その1、それが民主主義だ

 今から二十数年前、住宅の販売会社に入社して営業所勤務をしていた頃の話です。所長は出世志向が強く、責任は部下に押し付け、営業成績だけは人一倍気にする人でした。当時、いちばん辛かったのが、ノルマです。

 その営業所には十名ほどの営業社員がいたのですが、各自の営業成績がグラフになって張り出されており、ノルマが達成されるとそのグラフの上に花輪がつけられます。もちろん給料も、業績によってまったく違います。
 月末近くになるとそのグラフが無言の圧力になり、会社に行くのが辛くなってきます。たまたま達成できた月があっても、翌月、また翌月といつも追いかけられているような状態で気が休まるヒマもありません。
 まだノルマ達成できていない月末、夕方会社に戻ると所長から「今から50件の飛び込みに言って来い」といじめのような仕打ちを受けたこともありました。
 営業社員同士で見込み客の取りあい、殴り合いの喧嘩などもあり、雰囲気も悪く、人間関係も表面的です。他の社員にスキをみせるため、仕事をしていないような振りをして、隠れて仕事をしたこともありました。
成績だけ上げていれば所長は何も言いません。朝から喫茶店にいようがパチンコをしていようが、誰も文句を言わないのです。
 上司は、皆転勤族で、腰を据えて社員を育てようなどという気持ちはさらさらありません。
指示命令、書類作成が仕事です。そして嫌な上司ほど出世していきました。
 入社して三年ほどたっていたのですが、「ここは自分のいるべき場所ではない」と辞めることばかりを考えていましたが、一応、東証一部上場で世間的に名の知れた住宅会社ですし、外見だけはよかったものですから、ずるずると勤めていた状態でした。

 その嫌な所長の次に転勤してきたのが、伝説のM所長です。
(私の人生にとって忘れられないと言う意味の「伝説」です。M所長が転勤してきて、初めての月末の日、その日の話です。)
 朝の朝礼時、営業マンは各自、今月の成果について報告することになっていました。その月は私の報告の順番は最後でした。
 ノルマを達成した営業マンは、表情が違います。誇らしげに報告しています。
「今月も達成できなかったなぁ~。見込み客の数に入れてたあの客も、まだ気持ちが固まってないし。それにあの奥さん苦手だしなぁ。まあ、いつもの手で言い訳しとくかな」と独り言を言いながら、M所長のデスクの前へ。
「今月予定していた顧客がダメになりまして・・・。来月は頑張ります。」余計なことは言うまいと思いながら、頭を下げました。
「なぜ、ダメだったの。」
(そら、きた)
「はい…奥さんがなかなかシビアで、ちょっとニガテなタイプなんですが、金額的にもなかなか折り合わなくて・・・ですね・・・。」
 私が言い訳を始めたとき、M所長は、にこっと笑って話をさえぎりました。
「ふーん、奥さんがニガテなタイプなんですかーーー。それは難しいですね。わかりました。来月は頑張ってください。」
 M所長は、私をやさしく見つめています。前所長であれば、イヤミを言いながらどんどん追及してきます。当然のように言い訳だけはうまくなりましたのでいろいろと準備していたのですが、拍子抜けです。逆に、見透かされているようで、目を伏せてしまいました。
(あれ~??言い訳を考えてたことを見透かされてたんじゃないだろうか・・・)

 M所長は立ち上がり、みんなに向かっていいました。
「皆さん聞いてください。営業マンとしてノルマを達成することよりも、私は人としてお客様に好かれる人間になってほしいと思っています。毎月の営業成績にどうこういうつもりはありません。もちろん結果は大切ですが。それだけではないと思っています。」
 そして、一段と大きな声でM所長は言いました。
「私たちの仕事は、住宅を売ることではありません。」
 一同は、「えっ?」という表情をしています。(この人、いったい何を言い出すの??)

