交流分析による「不安」は「心の病」「ノイローゼ」の中心になっているもので、(P)「~すべきだ」という親の心と(C)「~したい」という子供の心の葛藤が「不安」を生み出します。そして、人は「不安」(悩み)を何とか静めようとし、いろいろな心理的対応をします。これを「防衛機制」と言います。

抑圧とは何か

最も基本的な防衛機制として、「抑圧」があります。

自分にとって実現困難な欲求や苦痛な体験などを押さえ込んで忘れようとします。交流分析では、「自我状態の子供の心(C)が不安になると無意識の中に入れてしまい、気がつかないように心の平安を保つ」と考えます。

 思い出すと辛いので努めて忘れようとする状態です。苦痛のために観念、感情、思考、空想、記憶を無意識的に意識から締め出そうとします。しかし、無意識の中にはその不安が存在していますから、自然ではありません。 その行動が不自然に見えてしまいます。

≪笑顔が一番わかりやすいです。心からの笑顔と緊張している作り笑いとでは、受け取るイメージが違います。≫

 抑圧された人はどんなに腹が立っても(P)の「そんなに怒っちゃいけない」という声がして、表面ニコニコしたり、怒ってないふりをしてしまいます。いじめられているのにヘラヘラと笑っているいじめられっこなどがわかりやすい例です。
 抑圧は適切な人格の発達のために必要とされる概念でもあります。抑圧のない社会はありえないのですから、それに適応して生きてゆくしかないからです。しかし、抑圧された衝動が無意識に浮上する場合があります。例えば、抑圧されていた性欲か、セクハラや性的暴行などの形で行動に表れてしまいます。自分の意識で抑制することができません。

≪余談として、社会科学の抑圧を考えてみます。話が広がりすぎてしまいます。≫

 心理学でいう「抑圧」の意味とちょっと違って、社会科学の用語としても、被支配者が、支配者から苛酷な支配を受けることと言う意味で「抑圧」が使われます。行動や自由などを無理に抑えつけられることです。
 例えば、学校教育における「みんな仲良く」というスローガンの元に人と仲良くすることを強要されることは、私は抑圧だと思います。
 また、キャリアコンサルタントの現場でも、会話が苦手な人たいして「コミュニケーションがとれない人間はダメ人間である」という決めつけの価値観を押し付けてくる人がいますが、これも抑圧です。
 また、「30になったらそろそろ結婚を考えなければならないという親戚・知人などからの圧力」などもそうでしょうか。
 このような外面的抑圧は理解しやすいのですが、圧力をかけている本人は、圧力と思っていません。本人がどう感じているかという内面的な問題は、本人が声を上げなければわからないどころか、声を上げても理解されないことが多々あります。元も子もない言い方をしてしまうと「気にするな」という話になってしまいます。
 なお、衝動に伴っておこる情緒を抑えつけることは「抑制」suppressionとよばれ、抑圧とは別の心の働きです。 抑圧は無意識的な働きですが、抑制は意識的なものです。
 感情は抑制されても前意識にとどまるように、そのマイナスのエネルギーも抑圧されたからといって消滅するものではありません。無意識にとどまり、絶えず意識に逆戻りしようとします。
 解りやすい例で説明します。
 反政府分子を国外退去させても、反政府活動がなくなるわけではありませんから、常に監視し抑圧し続ける必要があります。後で説明しますが「昇華」させるしかありません。

