inner management

社員の心に直接アプローチするマネジメント理論
指示命令ではなく「共感」。思考ではなく「感情・感性・感覚」によってマネジメントする。

インナーマネジメントとは

Theory of the inner management Section.4-1

「インナーマネジメント」という言葉は、“自分の可能性を自律的に実現していこうとする内発的な動機を促す”という意味で使用しています。その内発的動機を「気づく事によって、自由闊達で楽しい組織が創造できる」と考えます。 


 図でわかるように「目に見えない部分」のマネジメントがないと、「目に見える部分」の管理をしてもうまくいかないという考え方です。その基礎部分には「仕事に対する誠意」が必要です。
 「成果、発展」という結果は、「個人の技術の向上、ノウハウの蓄積」と「楽しさ、働き甲斐」とそれぞれがリンクしています。このバランスが大切だと考えます。
 なお、仕事を単なる報酬を得るための手段と割り切っている人には、この理論は成り立ちません。

実際に、サラリーマン生活をしてこられた皆さんは、この「ホンネの部分」は納得できるのではないでしょうか。
「ダメな上司がいつも思いつきで、指示をする。なんとなくゴマかして、やり過ごしていると言うことが変わる。」「上司はいつも指示するだけで、自分がいつも尻拭いをさせられている。」とグチを言いながら部下は仕事をしています?!

「インナーマネジメント」もベースには、アメリカ流の合理主義的経営がありますが、その合理性を超えた経営のコツがあります。合理的経営の欠陥部分を人間的な包容力で補い、タテマエとホンネをうまく使い分けて、うやむやにごまかしてきた部分こそ大切なものだったのです。
 人間的な情で組織が動いていた。これを「良くないこと」ではなくて、今後はそれを堂々と何の罪悪感もなく白日の下にさらして実行するのです。「上司の尻拭い」「やりすごし」などという一見しょうもない現象にこそ、日本的経営の強さがあったのです。

 たとえば、
・ 上司の指示・命令を自らの判断で優先順位をつけて遂行し、必要に応じて指示されないことも自主的に行って常に時機に応じた解決策を提示する。
・必要があれば指示されなくとも、実行して後で報告する。

こんな部下がいる会社はいい会社です。どこかに上司に対する信頼感があります。事後報告を認めてくれるような安心感があるから、勝手に行動してしまう部下がいるのです。
 母親のひざの上の赤ちゃんは今まで知らなかった新奇のものに盛んに興味を示しますが、自分が守られて安全だと言う確信がもてない時は、既知のものにしか興味を示しません。
 一般に人は、自分の立場が安全だという確信が持てないと、新奇のものや高い目標に挑戦しなくなります。結果がわかっている平凡な仕事しかしなくなります。

この「安心感」が大切です。
いい会社は、この「安心感」を与えることのできる上司がいる会社です。

 成果主義による技能評価制度では、この「安心感」が保てません。目標管理・プロセス管理などでは、マネジメントが機能しなくなるのです。年功序列型賃金、終身雇用の制度、戦後の復興を支えた「日本型経営」にはこの「安心感」がありました。すべてが正しかったとは言いませんし、時代が違うといえばそれまでですが、日本人の特性にあった素晴らしい部分をもう一度再構築する時機が来たのではないかと思うのです。

人間的な情で商売は成り立っています。
「品質が良くて、優れた機能を備えていて、しかも値段が安い品物を作って売る。これは商売をやって儲けるためには当り前のことです。その点で同業他社に負けないように頑張らなければならない。それも当り前のことです。しかし、商売の究極は品物に人情をつけて売ることです。人情とは親切とか丁寧とかいうことです。品物に人情をつければ、儲かる商売ができます。手持ちの人情がなければ、せめて品物に笑顔をつけなはれ。笑顔に勝る人情はありません。」松下幸之助の言葉です。
 物を売るだけが商売ではなく、満足を与えるのが商売です。
 満足とは、感情です。
 品物を作る社員の心がヒット商品を生みます。そのベースは「企業風土」だと考えます。

 企業風土とは、その企業特有の倫理観や内部規律までも含んだ文化です。
 経営者の考え方が管理のシステムに影響を与え、その成功体験が歴史となって積み重なります。社是や社内マニュアルだけでなく、明文化されていない管理職の思考の傾向、社員の行動基準も含みます。ある企業では、リーダーに逆らうことはタブーであったり、ある会社では、会議で質問しなければ、無能であったりします。