「住宅、住まいとは何でしょうか。衣食住と言いますが、住まいは人間が生活する最も大切な場所です。そこに生活があり、喜びや悲しみがあり、幸せな人生があります。私たちの仕事はお客様に、幸せな人生の大切な場所、住まいを提供し喜んでもらうことです。住宅は商品ではありません。お客様と共に創り上げていく『住まい』そのものです。そのためには、お客様の気持ちになって、お客様の立場で考えてください。それが私たちの仕事だと思います。」
 M所長は、微笑みながら一段と大きな声で言いました。
「住宅という物を売るのではなく、幸せの住まいをお客様と共に考えていくのが仕事だと思っています。」
(へえー、なんかスケールが大きくてすごいなー、かっこいいと思いながら聞いていました。)
 M所長は、私に向かって、
「H君、私たちは人間です。好き嫌いもありますし、お客様と相性が会わないこともあります。
聖人君子になれ、とは言いません。」
「え?」
「人間ですから、いろんな感情があります。すべてのお客様に好かれようなんておこがましいです。」
「そうですか?」
「あなたを嫌うお客もいれば、好いてくれるお客もいるはずです。それでなにが悪いの?」
「え・・・はい。」
「好いてくれるお客が嫌ってるお客よりひとりでも多けりゃ、よしとしなきゃ!」
「あ・・・・。」
「それが・・・、それが・・・、えーっと、それがーーー、民主主義だ!」
「ちがうような気もする・・・。でも説得力はあるなあ。」
プッ、皆の笑い声が聞こえます。
「私たちの会社を好いてくれる客を増やす。それが民主主義だ。」
M所長は一段と大きな声で、右手を斜め上に突き上げながら、言いました。私たち、そこにいた社員も全員、つられてしまいました。

 営業二十年のベテラン社員、Kさんが、笑いながら立ち上がってM所長の発言に突っ込みます。
「いや、それは共産主義だ。」
(バリバリの共産党!!)  私も突っ込みます。
「それは違います。えーーと、それがラブラブショーだ。」
(当時好きだったテレビ番組)
「ちがう、それが民主主義だーーー。」「いや、それが共産主義だーーー。」「それがラブラブショーだーーー。」「ちがう、プロポーズ大作戦だーーー。」
(他にどんなのがでたっけ。まっ、どうでもいいか。)
「えーーと、えーーと」
 みんなが『自分も何か言わねば』と、考えています。いつもしかめっらしていて、私にはちょっと恐い感じのT先輩。
「まて、うーーーーむ、思いつかん。」
 大爆笑になってしまいました。
 それまで転勤してきたばかりで、遠慮がちでおとなしい感じだったM所長のノリに、営業所の雰囲気がガラッと変わってしまいました。
(M所長って、こんな人だったんだ。)

 ちなみに、それぞれの主張の根拠。
●民主主義だーーー → 本人曰く、人の意見をよく聞いて、話し合いによって決定していく。
(なるほど、一理ある)
●共産主義だーーー → 対等の平等の立場ですべての人の幸せ、平和を実現するのだ。
(これも、なるほど)
●ラブラブショーだーーー → お客様に好きになってもらうのだからという単純な理由。
●プロポーズ大作戦ーーー → 解説省略。
その他、
デモクラシー、独立宣言、大魔神などが出ました。

個人的に「大魔神」が好きですので、この文章のタイトルを『大魔神の法則』にしようかな。理由は、・・・おもしろいから。
≪後で、大魔神の法則の話を、知り合いにしたら、「なにそれ、誰も知らないよ」とバカにされました。自分では、知ってて当然と思っていたのですが、まったく大魔神のことを知らない人が大多数だと言うことをはじめて知りました。もう、書いてしまったから、このまま行きます。わけのわからない法則と言うことで居直ります。≫
=大魔神(あらかつま)の法則=
好いてくれるお客が嫌ってるお客よりひとりでも多けりゃ、よしとしなきゃ!
それがーーー、民主主義だーーー!

【大魔神について】
『大魔神』(だいまじん)は1966年に大映(現:角川映画)が製作した映画、また大魔神の登場する特撮時代劇シリーズの名、および劇中に登場する守護神的存在の名称。大魔神の造形は埴輪の武人像に着想を得ている。神としての正式な名前は阿羅羯磨(あらかつま)と設定されている。
普段は柔和な表情をしているが、ひとたび怒ると憤怒の表情に変わる。このとき腕で顔を拭うような仕草(右腕で顔を下からかくしそのまま腕を上へうごかす、あるいは両腕を顔の前で交差させてからバンザイのような位置に腕をもっていく)をするのが特徴であり、トレードマークでもある。
また、憤怒の際の、への字に固く結んだ口元と割れ顎が印象的な表情は、金剛力士またはアメリカの俳優カーク・ダグラスをモデルにしたとされている。映画の中では、単にオオミカミ様といわれている。