反動形成とは何か

 “逆は相通ずる”と言います。ていねい過ぎる人、頑張りすぎる人、やさしすぎる人、威張りすぎる人など「~すぎる人」には裏があります。

 25年ほど前の話で、今は全くつきあいはないのですが、知人に20歳ほど年上の先輩でSさんと言う人がいました。当時、私は不動産の仕事をしていました。
 卑屈と感じるくらい、年下の私に対して挨拶をし、バカ丁寧な言葉で話しかけてきます。「すごいですねーー」とか、「たいしたものですね」とか、誰に対してもおべっかがすごいのです。横で見ている私も、ものすごい違和感を感じていました。 無意識のうちに警戒してしまう自分がいました。
 Sさんは、ギャンブル好きでした。一度、その趣味を茶化したことがあったのですが、顔色を変えて反論されました。
「あまり競馬ばかりしていると、財産無くしますよね。ほどほどで止めないと・・・、遊びですからね。」
そのような感じの会話だったと思います。
「遊び」という言葉に、いつものSさんの感じと違った異常な反応をされました。
「何を言うんですが、遊びではなく、競馬は人生そのものなんです。」その変わりように、私は驚き、別の話題に逃げて、その場をごまかしました。
 今思えば、彼はギャンブル依存症でした。過去の仕事の栄光を自慢し、現在は残高がゼロになった預金通帳を持っていました。私に見せながら、「あの時、これだけの金額を、一回の取引で儲けましてね、いやー、一晩で百万円近く使って飲み歩いたものです。」
 その頃、サラ金からの借金が八百万円ほどあり、弁護士に頼んで自己破産の手続きをしていました。取り立てに来るサラ金にも全く動じません。根負けした業者は結局、「債権不存在の証明」とか「債権放棄」とかで、三百万円程度に減額され、さらに月々の支払、3000円程度で、示談が成立してしまいました。
 何百年払うつもりでしょうか。笑い話のような話ですが、ある意味すごい人でした。
 当時、帰りのバス賃500円だけを残して、地方競馬に通っていました。行きは無料パスが出ていましたから、帰り賃だけ取っておけば良いという理屈です。一度だけ、付き合いましたが目が違っていました。
「競馬は仕事です」と言っていました。
 その後、地元の福島に戻られ、偽装離婚した「元奥様」と同居して生活されています。数年前、突然電話がかかってきました。
「生きてますかーー。相変わらず競馬はしていますか?」
「何を言うんですか、競馬は人生です。」

 正反対がオーバーな人は、どこかでバランスをとらなければならない。
例えば、会社で「ちゃんとしなさい」という人は、自分の家では、「だらしない」人が多いと言います。このような人は、「反動形成」で説明できます。
 抑圧されたものと正反対のものを意識にもっている人です。
 このような人は、無意識に抑圧した思いが意識にあがってこないように、本心と裏腹なことを言ったり、その思いと正反対の行動をとります。
たとえば、
・父親への憎悪を抑圧した息子が意識的には父親に過大な愛情を抱くようにし、父親のために過度に献身的に尽くす。
・好きな異性に対して、思いを抑圧したために無関心を装ったり、逆に意地悪な態度に出る。

 本来の自分の姿は、「どんな自分であっても他者から愛されたい・認められたいと願っている」のですが、「他人からの愛が感じられないことを恐れ(裏切りを感じて失望すると思い)、他者の愛を求めないようにしようとする」のです。つまり、愛されないように嫌われるような態度をとったり、認められたい気持ちとは逆に、無意識の内に軽蔑や否定される行動をとってしまいます。
とにかく、自分の想いと反対の行動をしてしまうのです。しかも、自分の本当の想いに気づいていません。

≪余談≫
 交流分析のゲームと言う考え方で、「キックミーゲーム」と言うのがあります。私を嫌ってくれというような行動ばかりを起こすゲームです。
遅刻の常習者や、何かと引き延ばしする人など同じような行動パターンを繰り返します。本人は、「どうして自分ばかりが叱られるのだろう」と感じています。  

投影について

 心の疲れをとるために、人は「夢」を見ます。「夢」は、「投影」であり、自分の中にある「もの(不安)」を外に出そうとします。何度も同じ夢を見る時は「自分は何を避けているのか」と考えてみましょう。不安の原因が分かるかもしれません。また、人に話すことで、気づくことがあります。

 あなたが空を見上げたとき、あなたが「なんだかさびしそうな空だなあ」と感じたとします。ところが、その横にいた友達は「キレイな気持ちいい空だなあ」と思っていることがあります。同じ空を見ているのに、人によって感じ方が違います。
 それはあなたの心の「寂しさ」のフィルターを通して空を見ているから寂しいと感じていて、一方友達は「気持ちの良い」ってフィルターを通して見ているから「気持ち良い空だなあ」と感じているのです。寂しいときには空の色は寂しく見え、幸せなときには空も輝いているように見える、これが心をモノに映し出す「投影」ということです。 そして、そのとき使うフィルターが、そのときのあなたの感情と見ることもできます。投影とは、あなたの心の中にあるフィルターといえます。
≪人間は、物事をすべて客観的に見ることはできません。すべて自我のフィルターを通して認知するからです。同じものを見ても感じ方が違うのが当り前なのです。客観的に認知しようとするのが知性であり、理性です。≫

