いい言葉

他者の人生に喜びをもたらしたか?

古代エジプト人は死についてこう信じていました。
死んだ魂は天国の門の前でこう質問され、その答えによって門の中に入れなかった。
一つは、「自分の人生に喜びを見出せたか?」、そしてもう一つは、「他者の人生に喜びをもたらしたか?」

 最初の質問については、「はい」と答えることができるかもしれませんが、次の質問については考え込んでしまいます。その評価は、他人がするからです。

自分の人生を生きるとは、他人に喜びを与えること。
誰かにとって、自分という存在が大切なものであるということ。
誰かが喜んでいてくれるということ。
そして、死んだら、その人は悲しんでくれるということ。

そんな人生だったと自分で納得することができれば、それはいい人生だったと言えるでしょうね。

 どれだけ多くの人を喜ばせることができたか。
 どれだけ多くの人のために生きてきたか。

私の目標
 ・人として、働けるまで働くこと。
 ・親として夫として、きちんと死ぬ準備をして、残されたものが困らないようにすること。
 ・会社の経営者としては、社員の幸せ、仕事のやりがいなどを考えて安定した経営を続けること。
 ・会社の継続発展のため、次の世代の人材育成と、仕事を通じての社会的貢献をすること。
 ・さらに、地域社会の発展に少しでも貢献できるような活動を会社として続けていくこと。

平成24年10月29日

この人生はあなたに何を求めているのでしょうか?
何があなたのことを必要としているでしょうか?
誰があなたを必要としているでしょうか?

「自分の人生」という名前のもう一人の私が、今の私に問いかけてきます。このように考えてみるのです。

 

何かがあなたを待っている。
 その待っている何かを創造するために、あなたは生きている。

何かがあなたを必要としている。
 その何かを体験するために、あなたは生きている。

誰かがあなたを必要としている。
 その誰かの役に立つために、あなたは生きている。


 私達は当たり前と思っていることが沢山あります。
ちょっとしたやさしい微笑み、やわらかい指先、話を聞いてくれる耳、素直な褒め言葉、思いやりの態度。そのどれをとっても、私たちの人生を大きく変える力を持っています。

 「私の人生」は、私の想いによって創られています。想いが言葉となり、行動となります。良くも悪くも、自分が創造しているのです。
 にげなく使っている言葉、この言葉によって、あなたの現在の人生が創られているとしたら・・・・・
 貧乏な人は貧乏臭い言葉を習慣化しているはずです。不幸な人は不幸をよびこむ言葉を習慣化しているはずです。
 勇敢になりたければ「勇敢な言葉を」、「やさしくなりたければ、やさしい言葉を」、「積極的になりたければ、積極的になるような言葉を」日頃から習慣化すればいいのです。

 この言葉の習慣を変えるのは簡単です。
 幸せになりたければ「幸せだなあ」「豊だなあ」を繰り返せばいいのです。
 最初は気持ちを込めなくてもいいから「幸せだなあ」「豊だなあ」を何回も何回も口ずさむだけでいいのです。

 がんばったらがんばっただけ報われるなんて、理想であって、現実はそうじゃない。
 でも、時には、報われることだってある。だから、がんばれるんだ。


 人生に絶望し、自殺を考えながら、田舎の道をとぼとぼと歩いている人がいました。そのとき偶然通りかかった村人が、「今日はきれいな夕日ですね」と挨拶をしました。えっと驚いて、立ち止まり西の空を見上げると、真っ赤な夕日に木々が赤く染まっている。
 今まで全く気がつかなかった。急に涙があふれ出し、その場にうずくまって嗚咽しはじめました。村人にとっては、いつものなにげない言葉、この言葉が奇跡をおこしました。
 ただの「キレイな夕焼けですね」が、ある人にとってはたった一つの「キレイな夕焼けですね」になる。
ただの「ありがとう」、たった一言の「ごめんなさい」が永遠の憎しみを溶かすこともある。
ただの「おはよう」で涙が止まらなくなることもある。
ただの「お腹すいてない?」が、愛してると100回言うよりも愛の告白になることもある。

 言葉は無力だとよく言われます。それはある意味真実だと思いますが、同時に言葉は圧倒的な力を持っています。
これも真実だと思うのです。


人生はつまらないものだと思えば、人生はつまらないものになります。だって、その人は人生をつまらないと感じているのですから、何事もつまらなく感じてしまうのです。
人生を素晴らしいものだと思えば、人生は素晴らしいものになります。だって、その人は人生をすばらしいと感じているのですから、何事もすばらしいと感じてしまうのです。

人生や苦しみに「意味がない」と思えば、人生や苦しみに意味はないものとなるし、人生や苦しみに「意味がある」と思えば、人生や苦しみに意味があるものとなります。
「今の苦しみには意味があることなのだから」と考えると、立ち向かう勇気がわいてきます。
後で、あの苦しみがあったから今があると言うことができます。


私は「ありがとう」という言葉が好きです。
「ありがとう」と感謝の気持ちを込めて相手に伝えると、自分も相手も気持ちよくなります。
笑顔に対して笑顔が返ってきます。
感謝の気持ちを持つと、それだけで心が平安になります。
笑顔で感謝の言葉を相手に伝えると、相手も「親切にしてよかった」と思い嬉しくなると思います。
感謝の言葉は、言ったほうも言われたほうも喜びを感じるという、本当に素晴らしい言葉です。