その2、大魔神の楽しい法則

その日の昼の出来事です。
午前中、営業に出かけ、社内で昼食を食べようと弁当を買って会社に戻りました。
前所長の時は、何かと理由をつけて会社に戻らないようにしていました。月末ですし、仕事にあまり気乗りしなかったのと、もっとM所長と話したかったからかもしれません。
食事が終わって、自然に、M所長と雑談のようになりました。

「所長、一人でも多くのお客様に好かれるようになるという言葉は、いいですねぇー。」
 私から、M所長に話しかけました。
「こちらがニガテと思っていると、相手も必ず同じように感じていますからね。」
M所長は続けていいました。
「まず、自分が先に相手を好きになることです。相手がどう思っているかとか、嫌われないかなとか関係なくね。」
「でも、どうしてもニガテと思ってしまうんですよねぇ。」
「相性があるからねぇ。でも、実はお客様の気持ちがよくわからない貴方に問題があるんだけどね。」
(私に問題がある? なんで・・・?)
「私の営業の仕方が悪いのですか。」ちょっとムッとして答えました。
「いいとか悪いとかじゃなくて、まず、営業マンの仕事は、お客様の気持ちを理解することだと思うんだよね。お客様がどう思っているのか、どんなニーズを持っているのか。それを知ることから営業は始まると思うんだよね。お客様を好きにならないと、相手に興味をもたないと、言葉ではなくてその言葉の裏にある感情にフォーカスしないと、相手を理解することはできないよね。 ちょっと難しいかな。」
「言葉の裏にある感情ですか・・・? なんとなくわかるような気がします。」
「お客様は、まず警戒するんだよね。高いものを買わされるのではないか。騙されるのではないかとね。」
「それ、わかります。でも所長、それは仕方ないでしょう。私たち営業マンは住宅を売るためにお客様を訪問しているのですから。」
「だから、朝言ったでしょ。それは、民主主義ではないのです。」
「えっ、あれ冗談なんでしょ。」
「うん、冗談ですけど、お互いに認め合いよく話し合うことが、民主主義なら、あってるかもね。」
「お客様と信頼しあってよく分かり合えることが、民主主義か。なるほど・・・。」

「所長、もし良かったら、それ、『大魔神の法則』にしてくれませんか。なんか、ものすごいパワーを持っている言葉のような気がするのですよね。仕事に希望と勇気を与えてくれるようないい言葉と思うんですよね。しかも、面白いでしょ。」
「だーーめ、俺は民主主義が好きなの。」
(いや、ぜったい『大魔神の法則』にしよっと。)
「企業は、自社の商品をもっともっと販売したいと思っている。
(強欲なお代官様だ、自分の私利私欲のために動いている。)
しかし、それはこちらの都合であって、お客様の都合ではない。
(そうだ、越後屋と組んで、暴利をむさぼり庶民を苦しめている。庶民はかわいそう。)
お客様が、その商品を欲しいと思ったときに初めて商品は売れる。
(庶民の幸せは一番大切であり、それがお代官様の仕事のはずではないか。)
だから、売る前に一番大切なことは、お客様の気持ちになって、お客様の立場で考えてみることだと思うのです。」
(そうだ、大魔神が助けてくれるんだ。まてよ、これは桃太郎侍かな。うーーーん。)