◆自己の悪い面を認めたくないとき
 「他者は自分の鏡」というように人間は普通、自分については案外知りません。他者の目を通して初めて自分の知らなかった面に気付くことはよくあります。「こんなつまらない一言で、なぜ自分は怒ってしまうのだろう」と感じたことはありませんか。
 私の場合は、「どうせ口先だけだから・・・」という言葉に異常に反応していました。行動が伴わないのです。自分でも、内心気づいていたのかもしれませんが、人から言われると、怒りを止めることができませんでした。
 そして、評論家みたいに、口先だけで理屈を言っている奴が大嫌いでした。
 住宅の営業時代、飛び込みやら、顧客訪問やら、まず行動が大切なのですが、口で言うほど行動ができなくて、いろいろと言い訳を言ってさぼっていました。

◆「あなたは私のこと嫌いでしょ」「みんなが言っているんですけど・・・」
 交流分析の「ゲーム理論」、はいでもゲームなどの場合です。
 子供が母親を嫌いと思うとき、母親に対して、「ママは僕のこと嫌いだもんね」と言います。母親が「そんなことないよ」と言っても、「ママは僕のこと嫌いだもんね」と言い、その会話を何度もくりかえし、最後に母親が「嫌いじゃないって言ってるでしょ」と怒ると、「ほらやっぱり僕のこと嫌いなんだ」と言って、自分の中の「母親を嫌いという感情」を、相手の中に投げ入れて楽になる。
 相手も自分を嫌いなんだから、自分が相手を嫌いになってもいい。
◆自分のとるべき責任を人のせいにする
「こいつのせいで、・・・できなかった。」「こいつがミスをしたばっかりに、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
 ある会社の社長が、取引先に部下を連れて謝りに行った時のセリフです。自分のチェックミスであり会社としての責任ですから社長が全責任を負うべきなのですが、その部下はすっかりやる気をなくして、会社を辞めてしまいました。
 その後、その社長は、「あいつは俺を裏切った」と怒っていました。片腕の幹部社員が辞めたことで、会社の雰囲気も悪くなり、他の社員もすべてやめてしまいました。事業も傾き、結果倒産。25年ほど前、私が関わった土木コンサルタント会社の苦い思い出です。
重く心を病んだ人は投影の固まりになります。理性が働かなくなり感情だけが自我を支配します。

投影の活用

 他人に対して感じたこと、思ったことが自分の気持ちや思考パターンであると思えば、逆にいろいろと活用することができます。
「人や物がどんな風に見えるか?」をチェックすれば、自分の心の状態を知ることができます。
日常生活で、特に仕事に没頭していると感情を抑圧しがちです。抑圧された感情は必ずストレスとなりますから、おしゃべりしたりカラオケしたりリラックスしたりして、感情を解放してあげる必要があります。
 人間よりも自然の方が自分の心を映しやすいです。日頃から、時間を見つけて空や木々を見て、どう感じるかをチェックして自分の心の状態を知っておきましょう。

 また、ふだんは意識しないけれど「実は我慢してること」を知ることもできます。そして、自分の心の痛みを知ることもできます。
 あなたが人に対して「こいつ嫌だなあ」とか「苦手だなあ」と感じたら、具体的にどんなところに嫌悪感があるのかをチェックしてみてください。
例えば「えらそうなところ」「裏表のあるところ」「怒りっぽいところ」など。そして、なぜ、それが嫌なのかと考えてみるのです。
 もしかすると、そこに「えらそうな奴に苦しめられた自分(または周りの人)」の思い出が、浮かび上がってくるかもしれません。それが、原因であることがわかります。
逆の場合も活用できます。あなたが人に対して「こんな部分は素敵だなあ」「こんな人になりたいなあ」と思うとき、その具体的な要素を探してみるのです。
「誠実なところ」「きれいなところ」「素直なところ」など。それを認知することができれば、あなたの望む価値感ですから、自分に言い聞かせるのです。
「私は誠実だ」「私はきれいだ」「私は素直だ」
 口に出して言うと、もっと気持ちがよくなります。さらに色紙に書いておくのもよい記念になります。