合理性を超えた経営のコツ
人間性を考慮した、信頼感、安心感、共感を得られるマネジメント。それが「インナーマネジメント」なのです。

 企業のマネジメントもその構成員は人間なのですから、社員同士の感情の共有がなければうまくいきません。
 感情は、人から人へと心の垣根を越えていきます。そこに共感が生まれます。人生の喜び、感動は、人と人の共感のなかに生まれるものなのです。
 仕事は、私たちの人生の中で多くの時間を使います。その仕事によって私たちは生活し、生きる意味、やりがいを探しています。

 こうした視点の発想は、次の世代の職場のあり方を示唆しています。各自が最高の能力を発揮することを求めるなら、上からの指示や上司による指揮管理で効率を上げようとした従来のやり方は、リストラしなければなりません。
「成果とか結果」を求めるのではなく、「各自の能力発揮」になります。 社員教育も「教える」から「学ぶ」ことが目的になります。
 能力評価も従業員の長所短所ではなく、「どんな仕事をしてそれにどんな意味があるか」という質問に変わり、会社とは従業員一人ひとりが自分を開発していくことのできる「組織体」でなければならなくなります。 そういった企業は、今まで企業よりはるかに「自由」であり、「やりがい、働きがい」を感じることができます。


 物を作る企業では、その物を作る人間の品質が商品の品質です。
 経営マネジメントとは、その最低部分の品質を向上させることだと思います。

 どんなに経営者が優秀でも、社員一人ひとりの意識付けができなければ品質は保てないのです。そして、それぞれの品質が向上すれば、指示・命令といったマネジメントは必要なくなるかもしれないのです。 一人ひとりの内面的な能力を向上させる手法が「インナーマネジメント」です。

インナーマネジメントの具体例

Theory of the inner management Section.4-2

・社内で、人事命令に依存しない「チーム」が自然発生し、以前は上司が担当していた職務の大半をこなしている。
 部門の垣根が低くなり、課長という仕事の内容が変化します。必要な時に、必要な人材を、必要なだけ投入したり、変化に応じて人員配置を変更したりすることが可能になります。

・以前は、品質の維持、評価に専門の検査機関が必要であったが、今では従業員たちが自分たちで品質をチェックしている。
 従業員一人ひとりの質が向上しますので、マニュアルによる管理が必要最小限です。 大きなミス、失敗が少なくなり、状況の変化に臨機応変に対応できます。

・今では、上司が部下に査定されている。
 管理ではなく、対等の立場、部下のサポートになり管理のストレスが軽減します。部下の成長と成功を共に共感することができます。

・今では部品や材料・原料の納入業者が製造企業の組織の一部に組み込まれ、企画や決定まで参画している。
 多様な考え方を共有できるようになり、相乗効果が期待できます。グループとしての一体感を感じることで、楽しさ、やりがいを感じることができます。

・以前は中央集権で、二段階、三段階の許可が必要だった顧客サービス上の判断を、今では営業マンが自分の責任で行っている。
 従業員各自が、経営者的な感覚を身につけることができます。

 これが実現出来たら、ちょっとした革命ですね。


≪余談≫

「どんな時に、仕事を楽しく感じるか。」という質問に対する答えです。
・ 仕事に熱中している時
・ 喜ばせたい人のために何かをするとき、活動しているとき
・ 同僚たちといい関係のとき
・ チーム全体が共通の目的に向かって働いているとき
・ 自分が組織に大きな貢献をしていると自覚できるとき
・ プレッシャーからではなく、自分の選択で動いているとき
・ 自分がいましている仕事が好きなとき

逆に「どんな時に仕事がいやになりますか」という質問の答えです。
・ 同僚と摩擦が起きているとき
・ 能力以上の仕事をしなければならないとき
・ 時間が足りなくて、質的に満足できる仕事ができないとき
・ 明白な理由もなくやり方の変更を指示されたとき
・ ルーティンワークばかりで学ぶべきものがないとき
・ 周囲が自分の言動を逐一査定、評価していると感じるとき
・ 何をやっていいかわからなくて、やる気をなくしたとき
・ 自分の時間を仕事にとられすぎたとき
・ 周囲から信頼されないとき
楽しくなければ仕事ではありません。