「おい、私の話、聴いてる?」
「はい、それが私たちの仕事だと思います。」
(なんて理解しやすいのだろう。所長の難しい話を、『大魔神の法則』に当てはめれば、すんなりと理解できる。大発見だーーー。)
「なるほど、だから、私たちの仕事は、住宅を売ることではありませんということですか。でも、ホンネは売りたいんですよね。」
(みんな、自分の欲の為に働くんだよなあ。悪代官や越後屋は・・・。)
「だから、売りたいと思っていたら売れないの。これが民主主義の法則。」
(つまり、自分のために働くと、幸せになれないんだ。これが・・・・・、『大魔神の法則』なのだ。こっちのネーミングのほうが絶対いい。)>
「販売と言う成果は結果なのです。結果を追い求めるといつまでたっても満足は得られません。そうではなくて、結果を出すためには原因があるわけですから、その原因を見つけることのほうが大切なのです。
お客様のニーズを理解し、お客様と共に考え、お客様の幸せを創造するお手伝いをするという気持ちで住宅の提案をすると、自然に成果が上がるようになるのです。成功には成功するための原因があり、失敗には失敗の原因があります。」
「理屈はよくわかりますけど・・・。」
(ただ、ネーミングは譲れないと思いながら聞いていました。以下の言葉は、本当に感動したのでツッコミは入れません。←今までは感動しなかったのか。なんでやねん。)
「だから、朝みんなに言ったでしょ。営業マンとしてノルマを達成することよりも、人としてお客様に好かれる人間になってほしいと。それが回り道のようで実は近道なのです。毎月の営業成績にどうこういうつもりはありません。もちろん結果は大切ですが。それだけではないと思っているのです。つまり、お客様に好かれる営業マンさえ育てることができたら、それで私の役目は十分なのです。結果は見なくても解ります。成功の原因を作っているのですから、自然と成果は上がるようになるはずなのです。私は、君たちよりもっと結果を求められるからね。
ある事件があってね。成果を上げるためには、部下を育てることと、職場の雰囲気を良くすることを考えればよいことに気がついたんだよ。
成果を追求すると苦しいけれど、部下の育成と、職場の雰囲気を良くすることを目的にしたら、楽しいでしょ。やりがいがあるでしょ。そう考えるようにしたら、管理職の仕事も楽しくなってね。」
(『楽しいーーー』か。いい言葉だなあ。『大魔神の楽しい法則』にしようかな。)
=大魔神の楽しい法則=
まず、自分が先に相手を好きになることです。相手がどう思っているかとか、嫌われないかなとか関係なくね。自分のために働くと、幸せになれないんだ。

【注釈】成果と能力開発と職場環境は連動しています。
成果を上げるためには、社員各自の能力の向上と楽しい職場環境、企業風土が必要です。
社員の技能向上のためには、発展している組織、目に見える成果と楽しい職場環境が大切です。
そして、楽しい職場環境を作るためには、社員各自の能力の向上、学習意欲と成果、結果が必要です。
ここで、忘れてはいけない大切な要素があります。
組織が成立している存在意義は、社会的な必要性であり有用性です。人間に置き換えると、自尊感情といいます。 その意識が『仕事に対する誠意』となります。
『社会のために役に立っている、人の幸せのために必要だ』という組織自体のプライドがないと、三つの要素は成り立ちません。
そして、そのサイクルを動かす力が、『感動』です。
これが、『インナーマネジメントの法則』です。 → ホームページ参照。


その3、大魔神の笑顔の法則

「なるほどなぁ。所長は凄いですね。どこでそんなことを勉強したんですか。」
「実は、私が営業をしていた頃、思い知らされたことなんだ。H君と同じように私も成績が上がらない時があってね。今の君の気持ちがよくわかるんだよなあー。でもね、原因は別のところにあったんだ。」
「えっ、それはなんですか。」
「営業という仕事があまり好きじゃなかったんだよ。」
(自分のことをズバリ言い当てられたようで、びっくりしてしまいました。)

「営業ってノルマノルマだろ。成績のいいやつは何をやっても許されて、ニンジンぶら下げて、走らされている馬のようでさ。」
「ほんとですね。時々、何でこんなことしてるんだろう、て思うことがあります。」
「月末が来るのが早いだろう。」
「ほんと、そうなんです。」
「だから、仕事がつらいと思っていたから、仕事が楽しくなかったから売れなかったの。これがーーー、えーーと、そうだ、民主主義の第二法則。いま、勝手に名前をつけたんだけど。どう・・・。」
(自分のために働くと楽しくない。だから仕事をつらく感じる。そのとおりだ。でも、ちがう、ネーミングが。これは『大魔神の楽しい法則』ですと心の中で言いながら聞いていましたが、我慢できずに・・・)

=大魔神の笑顔の法則=
仕事がつらいと思っていたから、仕事が楽しくなかったから売れなかったの。
まず仕事を楽しめって。
楽しくなければ仕事じゃない。まず、楽しもうと決意することが大切なんだって。
確かに仕事は辛いかもしれないけど、辛い顔をするか楽しい顔をするかは自分で選べるよね。