 人を幸福にする言葉があります。
「良かったね。」「うれしいね。」「楽しいね。」「幸せだなあ。」「気持ちいいなあ。」

 人を成功に導く言葉があります。
「運がいい。」「ついてる。」「ラッキー。」「うまくいくよ。」「ありがとうございます。」

 人の潜在能力を引き出す言葉があります。
「すごいね。」「さすが、君だね。」「すばらしい。」

 人の心と体をゆっくりとリラックスさせる言葉があります。
「ゆっくりいこうよ。」「ゆったりしようよ。」「やさしいね。」「柔らかく。柔らかく。」「ゆたかだね。」「休もうよ。」

そして、すべてを含んだ魔法の言葉
「ありがとう。」
    どの言葉を使うかはあなた次第です。

言葉のエネルギー

多くの人はこの言葉の力を過小評価しています。

 人に聞こえないところで隠れて、ねたみの言葉を言っても、その影響は自分に跳ね返ってきます。
ねたみは他人の成功を否定する行動です。
他人の成功を否定するという「表現」は必ずや、自分の成功をじゃまします。ねたみの言葉を吐いている人は、決して成功しないのです。

 当然、自分のことを否定する言葉を吐いている人も決して成功しません。
 自分は謙遜のつもりなのでしょうが、「いえ、いえ、私はそんなことできませんよ。」と言う人がいます。この人は、決して「そんなこと」はできません。自分で否定しているのですから、間違いありません。謙遜している人も決して成功しないのです。

 良い表現、明るい表現、建設的な表現の後に、必ず「しかし、~」と否定的な表現をする人もいます。 この人も決して成功しません。なぜならば、せっかく建設的なことを言っているのですが、それを「しかし」でうち消して台無しにしているからです。
「しかし」という逆説の言葉は要注意です。前の表現よりも、後の表現の方が強調されるからです。

言葉はエネルギーであり「物質」です。
水に例えます。

 水には、温かい水、冷たい水があります。
言葉にも温かい言葉や冷たい言葉があります。
濁った水、汚い水、まずい水は、飲みたくありませんから、マイナスのエネルギーです。
清らかな水、透明な水、おいしい水は、プラスのエネルギーの固まりです。

人は水がないと生きていけませんから、水(プラスのエネルギー)を求めています。おいしい水(プラスのエネルギー)を求めているのですが、それを得られないと、まずい水(マイナス)でもいいから生きるために求めます。 「背に腹は代えられない」「ないよりまし」ということです。
親の愛情に不足を感じている子どもは、叱られてもいいから親がこっちを向いてくれることを願います。また、夫の愛情に飢えている妻が衝動買いをしたり、キッチン・ドリンカーになったりするのも、マイナスのエネルギーで挑発しているのです。
叱責や罵詈雑言でもいいから、「私に注目してほしい」というシグナルを出しているのです。

 精神分析を背景にもつ「交流分析」では、これをストロークと言います。ストロークとは、もともと「なでる、さする」など体を愛撫する意味の言葉です。言葉で褒めたり、目で同意を示すといった動作や、もっと広く「私は、あなたがそこにいるのに気づいていますよ」「あなたは、かけがえのない大事な人なのですよ」と、相手の存在や価値を認めるようなさまざまな刺激をプラスのストロークと呼びます。
→「インナーマネジメント」ふれあいの心理学、「交流分析」参照 準備中

インナーチャイルド

静かに目を閉じてください

私たちの心の中には、傷ついて泣いている子供の心があります。今もあの時のまま、泣きつづけているのです。
これを、インナーチャイルドとよんでいます。
 その泣いている子どもを、今のあなたの力で、慰めてあげるのです。今のあなたの力で・・・。
 インナーチャイルドは、今のあなたの力を活用するための一つの方法です。
それ以外にも、多くの方法があるでしょう。

あなたはきっと癒される。
私は信じます。
あなたはきっと癒される。
今のあなたの力で。

BGMでも聞きながら、ゆっくり声を出して読み上げてみてください。結構、ジーーーンときますね。 静かに目を閉じてください。
 そして、あなたの「子供時代」を思い出してください。
何歳でも、けっこうです。
家でも、幼稚園でも、学校でも、どこにいてもけっこうです。「子供時代」といわれて、あなたが思い出す自分の子どものころを思い浮かべてください。……

 さあ、その子どもはどうしていますか?
 楽しそうに遊んでいますか?
 もし、楽しく遊んでいるなら、あなたも一緒になって遊んでください。……

 でも、もし泣いているなら。悔しい、悲しい、辛い、そんな気持ちでいっぱいなら、どうぞその子を慰めてください。
 泣くなといって叱る必要はありません。無理に励ます必要もありません。

ただ、「辛いよね」
「淋しいよね」
「みんなに誤解されたけど、ほんとはそうじゃなかったんだよね」と、その子のそばに寄り添ってください。
 だって、その子の気持ちが一番わかるのは、あなた自身なのですから。……
 さて、ではその子どもにあいさつしましょう。
「また来るからね、また一緒に遊ぼうね、一緒に話そうね」そう言って、静かに目を開けてください。
 タイムマシンはないので、過去は変えられません。
事実は変わりません。でも、事実の解釈は変わります。
過去の事実が今のあなたに与えている影響力は、 変えることが出来るのです。
 あの時の、小さく弱かったあなたではなくて、今のあなたの力で、過去の意味を変えるのです。
 あの時は、とっても辛かったよね。
とっても悲しかったよね。
悔しかった。
淋しかった。
 でも、何も出来なかった。
泣くだけだった。
そんなあなたのために。

泣くことすらできず、愛想笑いを浮かべるだけだった。
そんなあなたのために。

傷つけられた意味すらわからなかった。
そんなあなたのために。
たしかにあの時、あなたは何も出来ませんでした。
まだ、小さかった。
弱かった。
取り乱していた。
落ちこんでいた。

でも、今のあなたなら、できます。
今のあなたの力でならできます。

インナーチャイルド療法