変化を嫌う

Theory of the inner management Section.4-3

 企業風土

 確かにあります。
 言葉で説明することは難しいですが、長年にわたって気づき上げられてきたもので、企業特有の倫理観や内部規律までも含んだ文化と言えます。
 これが、個人に与える影響は予想以上に大きいのです。これを変えることは本当に難しいと思います。

 以下の理由が考えられます。
①変化を起こさなければならない立場にある人たちは、自分自身がまず変わるという必要性を回避する傾向が強い。
 の人間にとっての変化とは、「我々」が「彼ら」にやらせることであり、学習は「彼ら」がすべきことだと勘違いしている。

まず、自分が変わる。 自分が変われば自分の周りにいる人々が変わり、周りが変われば組織が変わる。

②変化への抵抗は、自分自身に直接関わる身近な特定の変化ではなく、変化そのものに向けられることが多い。人は変化を嫌う。
 企業における変化は、通常は強制と評価によって推進されがちです。基準となるモデルがあり、このマニュアルに従って、「これをして、これをしてはいけない」と指示されます。
 これは結局効率が悪く、うまくいかないことが多いのです。過去の成功体験、経験も変化を阻害します。「今までこれでよかったのだから」と新しい技術を素直に評価しません。


理性が邪魔している

 個人の行動を左右し、思考や感情の方向づけに大きな影響を与えながらも、本人には意識されない心理的過程を無意識といいます。
 人間が理性と論理で自分自身を十分にコントロールできるというのは、とんでもない錯覚です。実際には無意識からこみ上げてくる様々な衝動の支配下にあるといえます。
 しかし、まったく理性が働かない訳ではありません。理性が衝動をある程度ブレーキをかけています。これによって普通の社会生活が保たれていると言う人も多いと思います。
 私が述べたいのは、逆に、理性が邪魔している場合も多いという考え方です。
 物事には「大きな川の流れ」(シンクロニシティ)みたいなものがあり、その流れに従うことで、物事がトントン拍子に進むし、スムーズにうまくいく、そして、それを妨害するのが表面的に頭で考えた発想、合理性であり、「外発的動機」なのです。
 無意識は、私たちを良い方向に導いてくれると信じること。
 無意識に身をゆだね、何事も前向きにとらえる「積極的な思考」が大切です。


≪余談≫ ゆがんだ目標

 健康的に達成動機が高く、失敗を恐れる気持ちが低ければ、人はちょうど良い目標を選べます。ところが、そうでないと、適切な目標を選ぶことができません。
 たとえば、実力はあるのに、いつも小さくなって遠慮して、低すぎる目標ばかり選ぶ人がいます。一方、ゆがんだ目標設定として、高すぎる目標を選んでしまうこともあります。
 私は、予備校の時、全く勉強しなくなり(パチンコは毎日暗くなるまでやっていました)、成績も悪くなりました。 でも、プライドだけは高かったのです。成績は悪くても大学には行きたいと思っていました。そして、受験した大学は、絶対に合格できるわけのない偏差値の高い大学ばかりでした。
 どうして、そんなことをしたのでしょう。
 そういう大学なら、落ちても恥をかかないからです。
 プライドが傷つかないからです。
 心の中に、失敗への不安が大きくあり、その不安がそのまま外に現れると、低すぎる目標だけを選ぶようになります。不安があるからこそ、強がることがあります。そうすると、恥をかかないために、高すぎる目標だけを選びます。
 口では大きなことを言って、できもしない目標ばかり掲げて、結局失敗を繰り返す。そんな人間でした。

【豊臣秀吉の言葉】
「ワシは、太閤になろうなどとは思ったことがない。
草履取りのときは草履取りを一心に努めたら、足軽に取り立てられた。
ありがたいことだと一生懸命仕えたら、侍になった。
侍の仕事に夢中になっていると、いつしか侍大将になっていたのだ。
ついに姫路一城を拝領するにいたった。
ワシは、一職をうれば一職、一冠を拝すれば一冠。
その職官に没頭して今日に至ったのだ。
ほかに出世の秘訣はなにもない。
一職に忠実な者は、何事にも忠実だが、一職を軽視する者は、どんな地位におかれても不平を持つ。
不満のあるものは成功しない。

(高森顕徹、光に向かって100の花束より)