれている天神は海ツ神であり、天の浮船(帆船)で天国(中国)から渡来した 弥生人(中国人)たちではなかったかと私は考えていた。
(一説には、天国は朝鮮のことであ り、朝鮮からの移住者が天神となったとも言われている。)
 彼らに「国譲りを強要され」滅ぼされた国神も渡来人であり、彼ら以前に日本に移住して住みついた朝鮮系・大陸系の渡来人たちであり、そして支配され僻地に追いやられたのが、さ らに国神より古く縄文時代に南の方から移り住んできた縄文人であり、エゾ・クマソと呼ばれる人たちではなかったか。
 歴史についてそんなことを以前から考えていた。

 そして、司馬遷の「史記」に記載されている徐福の話を知った。
 そこには史実として、「中国から多数の人々が海を渡り、倭国を造ったのが中国からの渡来人達であったと言う事実が記載されている」のである。
 史記はその書かれた時期にしても徐福の時代から百年ほど後であり、内容も信用できるものである。
 天孫族(中国からの移民団)を引き連れて日本に降り立ち、稲作と文化を持ち込み、北部九州から始めて日本を統一したその一族の物語が「神話」となり、口伝によって伝えられ、天皇家に引き継がれた。
 それが「紀記」としてまとめられ残された。
 徐福こそ天神の祖だったのではないか。
 中国を創造したのが、秦の始皇帝であると言われているが、日本を創造したのは徐福ではないかと考えた。
 このように、いろいろ徐福について調べていくうちにいろんな想像が生まれ、自分なりの歴史観ができあがっていった。

 私は「事実」と信じている。

 私を含めて、古代史ファンは皆このように言われている。
「自分にとって都合のいいことだけを取り出し、歴史を組み立てる」と。
 これが古代史のおもしろさでもあるわけだが、邪馬台国ブームだけでなく、徐福ブームになったらいいなと思う一人である。

 私が40歳のころ、暇な時間に任せて書いた「小説」です。人生に迷い光を求めていたころ、「東方に理想郷を求めて旅立った徐福」に自分を重ね合わせていました。当時の苦しさがよみがえってきます。
 printed 2001/05/05  2004/10/08再編  2021/08 再編

参照文献
「弥生の使者 徐福」刊行会、会長宮崎善吾
 雑誌「秦始皇帝」学研
「始皇帝」NHK出版
「東海に蓬莱国あり」田中博
「小説十八史略」陳舜臣
「佐賀は輝いていた」山本末男
「弥生の日輪」飯野孝宥
「日本書紀」岩波書店 
「邪馬台国発見史」赤城タケ彦
図説日本の古代「海を渡った人々」森浩一
「白鳥伝説」谷川健一
「海人と天皇」梅原 猛
「盗まれた神話」古田武彦
「真説徐福伝説」羽田武栄・広岡純