「所長、ネーミングがちょっと・・・。」
「いやよ、大魔神は。」
こんなに楽しい、まじめな会話は初体験です。
「当時、尊敬していたA先輩から言われたんだよ。まず仕事を楽しめって。楽しくなければ仕事じゃない。まず、楽しもうと決意することが大切なんだって。そうすると、『仕事が楽しい』が『原因』となるから、結果は、自ずと『楽しい結果』が現れてくる。つまり、仕事がうまくいくとA先輩が言うんだ。辛い仕事が原因となると、つらい結果が現れてくる。」
「わかったようで、わからないような・・・。でも、難しいですよね。」
私は、まだ半信半疑でした。
「確かに仕事は辛いかもしれないけど、辛い顔をするか楽しい顔をするかは自分で選べるよね。だからまず、自分がとる態度を自分で主体的に選ぶの。これは営業の姿勢、心構えのこと。
朝、起きたら今日一日、どんな一日にするか考える。たとえ、気分がすぐれなくても自分で態度を選ぶのです。辛い顔をするか明るく楽しい顔をするか、まず、形から入る。これを心理学では“形入法”というらしい。」
「なるほど、そういう態度をしていると、心もそのように感じるようになるのですね。最初は無理してでも笑ってみると、本当におかしくなってきますしね。」
「そう、人に怒っていると、だんだんその怒りが増してくるよね。人の心の仕組みはそんなになっているんだって、A先輩が言うの。」
「それ、良くわかります。現実に起こっている事件は同じでも、人によってその捉え方は違いますからね。まず思い込むことが大切なのですね。楽しいと思い込む。」
「そのとおり。そうすると、明るい態度をしたほうが楽しいよね。しかめっ面より明るい笑顔を見るほうが楽しいからね。これが・・・。」
「所長、ちょっと待って。なるほど、態度を選ぶ、か。これ、『大魔神の笑顔の法則』にします。」
「まあ、お前もなかなかしつこいなぁーーー。どうでもいいけど、それぐらいのほうが営業マンとしては正解かもね。でも、なぜ、『笑顔の法則』なの。『楽しい法則』じゃなかったっけ。」
「良くぞ聞いてくれました。『仕事を楽しめ』が『大魔神の楽しい法則』で、『態度を選ぶ』が『大魔神の笑顔の法則』です。面白いでしょ。ちなみに最初の法則の名前が、えーーと、何でしたっけ。簡単に言うと『お客を好きになれ』でしたかね。それとも『好かれる人になれ』でしたっけ。」
「・・・・・・」ガク。


その4、大魔神の成功法則

 雑談のつもりで昼休みに話し始めたのですが、長くなってしまいました。営業から戻ってきた他の営業マンもいつしか私たちの雑談に入ってきて、うなづいています。
「その大魔神の笑顔の法則、それいいんじゃない。簡単でわかりやすくて。」
たまたま、帰ってきていた共産主義のKさんが言いました。

 Kさんの自慢は、ゲバ棒もって、実際に安保反対闘争に参加した経験があることで、佐世保だ、エンタープライズがどうのこうのと酔ったらいつも話します。私にはまったく何のことやらわかりません。独特の味のあるおじさんです。営業成績は全社的にもトップクラスで、社内でも名前は知れ渡っています。
「H君はラブラブショーじゃなかったっけ、いつから大魔神になったの。」
「まっ、いいじゃないですか。面白ければ。」
「今日は、月末だし、仕事やめて、みんなで雑談するか。」
M所長デスクの周りにみんなが椅子を持ってきました。この会社に入社以来、こんなことは一度もありませんでした。