否認について

 人は、現実を認めるのが怖いので、現実に直面するのを避け、真っ向から現実をないことにしようとします。 例えば、死に瀕した患者の場合、「あと半年しか生きられない」と宣告されたら、「そんなことはない」「検査が間違っている」などと思い高い薬を探し求めたり、いろいろな方法を探します。
「否認」とは現実を意識しないようにする、あたかも、それが存在しないようにして精神生活を営むことを指す無意識レベルの心的防衛です。

 これは、ある物事を一面(現実)では受け入れながら、他面(想像的、空想的な自己愛的面)では、まるで幼児のようにこれを否認していることを指します。
 多重人格とか解離性同一性障害とかいわれるものも「否認」のひとつと考えられます。
 例えば子供が親に生活を依存している時期にいわれの無い虐待をうけたとします。最初のうちはじっと耐えるしかないのですが、精神的に追いつめられていくと無意識的に虐待の現実は認めつつも、一方で今虐待されているのは「悪い自分」であって「本当の自分」はすごく良い子なんだと言うように人格を分けてしまうのです。
つまり恐怖や不快な体験をしたとき、それを夢や何かの間違いだとして否定することを言います。
 「この私が、こんな目に合うはずがない。この世界は、偽りの世界だ。」
 自分の思い通りにならない現実に対して、受け入れることができず、空想の世界に閉じこもってしまう、とても怖い状態です。
 「気づかしてくれる愛」が側に居ないからなのかもしれませんね。

≪余談≫
 ものすごく、悲しい出来事が起こったとき、涙も流さず、ボーとしている場合があります。その時、ふわふわしている状態で、どことなく遠くから自分を眺めているような感じで、冷静にみている自分がいました。「こんなことはありえない」と何度も自分に言い聞かせていました。
   その場面は、20年以上経った今でもはっきりと覚えています。
 不思議な感覚でした。涙も流さず、ただ立っているだけがやっとの状態で、映画の一場面を見ているような感じでした。怒りとか悲しみとか、何の感情も湧かないのです。涙もこぼれませんでした。
 そばにいた人の涙で、ふっと我に返ったことを覚えています。私が死ぬまで、決して忘れることのできない出来事でした。その時、感じたのが「気づかしてくれる愛」でした。

 ≪何のことかわからないと思いますが・・・。立ち直るまでに、七年余の時間が必要でした。≫

取り入れ、同一化(同一視)について

 心理学関連のホームページに次のように書いてありました。難しいですね。

自分にとって重要な人のマネをし、同じように考え感じふるまうことを通してその対象を内在化する過程をいう。最も原始的な心的規制の1つ。
同一視が起こる過程は以下の通り。
 1.対象を求めるリビドーが何らかの困難にあう
 2.対象に向うのを諦める
 3.代わりにその対象を自我に取りいれる
 4.自我が対象と同じようになる
 5.それに対象との結びつきを果たそうとする
 同一視は人格が形成され、自我と超自我が発達するのに重要な方法である。エディプス期(3歳から6歳頃まで)において、子どもは親に劣っているという事実に、この同一視を用いることで対処する。
 自分が親のようになりたいと願い、意識的・無意識的に努力し励む。同一視は子どもの成長させる推進力である一方で、親への敵意感情に対する防衛機能としての役割をも果たすのである。

≪用語について≫
※リビドーとは、人間に生得的に備わっている衝動の原動力となる本能エネルギー
※エディプス期とは、男女の性的違いに気づいていく時期で、男児と女児では発達に相違がある。時期については諸説あるがおおむね3歳から6歳頃までとされる。
 男児は母親、もしくは女性の母親的存在に強く魅かれる(エディプス・コンプレックス)。そのまま固着すると、母親、もしくは母性への逸脱した思慕や、年齢の極端に離れた女性への興味関心が固着するとされるが、発現には個人差がある。
 女児においては自分に男根が無いことに対する不安や男根への渇望が生じ、それが性同一性の獲得に繋がる、とされる。まれに男根願望が固着し、男勝りの女性となることがある、とされる。

≪性的な本能エネルギーとは、生物が持つ基本的な生存欲求そのものです≫

 簡単に考えると、好きな人のまねをするのが「取り入れ」でしょうか。こう考えると、当たり前のようであり、何の問題もないと思うのですが、心理学でいうこの感情の奥には、恐ろしいものが潜んでいますね。
 例えば「ユダヤ人がドイツ将校を真似て自国の人々をいじめて、ドイツ人に取り入り、自分の命を延ばそうとする」という事例が紹介してありました。
 大好きなタレントの格好をまねしたり、憧れの教師と同じように振舞うことも、「攻撃者との同一化=怖くて対決できない人に似ることによって安心する」という心理状態が隠されているといわれています。
 この攻撃者という考え方は、面白いと思います。これが不安の正体だったのです。

≪余談≫
 自分にない名声や権威に自分を近づけることによって自分を高めようとする。他者の状況を自分のことのように思うこと。これを同一視といいますが、よくわかります。
 イチローの活躍を「日本人として誇りに思います」と言ったりするのもそうです。
「同じ学校から優秀者が出た」「我が町が生んだスーパースター」「親戚に有名人がいる」
 また「映画や本の主人公と自分を重ねて見る」ことはよくあります。昔、ブルースリーの「燃えよドラゴン」という映画を見たあと、映画館の外で「アチョーー」と気勢をあげていた自分を思い出しました。笑

合理化・置き換え・取り消し

 これらは、不安を取り除くためのいい方法だと思いますから、むしろ正常な人間であるということではないでしょうか。

◆合理化とは
 もっともらしい理由で、自分の本当の姿を防衛し、不安を処理することですが、私が最も得意としていた技?です。
 へ理屈、負け惜しみなどがわかりやすい例です。
 大学入試に失敗した時、自分の学力が不足していたことに目を背け、「あの大学はもともと学風が嫌いだった」と人に言っていた自分を思い出しました。満たされなかった欲求に対して、都合の良い理由を付けて自分を正当化しようとしていました。「あの日はお腹が痛かった」と、体調のせいにもしていました。

◆置き換えとは
 不安なもの、認めにくい別の恐怖や衝動を、もっともらしいものに置き換えることです。
たとえば、いろいろな恐怖症。高いところが怖い、車に乗れない、犬が怖い、ガンが怖い、エイズが怖いなどは、この裏側に別の恐怖、トラウマがあると思えます。
 また、「怒る」というような感情の場合、本来怒りをぶつけるべき相手にではなくて、比較的怒りやすい相手に、怒りをぶつけたりします。
 例えば、上司への不満を持つ夫が妻にあたりちらす行為は対象の置き換えです。夫を失った妻が息子を溺愛するのは衝動の置き換えだと言えます。置き換えをすることで心の安定が(一時的にせよ)守られるわけですが、それはベクトルが別の方向を向いただけで、問題そのものが消失したわけではありません。
 つまり、割りを喰う者がいるということです。(本来悪くないのに怒られるとか、そんなに悪くないのに問題にされるとか)しかもそれが、延々と続いたりします。で、本質から外れたところで物事が語られるので、当然問題が解決されるはずもありません。問題と正面きって勝負しないお陰で守られるわけですが問題は当然残ったままで、見えないところでマイナスのエネルギーが積み重なっていきます。
 心の中で他の防衛機制と同じように、最後は勝負するしかなくなり、その内、にっちもさっちもいかなくなるんです。(なにせ、本来とは別のところで勝負しているのですから)
そして、転換ヒステリーなどの症状が出ます。「葛藤やその他の心理的な問題を身体領域の症状に置き換えて(転換という防衛)現れるヒステリーである」とされていますが、原因不明の身体的麻痺、手や足のしびれなどが起こります。また、視覚、聴覚、嗅覚、味覚などにも障害が出ることがあります。

◆取り消しとは
 不安を起こした行為をやりなおす事により罪悪感から自己を守ろうとする機制です。悪い事をしたと言う罪悪感を軽くするため、埋め合わせや償いをします。 
・罪滅ぼし→子供を叱りすぎたら、何かを買ってやろうとする
・あがない→相手を必要以上にとがめた事を、取り消す
・汚れた行為を洗い流す→手ばかり洗うのは、一種のみそぎのような形です

≪余談≫
 いろいろな事例を話していますが、これが不安の正体です。日常の生活の中で、このような無駄なエネルギーを消耗している時間がいかに多いか、考えさせられます。