 以下、M所長の思い出話です。(多少、脚色しています。)
 M所長が、以前勤めていた会社から今の会社に転職して来て、半年ほど経った時の話です。
 営業という仕事をするのは初めてで、6ヵ月間、成績もゼロで、「なんとか達成したい」と思っていました。達成できない原因は自分でも分かっていたそうです。訪問件数の少なさが根本的な原因なのです。月に1件のペースで受注できれば、目標は十分達成できる。それはわかっていました。
(私と全く一緒だ。)
 ある日、尊敬していた先輩に呼ばれて、説教されたんだそうです。後でわかったんですが、その先輩は上司の課長から、新人であるM所長の指導を頼まれていたとのことでした。
A先輩「どのくらいの数の商談をこなせば、月1件の受注が取れると思う?毎日、コンスタントに2~3件の新規の商談ができれば、月に30件ほどのB資料が取れる。それができれば最低でも、月に1件は受注が取れるよね。」
(当時は見込み客のことを資料と言っていて、今月受注できそうなのがA資料、継続して訪問するのがB、長期にフォローしていくのかC資料と言っていました。)
A先輩「毎日2~3件の商談をするためには、どうすればいいと思う?」
M所長は、今日の私と同じように言い訳をしたそうです。
「毎日20~30社くらい飛び込み訪問する必要がありますね。それはわかっているのですが、午後くらいから仕事に対するモチベーションが下がっちゃうんです。朝は、今日こそと思うんですが・・・。訪問したところの9割くらいは、玄関先で断られますからね。これが続くと、精神的に疲れてくるんです。迷惑そうに追い返されることなんかも日常茶飯事ですからね。そんなわけで午後は喫茶店をはしごしたり、本屋で立ち読みをしたりすることが多いんです。」
(その先輩には、何でも本音で話すことができたそうです。)
A先輩「やる気が出ない時、心の中ではどんなことをつぶやいてると思う?」
「そうですねー・・・『どうせ、次も断られるんじゃないか』ってつぶやいてると思います。」
A先輩「断られることがイヤなんだよね。」
「そりゃイヤですよ。なるべく断られることは避けたいです。商談に入ることができれば、やる気も出てくるんですけどね。だから、まず1件商談することを目指すんです。だけど、きつい言葉で追い返されることが何回か続くと、やる気がなくなってしまいます。また次も断られそうな気がします。」
A先輩「なるほどねー。まず1件商談することを目指すのか。そして商談に入ることができたら、やる気も出てくる。」
「はい、そうです。」
A先輩「ということは、1件商談をするためには、平均して10回くらい断られる必要があるということだよね。」
「そうなんです。なんかアドバイスがあったらお願いします。」
【注釈】気がつきましたか。種明かししますと、このA先輩の聞き方、これ『コーチンク゛』のテクニックなんです。頭ごなしに説教するのではなく、「どうすればいいと思う」という質問によって本音を聞きだし、本人が主体的で前向きな姿勢になるのを、共感しながら待ちます。お願いしますといわれて、初めてヒントを与えるのです。
A先輩「あのね、まず1件の商談を目指すのではなく、まず10回断られることを目指すっていうのは、どう?」
「えっ、断られることを目指すんですか?」
A先輩「そう。だって10回断られたら、ほぼ1回くらい商談できるんだよね。」
「そうです。」
A先輩「だったら断られることを避けようとせずに、目標にしてしまうの。そして、1回断られるごとに『よし』と言葉で言って、カウントダウンしていくの。10回断られたら『10回達成!やったぜ!』と自分に声をかけて、自分にご褒美を出すなんていうのはどう?」
「なるほど。それはなんか面白そうですね。やってみようかな。10回達成したらご褒美でコーヒーを飲んでも良いとか、本屋に寄って立ち読みしても良いと決めておいて・・・。」
A先輩「いいね。喫茶店や本屋をご褒美にするなら、10回達成するまではそこに入らないと決めるといいよ。」
「まず最初の10回を達成したら喫茶店。次にまた10回達成したら本屋。その時点で2~3件の商談をこなせてなかったら、さらに次の10回にチャレンジする。喫茶店も本屋も、達成するまでは入らない。特に寒い日は、外で時間をつぶすのは辛いから、なんとしても10回達成して喫茶店に入る。うーん、これはおもしろい!」
A先輩「10回達成する度に、大げさなくらい自分をほめてあげると効果的だよ。ガッツポーズをしてみたり、跳び上がってみたり、・・・。ある本で読んだんだけど、左手を腰に当てて、こぶしを握りしめた右手を斜め上にあげてね、そして、胸を張ってポーズをとるんだって。元気が出るらしいよ。まず、形から入る。これを心理学では“形入法”というんだよ。達成感を五感で味わうと、脳にそれが印象強く伝わる。」
「はい。人に見られないところで、大げさにやってみます。」
 あの日がM所長の人生の分岐点だったそうです。M所長は、翌日からすぐに実行し、なんと!その月の内に、生まれて始めて住宅の受注に成功したそうです。
「嬉しくてね。先輩にすぐ電話したよ。」
【注釈】断られることと、商談することとは、どちらも同じ方向(=目標の達成)を向いていたのです。つまり、断られることの延長線上に商談があり、その延長線上に受注があるわけだから、断られることは決して悪いことではなく、通過する必要があるプロセスなんです。
だから、断られること自体を、目標にすることができます。その先にしか、商談や受注はないのですから。
最初から、このプロセスを省略して、受注できることはほとんどありません。
それも小さな目標(=10件断られる)に細分化すれば、行動しやすく、その達成の度に魅力的なご褒美を用意すれば、それが動機づけにもなるのです。
成功に向かうプロセスで、失敗をすることも必要であるならば、その失敗の数を目標にすることもできるはずです。そうすれば、失敗のたびに落ち込むのではなく、失敗しながらも成功に向かってる自分を自覚でき、頑張っている自分をほめることができます。失敗を達成感に結びつけることができるのです。
なお、二十数年の経験の中で、実は一回だけありました。たまたま、会社に居て、電話を受けて、初めてそのお客様のお宅を訪問して、その場で契約できたのです。