 人は気づくことで、変わることができるというのが、交流分析の立場です。その不安を取り除く最高の薬、それが「感動と感謝」だと確信しています。

≪追記≫
「置き換え」が別の対象に向かうのではなくて、自分に向かうと「感情の内向」になります。うつ病の人などは、本当は怒っているのに、(P)が強くて相手に怒りをぶつけずに、自分にぶつけてしまいます。腹が立ったら、相手を責めずに自分を責めるのです。
 必要以上に自責の念、自己嫌悪、自傷行為(リストカット、タバコを押し付ける)最後に自殺という手段をとることになってしまいます。
 うつになると、ほとんどマイナス思考で、生きていてもつまらない、失敗ばかりするつまらない人間、自分を大事にしないなどの傾向がみられ、自分のマイナス面ばかりを見つめてしまいます。「私も生きている価値がある」「私も役に立ったことがある」など、自分のプラスの面の材料をたくさん集めて、バランスをとることが大切です。

分離(感情分離)とアレキシサイミア

防衛機制は、誰もが持っている心の安全装置です。心理的な自動的な対処方法、或いは世界との折り合いの仕方といえる働きですが、その働きが慢性的に過剰になったり統合性が不調になると、現実を歪めて捉えることとなります。

 分離とは一度、「否認」のところで述べましたが、感情と知性が離れてしまうことです。
・悲しいとき(葬式のとき)決して涙を流さない人
・すごい失敗をしたときも落ち込まない人
・腹が立ったとき、感情を排除して、淡々としている人
・外では紳士、家では暴君の人

 これが分離です。これは「原初的な防衛機制」ですから、本人は認識していません。自分でも「なぜなのか」理解できない状態です。周りからみると確かにおかしいのですが、本人はその歪みに気づきません。

◆アレキシサイミア

 心身症で「アレキシサイミア→失感情症」というのがあります。自分の感情を認知することの障害です。
アレキシサイミアの特徴は
・自分の感情や、身体の感覚に気づくことが難しい(鈍感である)。
・感情を表現することが難しい。
・自己の内面へ眼を向けることが苦手である。

といったことが挙げられます。すなわち、内面の感情や感覚の気付きが低下して感情を伝えることも障害されている状態をいいます。
 なお、心身症とは、ストレス性の潰瘍、高血圧など、心因の影響が大きい身体疾患のことですが、アレキシサイミアの傾向を持つ人は自らの感情を認識することが苦手なため、身体の症状として現れてしまうといいます。

・心身症以外にも、身体表現性障害、アルコール依存症、摂食障害、うつ病などの精神疾患にも、一部でアレキシサイミアが関係している。
・アレキシサイミアには、発達早期の母子相互の感情的な交流が障害されていることが関与している。
・また、家族病理との関係や社会文化的な因子との関連もある(感情の表現をあまりよしとしない民族に、アレキシサイミアの傾向が高いなど)。
さらに、生物学的なメカニズムとしては、
・感覚や感情を司る脳幹部や大脳辺縁系と、認知や言語機能に関与する大脳皮質との伝達機能障害が関係している
・左右大脳半球の機能の解離がある
・右大脳半球で何らかの機能障害がある
などの説があります。

知性化と退行

◆知性化について
 赤ちゃんを育てることに自信のない人がマタニティブルーやうつ病になるそうです。そんなお母さんは、育児書ばかり読んで、情報に振り回されることになります。頭でっかちの状態になり、行動が伴いません。
≪心理学講座や本で知識を豊富にしていくと、この知性化がおこる場合があります。勉強したことですべてを知ってしまったような気になり、問題がすべて解決できたような錯覚に陥いる危険があります。自分自身に言い聞かせていることです。カウンセリングなどは経験が一番必要だと思います。知識だけでは対応できません。≫

◆退行について
 人は年齢にふさわしくない子供っぽい形で不安を処理する場合があります。
・赤ちゃんがえり →弟や妹が産まれると、母親の気を引くため年に似合わず赤ん坊のように振る舞う子供。
・責任が重くなると、手を洗うなど強迫行動をとったり、酒を飲みます →緊張感のあまり、円形脱毛になったことがあります。
・かんしゃく、甘え、やけ食いします →「もっと心配してーーー」という叫びですかね。
 つまり、耐え難い事態に直面したとき、子どものように振舞って自分を守ろうとするのです。

 退行の原因にはいろいろありますが、子供のころに、本来持っている本能的エネルギー(幼児性)が満たされず、ある部分に貯まって残っている状態と考えられます。
 本能的エネルギーが強い人ほど内的や外的圧力に容易に屈し、その時点に退行しやすくなります。つまり、それだけ自我が脆弱で不安定なのです。
 健康な人間でも睡眠時、食事、排便時、入浴時などリラックスできる時には軽い退行が起きます。たとえば、サッカー・スタジアムなどで大の大人が子どものようにはしゃいだり叫んだりすることや、また母親に甘える父親などでは、健康な退行が起こっていると言えます。
 健康な退行と違い、病的な退行は、その時点から正常な精神状態に立ち返る事ができません。

 ≪余談≫
いろいろネットを調べていましたら、防衛機制に次のような分類の仕方がありました。

■ 高度な防衛機制 →意識でコントロールしている
ストレスに対してスムースな適応状態、バランスを示すもの、健康水準、神経症水準の防衛機制です。 ご自身が防衛している事を、ある程度認識(自分を観察)しています。
防衛機制の働きが過剰になると神経症へとつながります。神経症の方は、ご自身の状態を認識していますので健康水準(観察自我が機能している)といえます。

■ 原初的な防衛機制 →意識していない
脅威となる可能性に対し、観念、気持ち、記憶、願望、恐怖を意識の外に保つ。認識(自分の観察)が十分行われない防衛機制です。
誰もが原初的な防衛機制を持っていますが、この水準の防衛機制が支配的になると社会生活機能が著しく低下します。

補償と昇華

 自分にハンディがある場合、過剰な努力をしてしっかりしたところを見せようとする傾向があります。野口英世や田中角栄などのように、劣等感で成功者になる事例です。しかし補償の場合、努力した人の最後の結末は、人生墓穴を掘ったり、失敗したりすることが多いと言われています。  ハンデが動機の原因ですから、必然的に自我が強くなり、我欲が肥大化する傾向があるのです。能力があるから、逆に勝ち負けにこだわったり、お金に執着したり、名誉欲が強くなってしまいます。敵を作りやすくなりますので、裏切りなどで失敗してしまうのです。

≪「合理化」の記事で述べた高校時代の親友の事例≫
 苦労をしているときは、努力家ですし、人に対してもやさしく、誰からも好かれる性格だったのですが、社長としての名声や収入が増えると、人が変ったように我欲が強くなりました。
 自分だけが、給与200万円近く取るようになりました。もちろん部下は、社長の四分の一以下です。
 自分がすべての仕事を取ってきていましたから、当然だと思っていました。部下を叱ることも増えてきました。 そして、顧客の前で自分の責任を棚上げして部下を叱責したことから、社員が次々に辞めていきました。
 彼は、高卒で、二年ほど専門学校に行っただけでした。現場で鍛えられた、実務家で誰よりも努力して、業界でも有名な土木コンサルタントになりました。大学卒に対するコンプレックスから、「大卒の技術者には負けない」が口癖でした。
 仕事がうまくいかなくなり、会社は倒産、自分は自己破産してしまいました。ちょうどその頃、フィリピンに隠し子がいることが発覚し、奥さんとも離婚してしまいました。まじめで誠実な性格で、私から見ても人一倍、必死に働いてきたのに、いつの間にか浮気を覚えて、隠し子までいたのです。
 私の人生で初めての親友でした。私も借金の保証人になり、大変な損害を受けました。いまは全く連絡もなく、さびしい限りです。

◆昇華
 補償と昇華はどう違うのでしょうか。
 高校時代の親友は、あれだけ優秀だったのに、なぜ昇華できなかったのでしょうか。
 この「補償」を考えるとき、いつも彼のことを思ってしまいます。
 社会的に認められる形で、自分の感情を高いレベルに、建設的なものに置き換えるのが昇華です。「抑えられた欲求などをスポーツ・芸術などに向けたり、非社会的な欲求を、社会に受け入れられる価値ある行動へと置き換えること。」と説明されてありましたが、気をつけないと、「昇華」できずに「補償」になってしまいます。
 失恋したので、運動してそのことを忘れようとする。
 試験に落ちてムシャクシャするのをボクシングで発散。
 この程度の「抑えられた欲求」であれば、昇華するのは簡単なのかもしれませんが・・・。