=大魔神の成功法則=
まず1件の商談を目指すのではなく、まず10回断られることを目指す。 断られることを避けようとせずに、目標にしてしまうの。

その時、M所長が先輩から言われたことをまとめてみました。
 私たちの心の底に「失敗すべきでない」という信じ込みがあると、行動が止まってしまう。
 しかし実際、人生で失敗をせずに生きることは不可能である。
 失敗することを極力避けようと思えば、「目指さない人生」「望まない人生」を生きることになる。
 逆に、自分を向上させようとしたり、人生の目標達成を目指すそうとするほど、行動する機会が増え、失敗経験も増える。そして、私達は、失敗からいろいろな教訓を体験的に学ぶ。
 そう考えると、「失敗」というものは、自分自身が行動している証であり、向上している証でもある。逆に、失敗のない人生は、成長しなくなったことの証になる。
 このような趣旨でした。


その5、大魔神のともかく動く法則

午後の雑談は続いています。 M所長の話を、興味深そうにうなづきながら聞いていた、共産主義のKさんが言いました。

「俺もいい言葉を知っているよ。ひとつ、披露してやろうか。「知覚動考」→ともかくうごこう というんだ。 俺は営業として、この言葉だけでやってこれたんだよ。」
「それ、どういうことですか。」
「あのね、成功者のパターンを表す言葉に「知覚動考」という言葉があるんだって。
「知って、覚えて、動いてから、考える」というパターン。
「やってみた方がよさそうだ!」と思えることを知ったら、すぐに覚えて、すぐに行動してみる。
そして、行動して体験しながら、「やってみてどうだったか」を考えるわけ。これが「知覚動考」。
行動してみて初めてわかることは、意外に多いものでね。無駄と思って動かないより、動けば何かが起こる。これは、実際に何度も体験した。先に考えてはいけないんだよ、感じたら動く。動いてから考える。このパターンを身につけると成功者になれるというんだ。どう、」
M所長「それ、私も経験あります。昔、軒並み飛び込みをしているときに言われました。この家はお金がありそうだとか、この家は新築だから訪問しても無理だとか、どうしても考えてしまうよね。考えたらいけないの。何も考えずに飛び込むの。」
Kさん「そう、逆の場合も多いの。新築の家に飛び込んだら、家に不満があって、増改築の受注ができたとか、古い家に飛び込んだら、お金がなくて我慢しているとか。いろいろな先入観を持つと行動できなくなってしまうものなの。」
「なるほどなあ。」
実際の体験に裏づけされた理論は確かです。
「最近の若い者は、というと嫌われるけど、頭が良すぎるんだよね。すぐ頭で考える。ともかく動けば、何かを思いつくものだよ。この『知覚動考』が大切だよなあ。」
「Kさんの話、『大魔神の成功法則』にもらいます。
『失敗することを目標にする』、これは誤解されるかなあ。『失敗することも目標にできる』にします。それと『知覚動考』。これがーーー、『大魔神の成功法則』だーーー。」
「お前、面白い奴だなあ。」
M所長もKさんもあきれています。
この話以外に、いろいろな話が出ました。
(こんなに楽しい時間は、生まれて初めてでした。何かものすごく楽しくて暖かいエネルギーに包まれているような心地よさを感じました。)
そして、月末の締め切りの日の午後は、この雑談会が定例になりました。
それまでは、月末は嫌で嫌でたまらなかったのですが、このM所長がいた間は、成績のことについては一切言われなくなり、月末が来るのが楽しみになりました。
その日から、この『大魔神のいろいろな法則』というへんな言葉が私の営業マンとしてのスタンスになりました。
まず
①自分がお客を好きになること。
そして
②自分の仕事を楽しむことが一番大切
なのだということに気がつきました。
そして、
③成長するためには、必ず失敗することが必要となる。失敗することも目標にできる。
④ともかく動く、知って、覚えて、動いてから、考える