不安からの解放

①からだをリラックスさせる

 不安は、体の変調で気づくことができます。体調が悪いと感じたら、その原因が心にあるのではないかと考えてみてください。
 薬は有効です。腹痛や肩こりなどが分かりやすいと思いますが、薬によってその状態を緩和することで、心にも多少は影響を与えます。
 心の風邪である「うつ」にも、いい薬が開発されていますので、薬を利用することに躊躇してはいけません。 根本的な治療ではないのかもしれませんが、症状を緩和することで、人間が本来持つ自然治癒力を生かすことができます。
 だだし、これは依存につながる危険性もあります。気をつけてください。薬で治すことは自然ではありませんから、副作用もあるのです。

②心をリラックスさせる

 人間の脳はものすごいスピードでいろいろなことを考えています。その中に、いろいろな悩み、マイナスの波動が含まれます。それがストレスの原因なのですから、心をリラックスさせるためには考えないようにすることが一番の方法です。一旦、悩みをスイッチオフするのです。
 頭を休めるためには睡眠を十分にとることです。「明日考えよう」と決断することができれば、ずいぶん楽になるはずです。リラックスできる好きな音楽を聴くこともお勧めです。

≪「こころをリラックスさせるぞ」と意識することが大切です。具体的に想像しながら動いてみます。 頭の後ろにへばりついている悩みの塊を、エイと言いながら取り外し、横に置くジェスチャーをしてみてください。 「悩みを取り外したから、楽になった」と声を出して言います。ばかばかしいように思われるかもしれませんが、そのばかばかしいことができる自分を笑うことができれば、不安から解放されます。≫

③現実を正しく見る

 現実にはありえないようなことを妄想して、それが不安の原因であることがあります。
例えば、被害妄想(ひがいもうそう)は、自分が他人から危害を加えられていると思い込む妄想です。
「私は悪くないのに、ひどいことを言われた」「私は何もしていないのに、意地悪された」「私はこんなに思っているのに、冷たくされた」・・・。
 他人への根強い猜疑心等が生まれ、心的外傷後ストレス障害やうつ病、統合失調症などの精神病患者たちに多く見られる症状の一つです。覚せい剤など薬物の使用によって現れることもあります。
 妄想しているだけなら、他人に影響を与えませんが、口にだしたり、行動・態度で表したりすることは、宜しくありません。その行動・態度が自分の考えの歪みをさらに悪化させてしまいます。
「現実を正しく見ること」は難しいかもしれませんが、「自分の考えに歪みはないだろうか」と自問自答する習慣ができれば、不安から解放されます。
≪何を理想論を、と思われるかもしれませんが、不安とは歪みが原因だと理解できれば、冷静になれるのではないかという提案です。≫

④恐れと向き合う

 いろいろな治療法が開発されています。
 認知療法、行動療法、暴露療法などです。自分が、まともではないと感じたら、心理学的な症状の事例を調べてみることをお勧めします。≪後でまとめて紹介します。≫

⑤規則正しい運動をこころがける

 逆に考えるとわかりやすいです。
 「うつ」などで悩まれている方が、毎日スポーツをされている状況はイメージできません。運動を心がけると、強化されるのは筋肉ばかりではありません。心をも鍛えることができます。
 体力がつけば、恐怖からは走って(お望みなら泳いで)逃げることもできます?!
 言い訳に負けずに、毎日の運動を心がければ、不安から解放されます。

⑥正しい食事をこころがける

 食事が健康に与える影響は、皆さんよくご存じのはずです。心と体は一体ですから、体に良いものは心にもよい。不安な状態になると、規則正しい生活や食事ができなくなります。
 いろいろと心配でたまらない、けれど、自分を守るために規則正しい生活と食事をきちんと取ることを決意する。
 とりあえずその習慣だけは守る。
食堂の壁に、書いておくといいと思います。

⑦シンプルな生活を送る

 不安の原因の一つに欲があります。この世で成功しようが失敗しようが、自分の肉体を脱いでしまえば終わりです。
病気が怖い、苦しい。これも、この世にいる間だけのことです。この世の体験を終える時、「肉体を綺麗に脱ぐ事さえ出来れば」必ず開放されます。ここに人生の真実があります。

人生はシンプルな法則で動いています。
人を幸せにすれば、人から幸せにされる。
人に感謝すれば、人から感謝される。
人を愛すれば、人から愛される。
逆に
人を利用すれば、人から利用される。
人を疑えば、人から疑われる。
まだまだ、いろいろありますが、簡単な摂理です。
シンプルな生活を心がければ、シンプルな幸せが得られます。
不安は、この人生に対する感謝を忘れたことが原因です。