 実際は、仕事を好きになるということはなかなか難しくもありました。でも、お客様を好きになると決めたことで、お客様にもその気持ちが伝わるのか、営業成績はずいぶんとよくなりました。
 一見、売り上げに関係なさそうなこの事が、実は営業の本質をついていた、ということだと思います。
 なお、私にとって困ったこともありました。今までのようないいわけが、通用しないなあーと思ったことです。
 M所長の誠実な笑顔が、嫌なわけではないのですが、なによりのプレッシャーとなりました。
 M所長は、私にとっては残念ながら、わずか二年ほどの営業所勤務で支店長に栄転となり、その後、本社の営業本部長になりました。このときの出会いが、二十年ほど営業という辛い仕事を楽しく続けることができたきっかけです。

=大魔神のともかく動く法則=
知って、覚えて、動いてから、考える
お客様を好きになると決めたことで、お客様にもその気持ちが伝わる

【注釈】月末に、個人の営業成績について、あれこれ言わないということは、簡単にできるものではありません。このM所長の勇気は素晴らしいものだと思います。当然、本社への報告はしなければなりませんし、本社からはガミガミ言われていたはずなのです。しかし、M所長のいた頃は、たまたまかもしれませんが、営業所の成績もよく、年に二回は社員旅行をしていました。楽しい思い出です。


最後はさびしく

仕事を楽しめなくなってしまった事件がありました。
M所長が転勤した後は、また、以前の営業所に戻ってしまいました。
管理型の気難しいN所長に代わったからです。私自身は、営業成績も安定してきましたから、そんなに嫌なN所長ではなかったのですが・・・。

一番年配の営業マンのSさんが定年で、退職することになりました。Sさんの顧客を私が引き継ぐことになったのです。私はSさんの顧客名簿を元に、一軒一軒あいさつ回りを始めました。
あるお客様を訪問した時の話です。
「実は、私は家を建てるつもりはないし、もし建てるとしても絶対にお宅の会社では建てない。」
「えっ、一体何があったのですか。」
そのお客様は、住宅建築の予約金として、すでに二十万円を納付されていたのです。
「実は、お宅のSさんの車に追突しましてね。当方のわき見運転で、こちらが悪かったのですが・・・。事故のおかげで、顧客のところに行けなくなって、契約が取れなくなってしまった。どうしてくれるという話になったのです。私は示談金のつもりで、お金を渡しました。」
「・・・・」
私は、言葉が出ません。とても信じられない話で、Sさんがそんな人だったとは・・・。
人のいいおじさんで、ちょっと顔つきは悪いのですが、営業成績もいいはずだったのです。
たしかに、目先の数字が欲しくなり、隠語で「タコ足」と言っていましたが、タコが自分の足を自分で食べるように、今月の成績が欲しくて自分で自分の金を使って成績が上がったように報告する営業マンもいました。会社は、知って知らん振りしていました。
「申し訳ありません。すぐに解約させていただきます。」
私は、会社に戻り事情をN所長に話しました。
「君が顧客を引き継いだのだから、君の責任で処理してください。」
信じられない言葉が返ってきました。
 営業報酬は「コミッション」と言って、お客様から頂いた申込金の何割かがその場で営業マンに現金で渡されます。 すでに退職したSさんにいまさら言うのも、いやでした。 私は、自分のお金を会社に返金し、解約手続きをしました。その時に「始末書」を書かされました。
結果、ペナルティーは、営業ノルマがマイナス一千万円からのスタートとなりました。

お客様のところにいって、二十万円全額返金し、手続きを終わりました。契約上の法的な責任は会社にはなく、お客様の事情による解約は、九万円程度しか戻らないのが決まりでした。
私は、それはしたくありませんでした。N所長は、会社の方針を言うだけです。
 知らないふりをしても良かったのですが、・・・。

「この会社は、自分の居るべき場所ではない」と思いました。その年をきっかけに、私はまた、不良社員になってしまいました。自分が販売している商品に自信が持てなくなってしまったのです。
会社を辞めた時、空しくて悲しかったのですが、なぜか開放感も感じていました。その後、この会社は業績も悪化し続け、倒産して別の会社に吸収合併されました。早めに見切りをつけたのは結果的に良かったと思っています。その時の同僚とはまったく付き合いがありません。
結果的に、この事件は私にとって良かったと思っています。あのままズルズルと会社に居ても、一生、うしろめたい気持ちでいたと思うからです。